第二十三話『雨の多い村にて・その②』



「あの、お湯加減はどうですか?」


「うん、ちょうどいいわよー」


 やがて完成した簡易ボイラーの試運転を兼ねて、あたしは沸かしたてのお風呂に入っていた。


 この簡易ボイラー、箱の部分に秘密があるらしく、濡れた薪を放り込んでもガンガン燃える。よくわかんないけど、電子レンジみたいに加熱して、薪を乾かしてるのかしらねー。


 というわけで、成果は上々。この道具、お湯の温度まで細かく設定できるので、熱すぎず温すぎず。雨で濡れた体が芯から温まっていく。最高。


「ミズリも入ったらいいわ。気持ちいわよー」


 先の話から、あの子も長いことお風呂入ってなさそうだったし。そう勧めておいた。女の子にとって、お風呂は心の洗濯だしね。


「そ、そうですか。それではお言葉に甘えて」


「へっ?」


 からから、と扉が開いて、タオル一枚のミズリが入ってきた。え、今から入るの? あたしの後でって意味だったんだけど……って、せーまーいーーー!


 ちょんっと手先で湯加減を確かめたと思ったら、そのまま躊躇せずに同じ湯船に入ってきた。いや待って。この家のお風呂はそこまで広くない。二人も入れば、なおさら。


「あ、本当です。ちょうどいい湯加減」


 はふぅ。なんて吐息が顔にかかるくらいの距離。だから近いってば。


 なんとか体の向きだけでも変えたいけど、この狭さじゃそれも叶わない。


 どうしようかと思っていると、「実は私、二つ年上のお姉ちゃんがいるんです」と話し始める。続けて「今はここから遠く離れた、山岳都市に住んでるんですけど、メイさんの雰囲気がどことなくお姉ちゃんに似ていて」とも。


 あー、そういうこと。


 見ず知らずのあたしをいきなり泊めてくれたり、やけに人懐っこいとは感じてたけど、これで合点がいった気がするわ。長いこと会えないお姉ちゃんとあたしを重ねてるわけね。


 やっとこさ体の向きを変えながら、それなら、ちょっとくらい甘えさせてあげてもいいかなー、なんて思った。


 ……それはそれとして、向きを変えた背中に何か柔らかいものが当たってる気がするわ。今更だけどこの子、年齢の割に発育良いわよね? もしかして、あたし負けてる? 負けてるっぽい?


 ○ ○ ○


 そして夜。身体も温まったし、寝床に入ってうつらうつらと微睡む。


 明日の朝には村長も帰ってくるらしいし、きちんとお礼言っとかないとねー……なんて考えてた矢先。


「……兄貴、本当に……ですかい?」


「……めーだろ。黙ってついて来い」


 なんか声が聞こえた。雨音に紛れるように、小さな小さな話し声が。


「でも、隣村の村長の家に泥棒に入るなんて、もしバレたら……」


「家主は俺たちの村に来てるだろうが。今この家は、もぬけの殻だよ」


 ベッドから静かに起き上がって薄い壁に耳を当てると、今度ははっきりと声が聞き取れた。おやおや、泥棒ネズミかしら。


 あたしはおもむろに万能地図を開いて、索敵モードオン。リアルタイムで人の位置が把握できるこの地図で、位置関係を確認する。


 怪しい二人組は家の壁沿いを歩き、やがて裏口に辿り着いた。そこで止まってるってことは、きっと鍵をこじ開けようとしてるのね。


 表示されてるのは、もちろん初めて見る名前。夜の闇と雨音に隠れてるつもりなんだろうけど、あたしには筒抜けよ。


「ミズリにはあんなこと言ったけど、まさか本当に泥棒が来るなんてね-」


 あたしは立ち上がると、容量無限バッグを片手に部屋を出る。最初の行き先は玄関。そこから外に出て、軒先に干してあった雨ガッパを着こむと、彼らと同じように壁沿いを歩いて裏口へと向かう。


「……兄貴、まだっすか?」


「焦らすんじゃねぇ。もう少しだよ……」


 抜き足、差し足、忍び足。慎重に泥棒の背後に忍び寄る。普段なら気づかれそうだけど、雨音がすごいってことは、当然あたしの気配も消えているわけで。


 それじゃ、ちゃちゃっと脅かして帰ってもらいましょう。名付けて、錬金術師メイのお化け屋敷!


 できるだけ近づいて、あたしは全自動つるはしと、勝手に戦う剣を解き放つ。全自動スコップと全自動釣り竿もおまけ! 思いっきり暴れてらっしゃい!


「ひぃ!? あ、兄貴ぃ!?」


「何だよ。もう少しだって言っ……どわああぁぁぁあ!?」


 あたしが放った全自動アイテムたちは雨の中、不気味な音を立てながら泥棒たちに迫る。彼らもそれに気づいて、情けない声をあげながら腰を抜かす。


 全自動つるはしは彼らの足ギリギリの地面を大袈裟に掘り、勝手に戦う剣は頬に切り傷をつける程度の絶妙な立ち回り。スコップは盛大に土を掘り返し、釣り竿はリール全開で糸をまき散らす。


 まるで百鬼夜行。もしくは、ポルターガイスト現象に見えなくもない。タネを知ってれば滑稽だけど、泥棒たちの怖がりっぷりは、あたしが引くレベルだった。


 ……まいっか。よーし、ここでダメ押し。


「ひーっひっひひー! かーえーれー! かーえーれー!」


 あたしは雨ガッパを頭から被り直して、それこそ布おばけのような格好で彼らに追い打ちをかける。


「に、逃げろぉぉ!」


「ここは化け物屋敷だ---!」


 おどろおどろしい声に、雨と暗闇の相乗効果もあり、泥棒たちは一目散に逃げていった。はっはっはー。あたしがいる時にこの家に盗みに入ろうとしたのが運の尽きなんだから!


 その姿が完全に見えなくなるまで見届けて、あたしは部屋に戻り、今度こそ眠りについたのだった。


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