第二十二話『雨の多い村にて・その①』



 あたしは旅する錬金術師メイ。現在、雨の中を絶賛飛行中。


「えぇ……湖の反対側に抜けたと思ったら、ずーっと雨なんだけど。この辺りの気候、どーなってんのかしら」


 だいぶ前に作った雨ガッパを纏い、傘を差しながらの超低空飛行。傘さし運転はいけませんって怒られそうだけど、ここは異世界だから気にしない。


 傘を持つ反対の手で万能地図を開き、お天気モードにして周囲の天気を調べるも、この辺全域が雨。ずーっと雨。バージョンアップしたおかげで、時間ごとの天気とか、週間天気とか出るようになったけど、こっちもずっと雨だった。


 いくら雨カッパ着てるとはいえ、これだけ雨が強いと完全には防げない。間から雨水が染み込んで、服もじんわりと湿ってきた。もう日が暮れそうだというのに、近くにあるはずの村も見当たらないし。どーしよーかしら。


 昨日も野宿だったし、今日こそは村に辿り着きたかったんだけどなぁ。テントじゃなく、屋根の下で眠りたい……とか思ってると、雨の向こうに僅かな明かりが見えた。やった。村発見!


○ ○ ○


「あの、すみませーん! ごめんくださーい!」


 この村は本当に小さく、宿屋も見当たらなかったので、あたしは適当に一番大きな建物の扉を叩いた。見た感じ村長さんの家っぽいし、理由を話したら泊めてくれそう……ってのが選定理由。


「……どちら様ですか?」


 しばらくして扉が開く。中から顔を覗かせたのは、白ひげを生やした如何にも村長っぽい男性……ではなく、綺麗な黒髪を肩の少し上で切り揃えた女の子だった。え、女の子?


「もしかして、おじいちゃん……いえ、村長のお知り合いですか? あいにく、隣村の会合に出かけていまして。明日には戻ると思うんですけど。申し訳ありません」


 突然の来客に動じることもなく、その子はそう言って頭を下げた。見事に村長の家を引き当てたまではいいけど、その主は不在。今日は帰らないって話だし、上がり込むわけにもいかない。どうしよ。


「あーえっと、そのー」


「お姉さん、びしょ濡れじゃないですか。ここで出会ったのも何かの縁ですし、泊まっていきませんか」


 しどろもどろになっていると、笑顔でそんな提案をしてくれた。咄嗟に「ぜひ!」と頷いて、お礼を言いながら思わず手を合わせてしまった。天使か、この子は。


「大したおもてなしはできませんけど、どうぞ」


 その子は苦笑しながら、あたしを家の中へと引き入れてくれる。その背を追って中に入ろうとした時、目の前の床に雨ガッパを伝って雨水が落ちる。おっと、これは持って入れないわね。


 あたしは軽く水を払った雨ガッパを軒下に引っ掛けてから、女の子の後に続いた。予想外の展開だけど、あたしも宿を探してたわけだし。願ったり叶ったりだった。


 ○ ○ ○


 しっとりと濡れた服を着替えながら話をしたところ、この子はミズリという名で、村長の孫娘らしい。同時に『慈雨の聖女』という仕事をしていることも。


「えーっと、それ、どんな仕事?」


「雨の神にお仕えして、村に恵みをもたらすのが仕事なんです」


 問いかけると、笑顔で答えてくれた。この世界の職業はよくわかんないけど、神官さんとか、巫女さんみたいなものね。


 加えて、常日頃から足の悪い村長の身の回りのお世話もしているとか。あたしより若そうなのに、しっかりしてるわねー。


 やがて着替えを終えたあたしは、泊めてもらうお礼にと、錬金術で料理を作って振る舞った。ニワトリの卵と、先の湖で採取したカニを錬金釜に放り込んで作ったカニタマ。ふっくらふわふわ。すごく美味しくできた。


 その調理工程を見ながら、「さすが旅のお方、その、変わった調理方法ですね」と、ミズリは必死に取り繕ってくれていた。いいのよ。正直に言ってくれても。あたしも、ご丁寧にレンゲまでついてくるとは思わなかったしさ。まぁ、食べやすいから良いけど。



「メイさんのご飯、初めての味ですけど、おいしいです」


 向かい合って食卓に座り、もぐもぐとあたしの作ったカニタマを食べながら、はにかむような笑顔を見せる。お口に合ったようで何より。


「てゆーか、本当にあたし泊めてもらっちゃっていいの? 勝手に泊めて、怒られない?」


「大丈夫ですよ。むしろ、夜は一人だと心細かったんです。泥棒とか来たら大変ですし」


 あたしが尋ねると、ミズリは表情を崩さずに言う。つい、「あたしがもし泥棒だったらどーすんの?」と返してしまう。


「女の人ですし、泥棒はあんな大きな声を出しながらやってきませんよ。それにメイさん、優しそうですし」


 えへへ、と純粋無垢な笑顔で言われてしまった。だから天使か!


 ○ ○ ○


 食事を終えた後は、用意された寝室に腰を落ち着けた。綺麗に掃除されてるし、広さも申し分ない部屋、なんだけど……。


「メイさん、どうかしました? お部屋、お気に召しませんでしたか?」


「あ、ううん。そーいうわけじゃないんだけどねー」


 部屋の入口で不思議そうに首を傾げるミズリに首を振って応えて、あたしは自分の体を見る。


 長距離移動でそれなりに疲れてはいるけど、雨に打たれた分、どうしても体が冷えている。このまま寝ても、たぶん疲れが取れない。


 こういう時は、是非お風呂に入って体の芯から温まりたいところ。一応自前の風呂釜はあるけど、この部屋でお風呂入るわけにはいかないし。


「あ、もしかしてお風呂ですか?」


 あたしが渋っていると、ミズリが両手を胸の前で合わせながら言った。もしや、あなたは読心術使えたりするの? さすが、慈雨の聖女!


「この家、お風呂あるの?」


「ありますよ。狭いですけど、入ります?」


「入る入る―!」


 あたしはつい声を弾ませる。小さな村だけど、さすが村長の家。お風呂があるなんてリッチよね-。


「水しか出ませんけどね」


「ダメじゃん!」


 これまた笑顔で言うミズリに、我慢できずにツッコんでしまった。水しか出ないとか、もはやお風呂じゃないわよ。この子、ちょっと天然入ってるのかしら


「この村、来客を水風呂で歓待する文化でもあるとか?」


「いえ、そういうわけではないのですが。実は……」


 最初の期待が大きかった分、図らずも嫌味な言い方をしてしまうと、ミズリは困ったような顔で続ける。


 曰く、何日も降り続く雨のせいで、かまどの薪が湿気り、火がつかないのだという。あー、そーいうことねー。


「きちんとした理由があるなら、早く言いなさいよ-。安心して。あたしがすぐにお風呂用意してあげるから」


 サムズアップしながら伝えて、「乾いた薪でもお持ちなんですか……?」と、不思議そうな顔をするミズリに、お風呂場まで案内してもらった。


 ○ ○ ○


 お風呂場の状況を確認して、自前の風呂釜を設置するスペースがないとわかると、あたしは「ちょっと待っててね。湯沸かし器みたいなの用意するから」と伝えて、タイルの上に錬金釜を設置する。そしてレシピ本を開くと、すぐに簡易ボイラーのレシピを見つけた。


 レシピ本に載っている完成予想図だと、四角い箱から二本のホースが伸びている。どうやら、片方のホースから水を吸い込んで、箱の中でお湯に変えて、もう一方のホースから吐き出す……みたいな構造らしい。場所取らないし、持ち運びも便利そう。よし、これにしよ。


 作るものを決めて、素材をどかどかと錬金釜へ放り込む。この道具の素材は鉄が中心。ホント、鉱山都市で荒稼ぎした鉱石が役に立ってるわー。


 一方のミズリは、そんなあたしの錬金作業を、後ろでおろおろしながら見ていたのだった。


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