第二十一話『湖の街にて・その④』
そんな日々を過ごしているうちに、契約期間最終日。これまで合計45000フォルを荒稼ぎしたあたしは、今日も意気揚々と船を走らせていた。
この一週間で、あたしは漁師たちの間ですっかり有名人になっていた。そりゃ唐突に現れて、見たこともない仕組みで船を動かし、謎の道具で魚をバカスカ釣ってれば嫌でも覚えられるわよね。
それこそ、仲良くなった一部の漁師さんからは「お嬢ちゃん、一人で湖の魚を獲り尽くしちまうんじゃないか」なんて冗談を言われるほど、すごいペースで湖の魚を獲りまくっていたと思う。
「最終日だし、最後まで頑張るわよー」
言いながら、湖の真ん中に船を浮かべて魚を釣る。最初はそれなりに釣れていたのだけど、ある時を境にぴたりと当たりが来なくなった。あれ、どうしたのかしら。
全自動釣り竿で魚が釣れなくなるなんて、周囲に魚がいなくなっちゃったのかしら……なんて思った矢先、水鳥たちが一斉に飛び立った。少し遅れて、周囲で釣りをしていた船が騒ぎ始め、次々と陸に戻り始める。
「あの、どうしたんです?」
近くを通った船の船長に声をかけると、「湖の主が出たらしい。お嬢ちゃんも早く逃げな!」と教えてくれた。
「はて、湖の主とは?」
その船と並走しながら、あたしは尋ねる。すると船長は「人間が調子に乗って湖の魚を獲りすぎると現れる怪物で、頭についたノコギリで船を真っ二つにするんだ」と、説明してくれた。
ふむふむ。なんとなく、巨大なノコギリザメがイメージできた。出現条件からして如何にもな理由だけど、それってつまりは食べるエサが少なくなって、怒って出てくるわけよね。
「うわあーーー!」
そんな考察をしていると、10メートルほど離れた所を進んでいた船が水柱とともに海に消えた。少しの間を置いて、巨大なサメの背びれと頭のノコギリが水面に見えた。うっわあ、あれがそうなのね。
「出たぁ! ほらお嬢ちゃん、早く逃げるぞ!」
「は、はい!」
風任せでは逃げ切れないと判断したのか、船長や乗組員たちがオールを持ちだして船を漕ぎ始める。それを横目に見ながら、あたしも船を進める。
「ところであんな魔物、今まで放置してたんですか?」
「冒険者ギルドに討伐依頼は出してるんだが、奴は滅多に姿を現さないし、いくらモリで突いても倒れねぇ。加えて水の上での戦いになるから、奴の方が有利だ。だから、これまで討伐されずにいた」
「ほうほう。そうなんですね」
一応、討伐依頼は出してるのね。あたし、討伐依頼のコーナーは毎回スルーしてるから。報酬の割に危ない依頼が多そうだしさ。
「誰も依頼を受けなかった結果、増えに増えた懸賞金はなんと80000フォルだ」
「あたしが倒します!」
あたしは船をUターンさせる。決して懸賞金に目がくらんだわけじゃない。困ってる漁師仲間のため、一肌脱ぐのだ。決して懸賞金に目がくらんだわけじゃない。大事なことだから二回言う。
それに冷静になって考えると、湖の主が怒る理由はあたしにもある気がするし。魚、調子に乗って獲りすぎたかなー。
少しだけ後悔しつつ、船を湖の主へと近づける。目視できる辺りまで来ると、あたしは錬金釜を取り出す。
確か、雷を発生させる爆弾があったはず。対ドラゴン用に使って威力は実装済みだし、あれをまとめてぶつければ倒せると思う。水棲モンスターの弱点は雷と決まってるし。
「お嬢ちゃん、鍋なんて出してないで、早く逃げろ!」
「俺たちの仲間も散々あいつに船を沈められてきたんだ! 悪いことは言わねぇ、無謀なことはやめろ!」
遥か後方の船から、漁師たちが叫んでいた。
「皆さんは逃げてください!」
でも、あたしは戦う! 懸賞金のために!
即座に完成した爆弾を抱きながら、あたしは波打つ水面を見やる。白波の間から、巨大なヒレがこちらに向かってくる。
頭にノコギリがついてるって話だし、潜らせたら下から船底を突いてきそう。なら、それまでに仕留めないと! てりゃあっ!
あたしは魔物の動きを見て、作りたての爆弾を水面へ投じる。ものの数秒後。思わず目を覆ってしまうほどの轟音と稲光が響き渡った。だけど、どうやらギリギリ避けられたみたい。
「避けられた! やばい! 全力でジグザグ走行!」
あたしが命令すると、船は言われた通りに動く。こんな動き、人力や風任せの船じゃとても無理だと思う。
左右に揺られながら背後に目をやると、予測不可能な動きをする船が通り過ぎた場所に、一瞬の間を置いて水柱が何度も出現していた。狙ってる狙ってる。あっぶなぁ。
「……というか、あいつは船を真下から狙ってきてるんだから、船に乗ったまま迎撃するのは無理じゃない? なら、この船を囮にして……」
あたしは一瞬考えて、「ジグザグ走行のまま、全速力で岸に向かいなさい!」と自分の船に指示を出し、錬金釜をバッグへしまう。代わりに魔女のほうきを取り出すと、素早く跨って空へと離脱する。
そのまま船から離れると、爆弾を抱えながら中空で待機する。このほうきの性能じゃそこまで高く飛べないけど、あの魔物の動きを見極めるには十分。
「見切った! 今だ―――!」
やがて水しぶきが上がるタイミングを読んで、あたしは持っていた雷爆弾を全弾投下した。先程の数倍、耳をつんざくような轟音が響き渡り、湖全体が白く染まった。
……それが収まると、半分焼け焦げた巨大なサメが湖に浮かんでいた。よし! 倒した! 懸賞金ゲット!
「うぉーい、お嬢ちゃん、大丈夫かー!?」
「すっげー、やりやがった! こりゃ、お祝いだな!」
湖の主が微動だにしないのを確認しつつ、慎重にほうきの高度を下げていると、岸に逃げていた船が次々と戻ってきた。
四方から聞こえてくる喜びの声に混じって、「あんた、どこの国の魔法使いだね?」なんて言葉が聞こえた。
「だから錬金術師!」と叫んだあたしの声は、無数の拍手と漁師たちの歓声にかき消されていった。
○ ○ ○
「討伐依頼の達成を確認しましたので、報奨金をお渡しします。ご苦労様でした」
「いやー、どーもどーも」
湖の主を倒した翌日、冒険者ギルドのお偉いさんという人がやってきて、あたしに懸賞金を支払ってくれた。金額が大きいので、街のギルド単体では懸賞金を捻出できなかったらしい。
大勢の人がお祝いしてくれ、さながら表彰式のようだった。それに続いて祝賀会が開かれたけど、その参加者の中にあの冒険者ギルドの男性がいて、「あの娘は俺がスカウトしたんでさ」なんて必死にアピールしてた。
なんか言ってるわー……くらいに思ってたけど、他の皆からも煙たがられていた。もしかして、普段からあんな風に嘘を吹聴してるのかしら。
この街では十分に名前を売ったかな……と思ったあたしは、それから数日後、静かに湖の街を後にしたのだった。
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