第十九話『湖の街にて・その②』



「こんにちはー」


 あたしは依頼書を手に、冒険者ギルドの扉を開ける。湖が近くにあるせいなのか、直後に生臭い魚の匂いがした。


「あ? なんだい、お嬢ちゃん」


 呼び声に反応して、カウンターの奥から一人の男性が出てきた。霜が降りたような白髪で、年季の入った顔。なかなかお年を召していそう。


 口には煙草を咥え、金壺眼でジロジロと見てくる。先の鉱山都市もそうだったんだけど、ギルドの受付はもっと愛想よくしてもらえないかしら。


「あのー、この依頼を受けたいと思いまして」


 そんな視線から逃れるように、あたしは持っていた依頼書をずいっ、と男性の前に広げる。すると「ああ、これか」と呟いて、煙草の火をもみ消した。


「受けるのは構わないが、湖で漁をするんだぞ? あんた、漁師の経験あんのか?」


 じいっと、あたしの全身を舐めるように見てきた。そして「その細腕じゃ、なさそうだな」と続けて、失笑した。


 はぁぁ? ここでも腕っぷし? 感じ悪ぅ。


「こう見えて、鉱山で働いた経験もあります。固定観念に囚われてはいけませんよ」と反論するも「コテーガイネンってなんだ?」と首を傾げられた。あー、教養のない人だったのねぇ。


「それより、船を貸し出してもらえると聞いたのですが」


「ああ、あるぜ。こっちだ」


 気を取り直して尋ねると、男性はのそりとカウンターから出てきて、表へと向かう。それについていくと、港に泊められた小さな船の前に案内された。


「この船がそうだぜ」


 ……何この半分沈んだ船。


 それがあたしの正直な感想だった。風を受ける帆は茶色みがかり、穴だらけ。船体も湖特有の僅かな波に揺られるだけでギシギシと音を立てて、今にも湖底に沈んでしまいそう。


「……して、この船をいくらで貸してくれるんです?」


「10000フォルだ」


 このボロ船が? と、思わず口に出そうになったのをなんとか飲み込んだ。


 ……忘れてた。冒険者ギルドの掲示板は、数多くある依頼の中でも割に合わない、やっかいな仕事が集まっているんだった。


「……いいでしょう。お借りします」


 少しの時間考えて、そう返事をした。これは修繕必須だけど、背に腹は代えられない。


「へっへっへ。まいどあり。ま、せいぜい頑張りな」


 代金を受け取った男性はいやらしい笑みを浮かべたまま、軽く右手を上げて港から去っていった。


 ぐぬぬ。今に見てなさいよ。絶対見返してやるから! 錬金術舐めんな!


 その余裕綽々の背中に向けて、あたしは心の中で文句を言った。


 ○ ○ ○


「えーっと、まずは船の補修をしないと」


 大通りの屋台で買ってきた、野菜たっぷりのタコスで遅めの昼食を済ませた後、あたしは半分沈んでる船と対峙する。


 レシピ本によると、この船を素材にして新しい船を調合できるらしい。でもこの船、錬金釜に入るのかしら。いくら小さいと入っても、人が乗る船だし……なんて思ってたら、湖の水と一緒に吸い込まれるように錬金釜の中に消えていった。おお、久々にチートっぷりを見た。


 あたしも驚いたけど、周囲を散歩してた人や釣り人の方が驚いていたので、「なんでもないですよー! 毎度お騒がせしております! 錬金術でーす!」と、誤魔化しておいた。たぶん、意味わかってないだろうけど。


 そんなこんなしているうちに、船体の調合が完了したらしく、さっきの光景を逆再生するように錬金釜から船が吐き出された。


 だけど、出てきた船には帆がついてなかった。おっかしいなぁと思い調べると、帆は別に調合しないといけないらしい。


「あー、また布かー」


 湖に吹きつける風を受けて進むのだから、船の帆はそれなりの大きさのものが必要だ。当然、結構な数の布素材が必要になる。


 以前も同じ状況に陥ったんだけど、布素材は自然に落ちてない分、足りなくなることが多い。今回も、例によって足りない。


「うーん、どうしようかしらねー」


 レシピ本をめくりながら、あたしは大通りの方をちらりと見る。確か、綺麗に染め上げられたスカーフや服がお土産で売ってたわよね。アレ使っちゃう?


「いやいや。船の帆を作るのにどれだけ布がいるかわかったもんじゃないわ。土産物なんて使ってたら、お金がいくらあっても足りないわよ」


 一瞬浮かんだ考えを打ち消し、改めてレシピ本に視線を落とす。勝手に漕いでくれるオールとかないかしら。


「おお、いいのがあるじゃない」


 あたしが見つけたのは、その名も『センガイキ』。つまりは船外機。小型船用のエンジンね。


「材料は……鉄に油に火薬に……」


 これまた先の風呂釜ばりに大量の素材が必要だったけど、なんとか手持ちで事足りた。鉱山都市で大量採取した岩石の中に、鉄鉱石がかなり混ざっていたみたいで、鉄に困らないのはありがたい。


「よーし、できたー!」


 錬金釜の虹色の渦の中から、テレビとかで見たことのある船外機が飛び出してきた。ほんと、そのまんま。


「えーっと、だいたいこの辺りでいいのかしら」


 それを見よう見まねで船に取りつけて、まずは試運転してみることにした。


「おおおーー、気持ちいいー--!」


 元の世界で船外機を扱うには免許がいるはずだけど、この世界には教習所もないので操作も適当。とりあえず「進め!」って念じたら、いきなりフルスロットルだった。突然過ぎて、危うく湖に落ちそうになった。


 そしてどうやらこの船外機、燃料は無限っぽい。これも究極の錬金釜が為せる業かしら。


「そこで右に曲がって! 今度は左!」


 あたしが声を出すと、まるで音声認識機能でもついているかのように船は方向を変える。


 この世界ではありえないであろう船のスピードと動きに、海面すれすれを飛んでいた水鳥が驚いた顔でこっちを見ていた。


「はー、楽しかったー」


 豪快なクルージングを楽しんで、あたしは港へと戻ってくる。魔女のほうきで飛ぶ時とはまた違う、なんとも言えない爽快感だった。


「そうだ。半分忘れてたけど、本来の目的は魚獲りだったわよね。釣りの道具も用意しとかないと」


 船の上に錬金釜をどっかりと設置して、あたしは釣り道具の調合を開始する。


 次に作るのは、勝手に釣ってくれる釣り竿。この前、全自動つるはしを素材に分解した時、妖精石も素材として戻ってきてるから、これを再利用できる。


「よし、完成!」


 いつものように適当に錬金釜に放り込んで、あっという間に十本の全自動釣り竿が完成。これで、十人の釣り人を雇ってるのと同じだわ。


「んー、今日できる準備はこれくらいかしらね-。仕事は明日からだし、宿屋で休みましょ」


 すっかり立派になった船を改めて見渡してから、あたしは宿屋へ戻ったのだった。


 ……ちなみに、この日の夕飯は湖の食材をふんだんに使ったアクアパッツァ。錬金釜で作る料理も美味しいんだけど、手作りの料理もやっぱりいいわよね-。


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