第十八話『湖の街にて・その①』



 あたしは旅する錬金術師メイ。つい今しがた、数日間彷徨った山を抜けたばかり。


「うっわー、綺麗ねー」


 眼下には巨大な湖と、その湖畔に沿うように立派な街が広がっていた。あの険しい山を越えた先で、こんな素敵な光景が見られるなんて思わなかった。


 嬉々として街に近づくと、左右を城壁に囲まれた、立派な門が見える。


「お嬢さん、旅人かい? よく女性一人であの山を越えてきたね」


 そう言って驚いた顔をする門番さんに「こう見えて、錬金術師ですから」と胸を張って伝えると、愛想笑いが返ってきた。この人、わかってないな。


「それはいいとして、この街に数日間滞在したいんですけど」と話を切り出すと、これまた笑顔で「湖畔の街レテールへようこそ。料金として、300フォルいただきます」と右手を差し出された。


 見るからに観光地っぽいけど、どっかのテーマパークみたいに入場料取るのね。ちゃっかりしてるわ。


 ここまで来て払わないわけにもいかなかったので、渋々300フォルを手渡すと、荷物チェックの後、ようやく街に入ることができた。


 ……ちなみに、あたしの容量無限バッグを覗き込んだ門番さんは、「なんだ、何も入ってないじゃないか」と首を傾げていた。どうやらレシピ本があたしにしか読めないように、あのバッグもあたし以外には扱えない仕様らしい。いいわねぇ、この優越感。




「うひゃー、すごい人」


 街の入口からまっすぐ進み、まずは中央通りにある宿屋を探す。道の両端にはたくさんのお店が軒を連ねていて、大通りは何百人もの人でごった返していた。この人たち、皆あの山を越えてきたのかしら。


「さあさあ、噴水広場で大道芸が始まるよ! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」


 人々の隙間を縫うように移動しながら、ピエロの格好をした少年が叫ぶ。それを合図に人の流れが変わった。それこそ流れるプールの如く、あたしは人並みに足元をすくわれ、そのまま一緒に流される。いやーーー! あたしは大道芸なんて興味なーーーい! あたしが興味あるのは錬金術だけよ―――!


 ○ ○ ○


「うへぇ……」


 時折流れを変える人々に翻弄されつつ、あたしはやっとのことで宿に転がり込む。受付のカウンターに手をついて息を整えていると、店主の男性が「いらっしゃいませ」と心配そうな顔で言った。


「お嬢さん、この街は初めてかい? すごい人だろう?」


 ため息混じりに「まったくですね」と同意すると、「今日は特にすごいな。むしろ、港の方が人が少ないはずだぜ」と教えてくれた。


 あたしはお礼を言った後、そのまま部屋を予約する。ついでに冒険者ギルドの掲示板の場所を尋ねると、これも港にあるらしい。なら、行く場所はひとつだ。


「夕方には戻りますので、晩ご飯の用意をよろしくお願いしますね」


 先払いだという宿泊代金をカウンターに置いて、あたしは港へと向かった。依頼もそうだけど、せっかく景観の良い街に来たんだし、少しゆっくりしたい。


 ○ ○ ○


 再び人波をかき分けて大通りを抜けると、すぐに湖の縁に沿う道に出た。


 こっちの道は大通りと違って、人通りが少なくて静かだった。お店がない分、本来の住民らしいお年寄りや親子連れの姿が目につく。


「あー、あたしとしてはこっちの方が好みねー」


 太陽の光を受けてキラキラと輝く湖面に、白い帆を張った船がいくつも浮かんでいる。まるでエーゲ海みたい。行ったことないけどさ。


 そんな事を考えていた矢先、お母さんと手を繋いだ男の子が「ママ、みて!」とあたしを指差した。


 錬金術師が珍しいのかと思って手を振ってみたら、直後に「見ちゃいけません!」と、母親に怒られていた。ちょっと、おかーさん、言い方。


「うぉーい、そっちの荷物、降ろしてくれ!」


「よーし、いくぞー!」


 複雑な心境で親子を見送ると、今度は男性の太い声がした。見ると、港に到着したばかりの船から、船乗りたちが積み荷を運び出しているところだった。


 その向こうに見える桟橋から、ぞろぞろとお客さんが下りてくるのも見える。見るからに観光客だ。


 ははぁ。あれだけの人が山を越えてくるなんて変だと思っていたけど、湖の反対側にも街があるのね。この人たち、向こうからやってきてるんだわ。


 山と湖に囲まれた辺鄙な場所にあるのに、これだけ人が集まってる理由が分かったところで、あたしは掲示板に辿り着いた。


 ○ ○ ○


「えーっと、どれどれ……」


 大きい街恒例、掲示板チェック。賑やかな街だし、それなりに仕事もありそうだけど……。



『求む! 観光案内! レテール観光協会所属のお仕事です』


『別荘の管理業務。面接希望の方は冒険者ギルドまで』


『屋台店舗によるトルティーヤ販売。歩合制。詳細は冒険者ギルドへ』



 端から順に依頼書を見るけど、並んでいるのは普通の仕事ばかりだった。いわゆる、錬金術に頼れないやつ。あたしは職安に来たんじゃないっつーの。


 がっかりしながら、残りの依頼を流し見る。観光地らしく、サービス業が中心。せっかくだし、素材を採集しながらできる仕事ないかなぁ。


「……お」


 半分諦めかけた、その時。一枚の依頼書が目に留まった。



『漁師募集。雇用期間は一週間。船の有料貸出あり。漁獲量のうち、一定割合を納品の事。詳細は冒険者ギルドまで』



 ほうほう。漁師ってことは、魚を獲るのよね。魚といえば、地域限定素材の定番じゃない。


 お金かかるけど船も貸してくれるらしいし、、納品する魚以外は好きにしていいっぽい。これは錬金術師的に美味しい依頼かも。


「よし、これに決めた!」


 べりっ、と依頼書を引きはがすと、あたしは冒険者ギルドへと向かった。目指せ、おさかな天国!


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