第十六話『竜の山にて、お風呂に入る』



 あたしは旅する錬金術師メイ。山裾の村を出て、山中を進むこと数日。あたしは完全に道に迷っていた。


 万能地図があるのになんで迷うねん! とか思うかもしれないけど、地図は平面で見るもの。実際に行ってみると山は立体なので「この道で行ける!」と思っても実際には行けないこともしばしば。


 いやまぁ、魔女のほうきのおかげで移動は楽だし、食料もある。万能テントがあるから寝床もある。万能地図の索敵機能があるので、幸いなことにドラゴンとも遭遇していない。ただひたすらに、山中を彷徨っていた。


「うああーーー! ここはどこーーー!?」


 ほうきも使えないくらい狭い洞窟を、やっとの思いで抜けた先に現れたのは深い渓谷。連なる山々に向けて、あたしは自棄になって叫ぶ。やまびこになって声が返ってきた。


 それを聞いて冷静になって、あたしはため息をつきながらその場に座り込む。今からまた洞窟を戻る気力なんて沸かないし、そろそろ日が暮れる。決めた。今日はここをキャンプ地としよ。


 慣れた手つきで万能テントを引っ張り出して、その中に潜り込む。ちなみにこのテント、使用中は認識阻害効果みたいなのが働くらしく、就寝中にモンスターに襲われたことはこれまで一度もなかった。朝起きてテントから出たら、目の前で熊が寝てた時は死を覚悟したけど。


「えーっと、これで何日目? 三日か、四日目くらいだと思うんだけど」


 テントの中で、あたしはメモ帳にペンを走らせる。山中で暇すぎて始めた、旅日記のようなもの。夏休みの絵日記よろしく、早くも書くネタなくなってきたけどさ。


 日記を書き終えた後は、適当な食材でご飯を作って食べる。今日は麻婆豆腐にした。本格四川風。味付けも絶妙で美味しい。豆と香辛料を錬金釜に放り込むだけでどうやったらこれができるのか、いまいちわかんないけど、美味しいからいっか。


 食事を終えると、ソファーに横になりながらもう一度万能地図を眺める。わっかりにくいわねぇ、この山。お天気情報まで出るんだから、ルート検索機能とかないのかしら。どうせならナビゲーションしてくれてもいい。最短ルートで、そこの断崖絶壁を直進してください。とかさ。今のあたしなら、全身全霊で直進する術を見出せそうだし。


「はぁ」


 ため息とともに地図を閉じて、今度はレシピ本を開く。テントの中はエアコンもないのに一定温度に保たれていて快適なんだけど、如何せん暇つぶしがない。こういう時は、レシピ本を眺めるに限る。


 日用品の項目をめくる。ふと、全自動風呂釜のレシピが目についた。


「お風呂かー」


 思えば、この世界に来て一度もお風呂に入ってない。鉱山都市にはサウナがあったっぽいけど、男性専用とかで諦めたし。


 この世界の常識ではどうなのか知らないけど、なんだかんだであたしの心は現代日本人。やっぱり、数日に一回はお風呂入りたい。一度そう思ってしまうと、この全自動風呂釜がとても魅力的なものに思えてきた。


「よし。お風呂作ろ」


 移動手段があるとはいえ、数日間に渡る山歩き。さすがに足腰の疲労も溜まってきてるし、これを癒すにはお風呂しかない。


 というわけで、あたしは一度テントの外に出て錬金釜をセットする。さすがにテントの中でお風呂沸かすわけにはいかないしね。ビショビショになるし。


「えーっと、必要素材は鉄と火薬、それに油と水と……」


 さすが大掛かりな道具だけあって、必要素材も多い。特に鉄は足りなかったので、やむなく全自動つるはしを半分、素材の鉄に戻して再利用することにした。つるはしちゃん、鉱山ではありがとう。名残惜しいけど、あたしのお風呂のために犠牲になって。


「よーし、できたー!」


 材料を全投入すると、やがて巨大なバスタブがお湯が張った状態で飛び出してきた。うっはー、これすごい。


 容量無限バッグが無かったら持ち運びにも苦労しそうねー。とか考えながら、あたしは嬉々として胸元のボタンをはずしにかかる。


「……はっ」


 ちょっと待って。嬉しすぎてテンション上がってたけど、ここ、山の中じゃない。危うく、大自然の中で一糸まとわぬ姿になるところだったわ。


 風呂釜の周囲を覆い隠すような建物が作れればいいんだけど、さすがにそんな錬金術はないし。あたしは慌ててテントに戻ると、タオル一枚だけを羽織って舞い戻る。


「山の寒風吹きさらしだけど、ある意味露天風呂だと思って開き直るしかないわねー」


 ちゃちゃっと掻け湯をして、湯船に浸かる。ふはー、生き返るぅ。


 特に調節したわけじゃないけど、ちょうど良い湯加減。全身が芯から温まっていくのを感じながら、山の間に沈む夕日を眺める。いやー、絶景かな、絶景かな。


「……あ」


 温まったし、そろそろ頭と体でも洗おー……とか思った矢先、シャンプーがないことに気がついた。


「この流れで、作れないかしら」


 特に確証があったわけでもないけど、あたしはそう呟いて、お風呂の中でレシピ本をめくる。あった。その名も『リンスインシャンプー』。そのまんま。


「材料は……植物油と、灰、塩が必要なのね」


 あたしは材料を確認して、錬金釜の中へと投入する。というか、タオル一枚で何やってんだろ。人には見せられない姿だわ。


「よーし、完成! は、はっくしゅ!」


 できあがったシャンプーの瓶が飛び出してくると同時に、あたしは盛大にくしゃみをした。山の風は冷たく、下手をしたら風邪をひいてしまいそう。こんなところで風邪ひいたら死活問題だし、あたしは手短に洗身を済ませると、もう一度湯船に浸かってから、入浴を済ませた。


 ○ ○ ○


「ん? 万能地図・改?」


 そしてお風呂上がりにもレシピ本を眺めていたら、そんなページを見つけた。つまるところ、手持ちの万能地図に新たな素材を加えて調合することで、その性能を強化できるらしい。


「ひょっとして、この強化された地図ならナビゲーション機能がついてるかも! それなら、この山の迷宮からもオサラバよ!」


 あたしはそんな希望を見出して、必要素材を調べる。作れるならさっさと作って試したい。


「……必要素材、竜の目玉?」


 竜の目玉っていうと、比喩でもなんでもなく、あの竜……ドラゴンの目玉よね。そんなのが必要なの?


 確かに竜の目って、空からいろんなもの見てそうなイメージだし、この地図の強化にはうってつけの素材かもだけど。


 それでもよりにもよって、竜……これまで万能地図を使って、できるだけドラゴンとは遭遇しないようにしてきたのに。わざわざ倒さないといけないってこと?


「うーん、どーしよーかしらー」


 ……その夜、あたしはテントの中で悶々と考え続けたのだった。


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