第十五話『山裾の村にて・その③』



 リティちゃんと村に戻ったあたしは、手早くシップを調合して、ダナンさんの腰に貼ってあげた。


 ちなみに完成したのは、あたしが知ってるような湿布じゃなく、まるで血のような色をした真っ赤な湿布だった。素材の色があれだからしょうがないにしても、もうちょっと何とかならなかったのかしら。


 一方で、その効き目は抜群だったらしく、彼は翌日にはベッドから出て動けるくらいまで回復した。まぁ、所詮はぎっくり腰だし。


「是非お礼を」と言うダナンさんの言葉に、あたしはもう少しの間、村に滞在させてもらえるようにお願いした。


 理由は簡単。この村で数日過ごして、その環境の悪さに絶望したからだ。


 前の街で荒稼ぎしたおかげで旅の資金には余裕があるし、こういう状況を改善してこそ、ゆくゆく錬金術師として名を売れるというもの。


 というわけで、まずはティム君たち親子に困っていることがないか聞いてみた。


 すると「この村は山の麓にあるせいか日照時間が短く、作物が育たないのです」とダナンさんが言う。あの畑の惨状を見たら、そりゃそーよねー。


「畑の生育環境改善、ねぇ……」


 あたしはこめかみに指を当てながら、レシピ本を開く。すぐに人工太陽のレシピが見つかったけど、太陽の素とかいう謎アイテムが必要なので却下。


 続けて、お日様が頼りないのなら、土の力を借りればいい……という結論に至り、あたしはレシピ本にある、有機肥料を調合することにした。


 必要素材は土や灰、草、それに魚といった類。つまり、元の世界の有機肥料の作り方と何ら変わらない。わざわざ錬金術で作らなくても……といったレベルだ。まぁ、作成に必要な時間はダンチだけど。


「できました。これを畑に撒いてください」


 そう言って有機肥料の入った瓶を手渡すも、ダナンさんは「はあ」と、狐につままれたような顔をする。これは肥料が何たるかも分かってないわね。


 仕方ないので、あたしは肥料について簡単に説明することにした。ダナンさんの方は相変わらず理解できていない様子だったけど、この手の話に興味があるのか、娘のリティちゃんは真剣な顔で話を聞いてくれた。


 これは脈ありと、あたしは簡易的な肥料の作り方も教えることにした。


 食べかすを畑に埋めるとか、抜いた雑草、落ち葉を集めて発酵させて作る腐葉土の作り方など。


 転生前は母親の趣味が園芸だったし、あたしも少しはネットから知識を得ている。こんな所で活かせるなんて思わなかったけど。


 肥料はどれも作るのに半年くらいかかるのだけど、自力で作った肥料が使えるようになるまでは、あたしの作った肥料を使ってもらえばいいし。近くに森があるから腐葉土は行けるでしょ。土がふかふかになれば畑を耕す時に余計な力もいらなくなるし、ダナンさんもぎっくり腰になることも減るかもね。


 ……にしてもこの村、こんな食糧事情でよく今まで食い繋いでこれてたわね。染物が特産品らしいけど、見た感じお店もないしさ。


 ○ ○ ○


「あの、甘えついでにもう一つ良いでしょうか」


 畑の問題を解決した翌日には、別の男性から村の交通事情について相談された。曰く、この村から少し山を登った先にある峠道が落石で塞がっているらしい。


 その道は次の街に行く際、あたしも通る予定だったので、邪魔な大岩は速やかに爆弾で吹っ飛ばしておいた。例によって威力が強すぎて、山の形が少し変わっちゃったけど、まいっか。


 ついでに、壊れていた鉱山都市へ続く橋も再建した。頑丈な建築素材……みたいなのをレシピ本で調べてみたら、良い感じのが見つかった。うまく説明できないけど、すぐ固まるコンクリートみたいなの。


 それこそ大量の岩石と土砂が必要だったけど、その辺りは鉱山でしこたまゲットしてたし。こっちも問題なし。建造物としては簡単なものだけど、見た目は頑丈そう。これなら少しくらい川が増水しても流されないと思う。


「魔女様、こんな小さな村のために知識を貸していただいて、ありがとうございます」


「え? いやまぁ、事のなりゆき上……」


 そんなことを続けていたら、いつの間にか村長まで出てきた。今更知ったけど、この世界では高位の魔法使い(主に女性)のことを、敬意を込めて『魔女』と呼ぶらしい。てゆーか、あたしは錬金術師! 魔女じゃない!


「峠の大岩に加え、魔術で橋まで直していただけたとか。これで商隊もやってこれるでしょう」


 村長は続けてそう言い、嬉しそうな顔をする。あー、村にお店がないと思ってたら、そういうことなのね。移動販売に頼ってるとか、どこの限界集落よ。そりゃ寂れるわけだわ。


 そんな日々の中、あたしは夜になると部屋に籠り、遅くまで調合をしていた。具体的には対ドラゴン用の爆弾とか、防弾チョッキみたいに身を守れる道具とかだ。


 それこそ村を出た後、あたしは一人で山越えをするのだ。ついこの間まで、旅のお供には食料と寝具があれば十分とか思ってたけど、この辺の山にはドラゴンが出る。実際に出会ったことで、その威圧感や恐怖感が身に染みてわかってしまったわけで。


「雷を落とす爆弾、氷の爆弾、見えない盾に、勝手に戦う剣……」


 それまであまり見なかったレシピのページを開き、武器や、戦うための道具を片っ端から作っていく。まぁ、使わないに越したことはないんだけど、どんな状況になっても対応できるようにしておかなきゃ。本当、備えあれば憂いなし。大事な言葉。


「よーし、これで準備万端!」


 思いつく限りの準備が整ったところで、あたしは村を発つ決意をした。


 ○ ○ ○


 そして旅立ちの日には、村人総出でお見送りをしてくれた。


「魔女さまー、ありがとうー!」


「また村に立ち寄ってくださーい!」


「だから、あたしは魔女じゃなーい! 錬金術師―――!」


 最後にそう叫んで、魔女のほうきに跨って颯爽と村を飛び立つ。というか、このほうきも魔女って呼ばれる一因になってないかしら。


「お姉ちゃん、また来てね―――!」


「さようならー!」


 リティちゃんとティム君の姉弟は皆の一番前に立って、何度も手を振ってくれていた。あ、なんか感傷的になりそう。


 思わず崩れた表情を見られないように、あたしは前を向いたまま、もう一度だけ手を振り返した。


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