第十四話『山裾の村にて・その②』



「ハッピーハーブはこの森の奥にたくさん生えてるんです」


 リティちゃんに案内してもらいながら森の中を進むこと、20分あまり。うっそうとした木々を前に移動用のほうきは役に立たず、ひたすら歩くしかなかった。


 そして歩くと、ツタが絡まってきてめちゃくちゃ歩きにくい。なんか急にめんどくさくなったかも。あのお父さん、ポーション浴びるように飲ませたら腰治んないかしら。


 それ以前に、ぎっくり腰なら日にち薬でも治りそうだけど。でもその間の子どもたちの食事だけは気がかりだから、数日分の食糧は用意して……。


 ……なんてことを本気で考え始めた頃、「ここです。着きました」というリティちゃんの声。


 我に返って周囲を見渡すと、森はいつの間にか開けていて、目の前にはあたしの膝と同じ高さの草原が広がっていた。へぇ。森の中にこんな場所があったのね。


「この赤い草がそうなんです。普段は薬としての他に、染物に使ったりもするんです」


 そんな草原の中に、背が高くて赤い植物がいくつも生えていた。それを指し示しながら、リティちゃんが言う。綺麗な色。レシピ本には完成品の絵は載ってるけど、素材の絵は載ってないから、こうやって現物を見ることも大事なのかも。


「それじゃ、いくつかもらうわねー」


 小さな女の子の前ということで、あたしは素の口調で話しながらハーブに手をかける。どれだけ必要かわかんないけど、20本もあれば足りるでしょ。


「あ、この草は赤い汁がたくさん出るので、汚さないように気をつけてくださいね」


「うぎゃあ!?」


 その茎をべきっとへし折ると、同時に真っ赤な液体が噴き出した。ぴゅーって。なんじゃこりゃあ!? まるで血みたいな色。ぐろい! ぐろすぎる! なんじゃこりゃあ!?


「だから言ったじゃないですか。汚れますよって」


 衝撃的な光景を前に腰を抜かしたあたしの隣で、リティちゃんは平然とした顔でぶちぶちとハーブを採取していく。普段からやってんかしら。手慣れてるわ。


 少し前に、収穫作業用に全自動草刈り鎌を作ったんだけど、使わなくて良かったわ。大変スプラッターな光景になるとこだった。


 ○ ○ ○


「はい。これくらいでいいですか? もっと取ります?」


 ……それから30分後。全身ちみどろ……否、赤い汁まみれになったリティちゃんが、笑顔で採取したハーブを渡してくれた。あたしは直接それに触れるのがなんとなく嫌で、容量無限バッグの口を開けて、その中に入れてもらった。「鞄の中、汚れますよ?」とか言われたけど、容量無限だからいいの!


「それじゃ、帰りましょー。リティちゃん、また道案内よろしくねー」


 とにもかくにも、これで軟膏が作れるわー……なんて思った矢先。急にあたしたちの上に影ができた。あれ、曇ってきたのかしら。


「……は?」


 何の気なしに空を見ると、そこには銀色の鱗で身を覆い、左右に巨大な翼を持った飛竜の姿が。も、ももももしかして、ティム君を襲ったドラゴンってこいつ!? 出会っちゃった―――!?


 今にもダッシュで逃げ出したかったけど、真っ青な顔をして座り込んでしまったリティちゃんの姿を見てしまい、冷静になる。あ、これは逃げちゃ駄目なやつだ、と。


「ええい! あたしは最強の錬金術師メイ! あんたの相手は、このあたしよ!」


 わざと大きな声を出してリティちゃんと研ぐ飛竜の間に立ちふさがり、懐から爆弾を取り出す。あたしの持っている武器といえば、これくらい。


 以前森で狼を相手にしたことがあるけど、あれは元の世界にもいる生き物だし。さすがのあたしもドラゴンは怖い。見るからに頑丈そうだしさ。


「リティちゃん、伏せてて! いざ尋常に! しょーぶ! てりゃーー!」


 恐怖心を打ち消すように、あたしはよくわからない言葉を叫びながら爆弾を投じる。一瞬の間を置いて、轟音が響き渡った。


「おわーーーっ!?」


 直後の爆風に飛ばされながら、地面に伏していたリティちゃんを庇う。堪らず瞑っていた目を開けると、そこには地面に落ち伏せた飛竜の姿があった。


 おそるおそる立ち上がると、周囲の木々は放射状に薙ぎ倒されていて、爆風の激しさを物語っていた。忘れてた。この爆弾、めちゃくちゃ強力なやつだったんだ。


「れ、錬金術師のお姉さん、すごいです。あのドラゴンを倒しちゃうなんて」


 続いて立ち上がったリティちゃんが、羨望のまなざしであたしを見てくる。なんだろ。なんか恥ずかしい。


「ま、まだ辛うじて息があるみたいだし、起き上がってくる前に逃げましょ。ほら、乗って」


 あたしは照れ隠しにそう言って、バッグから魔女のほうきを取り出す。爆風で周辺の木が倒れたことで見晴らしがよくなって、ほうきの限界高度でも十分飛べそうだ。


「錬金術師じゃなくて、魔女様だったんですか」と聞いてくるリティちゃんの言葉を無視して、あたしは全速力で村へと飛んだのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る