第十三話『山裾の村にて・その①』



 ほうきに乗って悠々と空を飛んでいたところ、地面に力なく横たわる子供を見つけた。風貌からして、男の子っぽい。


「えーっと、ボクー? 大丈夫ー?」


 スルーするわけにもいかないし、まずは声をかけて、その小さな体を揺すってみる。少し間を置いて「うぅ……」と呻き声がして、男の子が目を開けた。良かった。生きてたわ。


「お、お姉ちゃん、誰?」


 胡桃色の髪の毛が印象的なその子は、身体を起こすなり、不安そうな顔であたしを見る。突然目の前に知らない人がいたら、そりゃ警戒もするわよねー。


「私は旅の錬金術師です。あなたはどうしてこんな場所で倒れていたんですか?」


「ぼく、街に薬を買いに行こうとしてたんだ。そしたらドラゴンに襲われて、気を失っちゃって」


 ……ん? ちょっと待って。ドラゴン? この辺、そんなヤバそうなモンスター出るの?


「魔物が出るんでしたら、ここは危険です。一度村に戻りましょう?」


「でも、父ちゃんが腰を痛めちゃったんだ。ぼく、薬を買わないと……」


 小学校低学年くらいのその子は、大きな瞳に涙を浮かべながらも、必死に泣くのを堪えている。うあ、その表情やめて。破壊力抜群。


 あーもう。しょうがないわね。あたしも錬金術オタクである前に人の子。助けてあげましょう。


「薬なんて、私がいくらでも用意してあげますから。一度家に帰りましょう。ほら、村へ案内してください」


 どのみち、この道を進んだところで橋が流されてて通れないわけだし。あたしはそう言いながら、その子を強引にほうきに乗せると、ゆっくりとした速度で村へ向けて移動を始める。


 神様、良い事してるんだから、どうかドラゴンと遭遇しませんように。


 ○ ○ ○


 村へ向かう道すがら、男の子はティムと名乗り、父親と姉の三人暮らしであることを教えてくれた。


「錬金術師のお姉ちゃん、あれがぼくの村だよ!」


 ティム君に案内された村は、本当に寂れた寒村といった感じだった。10軒にも満たない民家が並び、その脇に小さな畑がちらほらと。そこに作物が実っている様子はなく、くたびれた苗が瀕死の状態で植わっていた。


 ……もしかしてこの村、結構非常事態だったりするのかしら。畑の状況もそうだけど、外に人の気配もないし。


 農村ならではの美味しい郷土料理を……なんて期待してたけど、これじゃ旅人に出す料理どころか、自分たちの食いぶちにも困ってそうな雰囲気。


 かといって、事情を聞いてしまった以上、「はい、さようなら」なんてできないし……とか考えているうちに、ティム君のお家へご到着。


「ティム! どこに行ってたの!」


 力を入れ過ぎたら簡単に外れてしまいそうなドアを開くと、すぐに女の子が飛んできてティム君の頭をひっぱたいた。


 たまらず泣き出してしまったティム君をなんとも言えない表情で見ていると、女の子があたしの存在に気づいた。たぶん、この子がお姉ちゃんよね?


「あの、お姉さんはどなたですか?」


「えーっと、私は旅の錬金術師。名前をメイといいます」


「はぁ……そのレンキンジュツシさんが、どうして弟と一緒に?」


 お姉さんは訝しげな視線をあたしに向ける。本当、この世界って錬金術師がマイナーなのね。そろそろ慣れてきたけど。


 本来説明してくれるはずのティム君は泣きじゃくってるので、この子がドラゴンに襲われたらしいことや、お父さんのために薬を買いに行こうとしていたこと、途中の橋が流されていて隣の街へいけないことなど、経緯を話した。


「そんなことが……! もう! 危ないから一人で村の外に出ちゃいけないって、あれだけ言ってるのに! ティムのバカ!」


 ぽかっ、と泣きっ面にもう一度げんこつが振り下ろされた。まさに泣きっ面に蜂。可哀想。


「まぁまぁ落ち着いてください」と、あたしはその場をなだめる。その後、改めてお姉さんの名前を尋ねると、リティと名を名乗った。なるほど、リティちゃんね。


 ティム君と同じ胡桃色の髪を三編みにまとめたその子は、あたしの前に歩み出ると「弟がご迷惑をおかけしました。助けていただいて、ありがとうございます」と、丁寧に頭を下げた。見た目は10歳くらいだけど、口調は妙に大人びてる気がする。


「それで、薬を用意するとティム君と約束したのですが、お父さんの腰の調子はどうです?」


「あまり良くないです。うんうん言いながら、寝込んじゃってます。魔女の呪いにかかったって」


「えぇ……それ、大事じゃないですか」


 魔女の呪い? 薬で治せるものなのか一抹の不安が頭をよぎったけど、リティちゃんに父親の部屋まで案内してもらう。


「うーん、うーん。いてて……」


 部屋に足を踏み入れると、奥のベッドでうめいている男性の姿。あたしが声をかけると、ダナンと名乗った。まずは簡単な問診をしてみる。


 といっても、あたしは錬金術師であって医者でないので、現代医学の基本知識以上のことはわからないけど。


「腰が痛くなった原因に思い当たることはありますか? たとえば、重いものを持ったとか」


「ああ……その時は畑で作業していて、いつも以上に力を入れて鍬を振り下ろしたんだ。そしたら急に強い痛みが腰に走ってな。これはきっと、魔女の呪いを受けたんだ」


「……それ、ただのぎっくり腰では?」


「え?」


 思わずそう呟くと、意外そうな顔をされた。そういえば西洋では、ぎっくり腰のことを魔女の一撃とか言うわよね。それと似たようなイメージでいいのかしら。


「ちょっと待っていてください。今から薬を用意しますので」


 あたしは言って、寝室の空きスペースに錬金釜をどすんと配置する。腰に響いたみたいで、ダナンさんの「うぎゃあ」という奇声がついてきた。


「えーっと、湿布みたいな薬、確かあったわよねぇ」


 いつものようにレシピ本をめくっていると、ベッドの方から「もしかして、今から薬を調合するのか?」と不安そうな声が聞こえた。実際に薬草をゴリゴリとすり潰すわけじゃないし、すぐにできる旨を伝えると、どうにか安心してくれた様子。集中してるんだから、ちょっと黙っててほしい。


「お、あったあった」


 しばらくして、おあつらえ向きの道具を見つけた。その名も『シップ』。うん、そのまんま。


 軟膏と布で作れるっぽいし、まずは軟膏の作成。水とハッピーハーブを容量無限バッグから取り出して……あら?


 ハッピーハーブ、ハッピーハーブよ出て来い……と念じながらバッグの中を漁るも、あたしの手は空を切る。もしかして、この素材持ってない?


「えええ、ちょっと待って。どこに生えてるのよこれ」


 思わず素になりながら、レシピ本に抗議する。当然、相手は本なので何も答えてくれない。


 この子ってば、レシピ本としては超優秀なんだけど、時々抜けがあるのよね。素材名がわかる機能はあるんだけど、いっその採収場所も分かるような機能はないのかしら……なんて考えていると「あの……」と、遠慮がちにリティちゃんが挙手する。


「そのハーブなら、村の外に生えてます。この辺りの特産品ですから」


 どこか自慢げに言う。あー、特産品。そういうことねー。


 これまで散々草木を採取してきたのに、この素材だけ持ってない理由が判明した。これは素材として一番困るパターンね。採取地が限定されるってことは、余所では補充できないって意味だし。


「このハーブが生えてる場所、教えてくれない?」


 あたしが尋ねると、リティちゃんが案内役を買って出てくれた。「ぼくも行く!」と飛び跳ねながらティム君が言うけど、リティちゃんは「お姉ちゃんたちが戻ってくるまで、家の外に出ちゃ駄目」と冷たく言い放ち、猛抗議する弟を無視してあたしを外に連れ出した。


 うーん。簡単に事が済むと思ってたけど、このままだと軟膏作り、難航しそう。なんちゃって。


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