第十一話『鉱山都市にて・その③』



「来たか。待ってたぜ」


 翌日。あたしは眠たい目を擦りながら、万能地図を片手に鉱山へと辿り着いた。


 するとそこには、昨日の受付のおじさんがいた。


「あれ、なんで受付のおじさんがここに?」


「俺は受付のおじさんじゃねぇ。ここの現場監督よ」


 そう言って胸を張る。というか、現場監督が受付してたわけ? 人件費削減もいいとこだわ。


「監督、最後のもう一人って、この女なんですかい?」


「女に採掘作業が務まるんです? まさか、飯炊き係を雇ったわけじゃないんでしょう?」


 そして監督の傍らには、男性二人が立っていた。いかにもな感じで言うけど、どっちもかなりやせ形で、鉱山労働者という感じはしない。


 そのくせに、見下すような表情であたしを見ている。感じ悪ぅ。


「そう言ってやるな。あんたも、その格好じゃつるはしも振れねぇだろ。それらしい服を用意してやったから、その岩陰でも着替えな」


 どさっと音がして、ボロボロの作業服があたしの前に置かれた。


「おあいにく様。この格好で作業できますので」


 あたしはその服を一瞥した後、笑顔でそう告げた。その様子を見た監督は一瞬眉をしかめた後「まあいい。採掘場所はこっちだ。ついてきな」と、鉱山の入口を指さして歩き出した。


 ○ ○ ○


 ランタンを片手に、曲がりくねった坑道を右へ左へ。似たような景色が続いて、これは慣れてない人間だと迷ってしまいそう。


 ……まぁ、あたしには万能地図があるから、もし取り残されても迷うことはなさそうだけど。


「ついたぜ。ここが今日の現場だ」


 そんな事を考えていると、急に目の前が開けた。壁に灯った松明が空間全体を照らしていて、結構広い。学校の体育館くらいあるかしら。


「ここら一帯の採掘権はあるから、好きに掘りな。ある程度土が溜まったら、あのトロッコに乗せて表に運び出すんだ」


 顎で示す先に、年季の入ったトロッコが見えた。予想してたけど、古典的なやり方ねぇ。


「見た限り、お嬢さんはつるはしすら持ってないようだな。これを恵んでやろう」


 あたしの道具は全て容量無限バッグに収納してるんだけど、それを知らない監督はボロボロのつるはしを投げるように渡してきた。こんなの、素材にしかならないわよ。


 渡されたつるはしを何とも言えない気持ちで見つめていると、監督は「せいぜい頑張るんだな」と言いながら、近場にあった岩にどっかりと腰を下ろす。ああ、現場監督だから、自分は作業せずに作業を見守るわけね。


「ほら女、さっさと作業するぞ」


「もたもたすんな!」


 鉱山労働者の二人が慣れた様子で作業を始めながら、あたしに罵声を浴びせる。それじゃ、錬金術師メイの力、見せてあげようかしらね。


 あたしは息を一つ吐いて、容量無限バッグから全自動つるはしを取り出して、等間隔に並べる。


「おいおい、そんなたくさんのつるはし、並べるだけ並べてどうするんだよ」と、小馬鹿にするような監督の声が聞こえるけど、お構いなし。


「いけ! 全自動つるはし部隊!」


 土壁を指差しつつ指示を飛ばすと、それまで地面に力なく横たわっていたつるはしたちがむくりと起き上がって、がっつんがっつん岩を削りはじめた。うんうん。いい感じいい感じ。


「な、なんだ、ありゃ」


 錬金術師の掘削作業を見て、現場監督を含めた全員が一様に目を丸くしていた。ふっふっふ。どーだ。驚いたか―!


 数が多いし、究極の錬金釜で調合されたつるはしは切れ味も鋭くて、岩や土をどんどん砕いて進んでいく。


「お嬢ちゃん、あんた、魔法使いかなんかか?」


「錬金術師です」と少し強めの口調で答えるも、現場監督は全く聞いていない様子。座っていた岩から立ち上がり、わなわなと体を震わせていた。


「ほらほら、早く運び出してくださいよー」


 現場監督と同じように、作業する手を止めて唖然としていた作業員二人に声をかける。それで我に返ったのか、彼らは持っていたつるはしを放り投げると、畚(もっこ)みたいな網目状の道具に引っ張り出し、採土を運び始めた。


「お、おい。トロッコ5台分でいいんだぞ? わかってるか?」


「わかってますよ。でも、余剰分は私がいただきますので」


 現場監督の声が背後から聞こえる。「早く終わらせたいので、運搬作業手伝ってもらえませんか?」と口にしてみると、困惑した表情のまま運搬作業に加わった。それでも、三人だと採土をトロッコに運ぶのも大変そうだ。


「うーん、鉱山での仕事内容とか詳しく知らなかったけど、これじゃ、いくら掘るのが早くても運び手が足りないわねー。なんか良いのないかしら」


 既に小山になっている採土と、必死に作業している三人を見た後、あたしは錬金釜とレシピ本を取り出す。


 ……いいのがあった。これにしよう。


 そしてあたしが見つけたのは、全自動スコップ。必要素材は木材、鉄、そしてお馴染みの妖精石。どの素材もバッグの中に揃ってるし、軽く見積もって5本は作れそう。


「ぞれじゃ、調合開始!」


 というわけで、即席で作ってみることにした。材料を錬金釜に投げ込むと、虹色の液体が満ちる釜の中から、すぐに立派なスコップが吐き出された。


「あたし、失敗しないので」


 誰にでもなくそう呟いて、できたての全自動スコップを早速実戦投入する。先のつるはしと同じように、ざくざくと土をすくってはトロッコへと運んでいく。よーし、これで一気にスピードアップよ! はっはっはーー!


 勝手に作業してくれる道具たちを見ながら、あたしは石の上に座って高笑い。今更だけど、現場監督ってこんな感じなのかしら。


 ○ ○ ○


「も、もうやめてくれ――!」


 その日の昼前には、現場監督が泣きついてきた。


 それもそのはず。元々体育館程だった採掘現場は、今や元の1.5倍ほどの広さになっていた。岩盤爆破に爆弾を使った影響もあって、完全に地形が変わってる。


 掘り出した土の量は、トロッコ換算でえーっと……20台は超えてたはず。途中から数えるのやめちゃったから、正確な数値はわからない。


「それでは契約通り、余剰分の土をいただきますね」


 作業を終えて外に出たあたしは、鉱山の脇に文字通り山と積まれた鉱石混じりの土を前に言う。


 予想を遥かに上回る採掘量に、「それは構わないが、どうやるんだ?」と、悲観的な表情を浮かべる監督さんに「ご心配なく。この鞄に全部入りますので」と、バッグの外装を軽く叩いて答える。


 続いてバッグの口を開くと、轟々と音を立てながら、まるで掃除機のように土を吸い込みはじめた。予想はしてたけど、すごい光景ねこれ。


「後は、宝石の調合方法をしっかりと調べとかないと……えーっと」


 小さなバッグが小山を飲み込んでいくのを目の当たりにし、完全に固まっている三人の傍らで、あたしはレシピ本のページをめくる。あったあった。ルビーにサファイア。聞き慣れた宝石名が。


 ちなみにこの容量無限バッグ、収納したものを素材に分解する機能と、分解せずに保管する機能がある。どちらも、あたしの意志で簡単にコントロールできる。作成した後にバッグにしまった爆弾や万能地図、万能テントなどをそのままの形で取り出せるのは後者の機能のおかげだ。


 そして今は前者の機能を使っている。つまり、あたしは宝石の原石を大量ゲットしてるのと同じ。目の前の土山は、まさしく宝の山。ウッハウハだ。


「よーし、おしまい!」


 やがて人の背丈の何倍もあったはずの山は、綺麗にバッグに収まった。それを背中に担いてみても、特段重さに変化はない。さすがチートアイテムだわ。


 そしてものは試しと、錬金釜に研磨剤と一緒にルビーの原石を放り込む。少しの間を置いて、きらっきらの宝石が吐き出された。本来なら宝石職人の洗練された技術が必要で、何日もかかるはずの研磨作業が一瞬。すごいわねー。


「そうそう、依頼本来の報酬は3000フォルでしたね。明日、採掘ギルドに取りに行きますので、きちんと用意しておいてくださいよ?」


 あたしは現場監督にそう伝え、完成した宝石を陽の光にかざしながら、満足顔で鉱山を後にしたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る