第十話『鉱山都市にて・その②』



 昼食と買い物で英気を養ったあたしは、意を決して採掘ギルドの門を叩いた。


「ごめんください」


「あ? 何だお嬢ちゃんは?」


 冒険者ギルドと違って、中には無愛想を絵に描いたようなおじさんが一人受付にいるだけ。しかも、いきなりガン飛ばされた。


 早々折れそうになった心を何とか奮い立たせ、「採掘ギルドの依頼を受けさせてもらえないでしょうか?」と、続ける。


「依頼を受けたけりゃ、うちのギルドに入ってもらう必要があるんだよな。お嬢さんは見たところ、マイナーな錬金術師ギルドだろ?」


 いや違うけど? っていうか、この街、そんなギルドあんの? 初耳なんだけど。


 無所属であることを伝えつつ、そこをなんとかお願いしますと頼み込むけど「その細腕じゃ駄目だ。鍛え直して出直しな」と軽くあしらわれた。まったく、取りつく島もない。


 あたしの錬金術をもってすれば、一日あれば素材回収は終わるのに。そうなれば、採掘ギルドなんて用済みなのに。わざわざ所属するなんてまっぴらごめんだ。あたしはフリーランスなんだぞ!


 そんな事を考えていた矢先、ふと、とある考えが頭に浮かんだ。


 ……そっか。別にずっと所属する必要はないんだっけ。


 それならば、と、あたしは明日一日だけの入会を申し出てみる。すると「普段なら日雇いはしないんだがな」と前置きしつつ、「可愛らしいお嬢ちゃんの頼みだ。特別に許可してやろう。ただし、入会料は2000フォルだ」と、いやらしい笑みを浮かべた。えぇ、入会料取るの。


「払えないってんなら、別にいいんだぜ? 錬金術師様は基本貧乏だしな」と、上から目線。ぐぬぬ、絶対元取ってやるんだから。とあたしは心に誓い、泣く泣く代金を支払った。これまで使った金額を合わせると、所持金はほぼゼロ。後に引けなくなった。


「契約成立だな。それじゃ、今来てる依頼はこれだ」


 そう言って、おじさんは依頼書を見せてくれた。ふむふむ。依頼内容はこの街でしか採れないエルトニア鉱石の発掘。トロッコ5台分を依頼分として、余剰分は持ち帰り可。それとは別に、報酬は3000フォル。さっきの入会料を差し引いてもお持ち帰りできる分、条件としてはいいじゃない。


「それで、場所はここだ。明日の朝、現地集合だからな。遅れるなよ」


 続けて、一枚の地図を渡してくれる。採掘場所は街の外なのね。後で万能地図と照らし合わせるけど、ぱっと見、そこまで遠いわけじゃなさそう。


「わかりました。それでは、また明日」


 これ以上話すことはないと悟ったあたしは地図を懐にしまい、一度踵を返した後、思うことがあって振り返る。


「……ところで、つかぬことをお聞きしますが」


「あ? まだ何かあるのか?」


 完全に不意打ちだったのか、おじさんは鼻をほじっていた。ちょっと、レディの前で何してんのよ。


「この街、お風呂屋さんとかありません?」


「風呂……サウナのことか? ここを出て、三軒目がそうだぜ」


 壁の向こうを指差しながら、おじさんは気怠げに言う。あたしの希望はお風呂だったんだけど、サウナも良いかも。整いそう。


「ま、サウナは基本男が使うもんだがな。どうしてもって言うなら、一緒に使わせてくれるんじゃないか?」


 がははと下品な笑いを浮かべながら言う。あー、この街のサウナって、そういう位置づけ? 鉱山労働者の憩いの場みたいな?


 逞しい男性たちが半裸で肩を寄せ合っている状況を想像して、寒気がした。あたし、その中に入るの? さすがに無理。やめた。さよなら。


 あたしは必死に作り笑いを浮かべながら、もう一度「それでは、また明日」と口にして、採掘ギルドを後にした。


 明日は朝早くから仕事っぽいし、今日のうちに色々と準備しておこうっと。


 ○ ○ ○


 街の外れに移動して、一応の寝床として万能テントを設置する。宿代もないし、今日もこのテントにお世話になりそう。


「さーて、始めようかしらねー」


 気を取り直して錬金釜を地面に置き、その傍らでレシピ本を開く。この時が一番、あたしは気分が高揚する。


「えーっと……確か、勝手に掘ってくれるつるはし……ってのがあったわよねー」


 そう口にしながらレシピ本をめくっていく。あった。全自動つるはし。材料は……つるはしと、妖精石。


 妖精石は以前、メノウの森で大量ゲットしてるから問題なし。つるはしは、街のゴミ集積場から拝借してきた。捨てられてたもんだし、いいわよね。


 もちろん、持ち手の部分が折れていたり、刃が錆びていたり、変形していたり。拾ったつるはしはそのままじゃ使えない。だけど、あたしの手元にあるのは究極の錬金釜。どんな質の悪い素材を入れても、最高ランクの品が完成するスグレモノ。


「というわけで、調合開始!」


 ぽーい、と無造作に錬金釜にボロボロのつるはしと妖精石を投げ込む。すぐに立派なつるはしが吐き出された。


「見た目は普通のつるはしだけど……本当に動くのかしら。地面を掘りなさい!」


 試しに指示を出してみたら、ざっくざっくと地面を掘り始めた。おお、さすが全自動。これたくさんあったら、あたしは作業しなくて良さそう。


「もういいわ、ストップ!」と、つるはしを止めてから、あたしはこの全自動つるはしを大量生産することにした。


「ついでに、爆弾も作っとこうかしらねー」


 現代の採掘作業といえば、爆弾を使うのが一般的。爆弾はこの世界じゃレア物っぽいけど、あたしは惜しみなく使わせてもらうことにする。


「まとめて錬金! 素材一括投入! とりゃーー!」


 そんな声を発しながら、素材をドバドバと錬金釜に投入する。本来の錬金術は、素材を一つ一つ確認しながら釜に入れ、ゆっくりゆっくりかき混ぜながら調合をするから、すごーく時間がかかる。でも、そこは究極の錬金釜。材料をまとめて投入しても、作りたいものをしっかりと思い浮かべていればきちんと形になる。


 というわけで、可能な限り時短しながら、全自動つるはし10本と、爆弾20個を調合したところで今日の作業はおしまい。あたしは万能テントに引きこもり、明日に備えることにした。

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