第九話『鉱山都市にて・その①』



 あたしは旅する錬金術師メイ。今日は目覚めが良い。


 万能テントで快適な野宿を終えたあたしは、翌日の昼前に次の街へ到着した。


 ここは鉱山の街らしく『鉱山都市エルトニア』と立派な看板が出ていた。


「いいわねー。鉱山。金の鉱脈掘り当てて、一攫千金。夢があるじゃない」


 うきうきした気持ちで入口の門をくぐると、そこら中をドワーフ族が闊歩していた。うーん、ファンタジーねー。


 でもまあ、ドワーフ族は力仕事とか鍛冶とかが得意らしいし、こういう街では仕事も多いかもねー。


「……おや、人間のお嬢さん。ドワーフ族が珍しいのかい?」


 あたしの視線を感じたのか、通りすがりのドワーフ族が立ち止まって声をかけてきた。


「いえ、そういうわけではないのですが……」と返事をしつつ、話しかけられたついでに、あたしは冒険者ギルドの場所を尋ねた。あそこの依頼掲示板になら採掘の依頼も出てるだろうし、それこそ最強の錬金術師メイの腕の見せ所。錬金術で採掘作業を楽にこなしつつ、その素晴らしさを広め、お金も手に入る。まさに一石三鳥だった。


 ○ ○ ○


 そして意気揚々と掲示板の前にやってきた。あら? 以前の街では常に人だかりができていたはずなのに、閑散としていた。もしかして依頼、少なかったりするのかしら。


 あたしは一抹の不安に襲われながら掲示板に近づいて、貼り出されている依頼内容を見る。魔物討伐に、納品系の依頼ばかり。えーっと、鉱山関係の依頼は……。


「……あれ?」


 ない。ないない。採掘関係の依頼が全くない。


 そんなはずないわよ。だって、ここから見える山の穴、全部鉱山でしょ? これだけあるのに、依頼が一つもないなんて、ありえないわよ。


「あのー、ちょっとお聞きしたいんですが」


 あたしは平静を装いつつ、近くの冒険者ギルドに駆け込んで、受付の女性に声をかける。


「ああ、この街では、採掘関係の依頼は採掘ギルドに回されているんです。我々に依頼されても、結局そちらに回しますし。依頼主としても、そっちのほうが効率的ですから」


「採掘ギルドぉ?」


 思わず素が出てしまった。なにそれ、そんなギルドあんの?


「ここから外に出て右手に曲がり、小高い丘を登った先にギルド本部がありますので、興味があるようでしたら行かれてみてくださいね」


 営業スマイルで言われたけど、名前からして、絶対男臭いわよね。そんで、女の子一人で行ったら間違いなく馬鹿にされそう。できたら近づきたくないんだけど。


「ど、どうもありがとうございましたー……」


 一応お礼を言って、あたしは肩を落としながら冒険者ギルドを後にしたのだった。別に何かいい方法、ないかしらねぇ。


 ○ ○ ○


「あー……うー……」


 あれから色々と調べたけど、採掘の依頼を受けるにはどうしても採掘ギルドに行く必要があるらしい。めちゃくちゃ気が滅入る。けど、いかなくちゃ話が進まない。


「……よし、決めた」


 男の巣窟に乗り込む前に、ちょっと英気を養うことにしよう。お腹も空いたし。


 というわけで、たまたま目についた食堂に入ってみることにした。


「こんにちはー……げ」


 入口を開けた瞬間、凄まじい熱気があたしに襲いかかった。思えば、時間はちょうどお昼時。鉱山で働いている逞しい作業員の皆さんが、一斉に食事を取るタイミングだ。


「いらっしゃい。好きな席に座んな」


「……テラス席でお願いします」


 あたしは努めて笑顔でそう告げて、できるだけ喧騒から離れた席に座る。正直陽射しがきついけど、あの熱気の中にいるよりマシ。




「……ふう。ごちそうさまでした」


 代金を支払って、お店を後にする。ちなみにあたしが注文したのは『鉱山カレー』。鉱山から採掘された鉱石をイメージしたゴロゴロ野菜と、まるでマグマを思わせるような真っ赤なルーが印象的だった。


 カレーの名はついてるけど、トマトベースでハヤシライスっぽい味付けだった。真っ赤な見た目の割に僅かな酸味もあって、全然辛くなかった。


「お腹も膨れたし、次は雑貨屋さんで宝石の下調べよ」


 英気を養う方法その②。今度は近くの雑貨屋さんに入ってみることにした。


 案外、こういうところにいいものが売ってたりするのよ。質の良い宝石を作るには、まず質の良い品を見てからじゃないとね。作るのは錬金釜だけど。


「うっはー、すっご」


 そして店に一歩足を踏み入れるなり、あたしは叫んでいた。


 この店、雑貨屋の体はなしてるけど、置いている品は宝石店顔負け。さすが鉱山の街。キラッキラの宝石がたくさん売られてる。これは女の子にはたまんないわー。


「いらっしゃいませ。こちらの商品は全て、街の鉱山で産出されたものになります」


 あたしの反応を見て、脈アリと判断されたのか、小奇麗な服を着た女性が寄ってきた。いや、あたしは下調べするだけで、宝石買うつもりなんて微塵もないんだけど。


 軽く会釈を返して、ショーケースに目をやる。たまたま目についたエメラルド、この大きさで20000フォルもする。べらぼうに高い。その隣のルビーも12000フォル。だから、たっかいわ!


 ……でもこれ、原石さえ手に入れば錬金術で調合できそうじゃない? ちょっと調べてみよ。


 何か言いたげな店員さんを尻目に、あたしは店の中でレシピ本を開く。


 ……おお、載ってる載ってる。宝石系の素材。そのほとんどが原石と、研磨剤があれば作れるのね。それ以外に必要なものがあるのかしら。


 パラパラとレシピ本をめくり、あたしは他の宝石の作り方も確認する。うんうん。基本、原石と研磨剤さえあれば事足りそう。


「あの、お客様?」


「……はっ」


 座り込んで白紙の本をめくり、独り言を呟く錬金術師を見かねてか、店員さんがもう一度声をかけてきた。あたしもそれで我に返る。


「ご、ごめんあそばせ」


 柄にもないことを口走りながら、ぱたん。とレシピ本を閉じ、すました顔で立ち上がる。


「つかぬことをお聞きしますが、このお店、研磨剤は売ってます?」


「研磨剤ですか? あるにはありますが」


「ください。あるだけ」


 ますます怪訝そうな顔をする店員さんにそれだけ言って、あたしはカウンターへと向かう。ついでに小麦も買い占めといた。忘れるとこだったけど、料理においては重要アイテムみたいだし。沢山持っておくに越したことはない。錬金術においても、パンが無ければ、ケーキは食べられないのだ。


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