第八話『錬金術師の衣食住・その②』



 あたしは旅する錬金術師メイ。現在、絶賛空腹中。


「えーっと、何か食べるもの、食べるもの……」


 苦労の末、万能テントを作ったまではいいけれど、まさかの食糧難に襲われていた。


 がさごそと容量無限バッグの中を漁るけど、そのまま食べられそうなものはない。それ以前に、このテントの中には調理設備がついてなかった。そりゃあ、テントの中で火事になったら大変だけどさ。


 弱ったなぁ……なんて思いながら、手元のレシピ本に目がいく。そうだ。伝説のレシピ本なんだし、料理のレシピも一つや二つ、載ってないのかしら。きっと載ってるわよね!


 そんな考えに至ったあたしは、藁にもすがる思いでレシピ本をめくる。


「おお、あるじゃない」


 ミートパイ、チョコレートケーキ、ハンバーグ、カレーライス……元の世界と似た食材があるだけあって、見慣れた料理名が並んでいた。


「なーにを作ろっかしらねー」


 すっかり気を良くしたあたしは、手持ちの素材と相談しながらレシピ本をめくる。各ページには必要素材と一緒に、完成予想図も載ってる。綺麗なイラストを見てると、ますますお腹が空いてくるわねー。


「……って、あれ?」


 ちょっと待って。ここに載ってるレシピ、大抵の料理に小麦がいるじゃない。小麦なんて、どこに生えてるのかしら。


 バッグの中を見てみても、小麦はない。そりゃそうだ。これまで採収した記憶がないんだから。


 もしかして、古いパンかなんか投げ込んだら、分解して小麦にしてくれたのかしら……なんて考えるも、後の祭り。今のあたしの手元には、パンの一つもないし。


「えーと、小麦のいらない料理……小麦のいらない料理……あ、あった」


 某フランスの王妃じゃないので、パンが無ければケーキを……なんて贅沢は言えない。空腹で回らない頭を必死に動かして辿り着いた料理は、ステーキ。それと、野菜サラダ。これなら現状の素材からでも作れそう。


「よーし、作るメニューも決まったところで! いざ、クッキングタイム!」


 どすん、と容量無限バッグから錬金釜を引っ張り出し、テント内のスペースに配置する。調合なら火も使わないし、安心安全よね。


 ……っていうか、あたし、元の世界では料理の腕はからっきしだったんだけど。両親が共働きで、普段はコンビニ弁当か外食中心。たまに気まぐれで料理してみれば、ホットケーキがフライパンと同じ色になったりした。そんなあたしでも料理できるのかしら。


 一瞬そんな考えが頭を過ったけど、まあ、なんとかなるでしょ。料理するのあたしじゃなく、究極の錬金釜だし。


 というわけで、容量無限バッグから食材を取り出して、次々と錬金釜へ放り込む。ニンジン、ジャガイモ、キャベツ、トウモロコシ、トマト、そして狼肉。


「え、狼肉!? ちょっと待って! 戻ってきて!」


 つい、いつもの調子でよく確認もせずに素材を錬金釜に入れてしまった。あたしは反射的に手を伸ばすも、一度錬金釜に放り込まれた素材は戻ってこない。結局、あたしはぐるぐると虹色が回る鍋の中を、えも言えない表情で見つめるしかなかった。


 ○ ○ ○


 しばらくすると、何事もなかったかのように肉汁滴る見事なミディアムレアのステーキと、シャッキシャキの野菜サラダが完成した。おそるおそる食べてみたけど、どっちも美味しい。お腹空いてたし、なおさら。


 ……でも、狼の肉を使ったステーキってのがちょっと気になる。ジビエ料理だと思えばそれまでだけど、間違いなく、森で倒した狼よね。


 一口サイズに切った狼ステーキをもぐもぐと咀嚼しながら、あたしはふと思う。この狼も、あたしを食べるつもりだっただろうに。まさか逆に食べられることになるとは思いもしなかっただろうな、と。


 そんなふうに晩ごはんを済ませたあたしは、今度はパジャマを調合することにした。


「一度は雨に濡れちゃった服だし、さすがにこの服のままベッドインするのはねー」


 なんて言いながら、万能テントを作る際に余った布を使ってパジャマを作る。錬金術を使えば、裁縫の工程を含めて全スキップできるわけだけど、今思うと現代の製糸技術って偉大だわー。製糸場が世界遺産になるのも納得かも。


 顎に手を当てながら、うんうんと頷いていると、やがて肌触り最高のパジャマが完成した。まるでシルクみたいにすべすべ。元が蜘蛛の糸だなんて信じられない。


「でも、これ着て寝たら、蜘蛛に捕まった蝶の夢を見たりして」


 なんて冗談を口にしつつ、あたしはベッドに横になる。予想通り、ふかふかだった。


 ……え? お風呂入らないのかって? このテント、お風呂もついてなかったのよ。


 仮にお風呂を調合できたとして、テント内に設置するわけにもいかないじゃない。水浸しになっちゃうし。


 というわけで、次の街についたら、まずは小麦とお風呂だわ……なんて考えながら、あたしは眠りについたのだった。


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