第七話『錬金術師の衣食住・その①』



「あーうー、これはまずいわよー……」


 あたしは旅する錬金術師メイ。


 小屋の親子に別れを告げ、街道を歩くこと数時間。だいぶ日が沈んできた。


 なるべく急いだんだけど、雨で地面はぬかるんでるし、あたしも正直足が速い方じゃない。万能地図の尺度から考えて、どうやっても今日中に次の街につくのは無理そう。


 ……野宿。そんな二文字があたしの脳裏をよぎる。いくら街道とはいえ、暗くなったら魔物も出るかもしんないし、さすがに危なくない?


 ……ということで、あたしは日が沈みきる前に寝床を用意することにした。


「どうせ作るなら、グランピングのテントみたいに快適なの作れないかしら。伝説のレシピ本、オープン!」


 街道脇でレシピ本を開く。パラパラとページをめくっていると、おあつらえ向きなのがあった。万能テント。


「ふむふむ。材料としてはとてもシンプル。とにかくたくさんの布があれば作れるのね」


 あたしはレシピ本片手に容量無限バッグに手を突っ込み、片っ端から布の素材を引っ張り出す。


「……あれ、もしかして足りない?」


 取り出せるだけ取り出したけど、必要枚数に達しなかった。


 容量無限バッグは入れた素材を自動分解、自動分別して保管するチートアイテム。そしてあたしがひとたび手を入れれば、あたしの望むものを手元に引き寄せてくれる。


 ということは、このバッグの中に入っている布はこれで打ち止め、ということ。


「……今思えば、布って自然に落ちてないわよね」


 道中、散々採取はしてきたけど、布の素材ってほとんどなかった気がする。しかも、元から少なかった布素材を雨ガッパと傘に使っちゃってた。あたしのバカバカ!


「うーん、なんとかならないかしら……」


 あたしは今一度レシピ本をめくる。今から布素材を集めに行く時間はないし、作ったばっかりの雨具を分解してしまうのはもったいない。となると、別の素材から布を作るしかない。


「防水布や透明布じゃなくて、もっとも原始的な布の作り方……あ、あった」


 探すとすぐにレシピが見つかった。さすが伝説のレシピ本。ポーションから賢者の石まで、あらゆる道具の作り方が載ってるだけある。


 作成するアイテム名は『普通の布』。何をもって普通とするのか疑問だけど、今はそんなこと気にしていられない。必要素材を見ると『糸』とある。


「あー、糸ねぇ……」


 布は糸を紡いで織る。うん。至極当然だった。でも、糸ってどうやって作るんだっけ。蚕? この世界に蚕なんているのかしら。


 がさごそと容量無限バッグを漁りながら、そんな事を考える。ちなみに、糸素材もバッグの中にはなかった。布もそうだけど、糸も自然界における素材の絶対数が少ないのねぇ。


「むー、すぐさま思い浮かぶ糸と言えば……」


 ぱたん、とレシピ本を閉じて、あたしは考えを巡らせる。自然界で一番有名な『糸』。やっぱり……あいつかしら。


 ○ ○ ○


「うえー、気持ち悪ぅ……」


 その後、あたしは近くの森へと分け入って、木々の間に作られた蜘蛛の巣を回収して歩いていた。


「あー、お家壊しちゃってごめんねー。お願いだから、恨まないねで-」


 文字通り蜘蛛の子を散らすように逃げていく家主たちに謝りながら、手にした杖の先に、くるくると蜘蛛の巣を巻き取り、そのまま容量無限バッグへ突っ込む。できたら手で触りたくないし。


 そんな感じに完全なるスパイダーハンター(目当ては糸だけど)になって30分もすると、それなりの量が集まったらしく、鞄から綺麗な糸になって出てきた。うんうん。滑らかな手触り。これなら触っても気持ち悪くない。


「よーし、いざ、錬金タイム!」


 素材が集まったのを確認したあたしは、街道まで戻り、どん、と錬金釜を地面に置く。そして七色揺らめく釜の中へ、完成したばかりの糸をどかどかと投入していく。


 後は特に何かするでもなく、きれいな布が大量に生み出される。その布を改めて錬金釜に投入すると、やがて立派なテントが完成。


 ……うん、なんか色々な法則を無視しちゃってる気もするけど、究極の錬金釜で作ったんだから大丈夫よね!


「さっそく入ってみよ。おじゃましまーす……」


 自分で作ったテントなんだから、中に誰かいるわけもないんだけど、つい挨拶をしながらテントに入る。


「おおー、これ、すごくない?」


 目の前に広がるのは、ワンルームマンション二部屋分はありそうな広い部屋。中央に立派な絨毯が敷かれていて、その上にソファーとテーブル。端の方にはベッド。そして室内で錬金術をするためか、奥に錬金釜を置けそうなスペースまである。


「いいじゃない。いいじゃない。こんな立派なのができるなんて、さすがのあたしも予想外だったわ」


 どっかりとソファーに腰を下ろす。うん、柔らかすぎず硬すぎず。ちょうどいい感じ。もう、ベッドなんて使わなくても、このまま眠れちゃいそう……。


 ……そう思った矢先、あたしのお腹が盛大に音を立てた。そうだ。街を出てから、ご飯食べてない。


 晩ごはん……どうしよう。


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