第六話『雨宿り・その②』
「よう。今日も来たぜ」
直後、小太りの男性が一人、あたしを押しのけながら小屋に入ってきた。その姿を見たメアリーが不安げな顔をする。この人誰? 無精髭生えまくってるし、二人の面倒を見てくれてるおじさん……って雰囲気じゃないわね。
「さーて、今日こそ借金を払ってもらうぜ」
壁際に逃げるメアリーを気にすることなく、ずかずかと病人のいる部屋へと入っていく。ははぁ。つまりはこの人、借金取りね。
「昼間から寝てるなんて結構なご身分だな。借りた金、返すメドがついたのか?」
「す、すみません。支払いはもう少しだけ待ってください」
「ああ? その台詞、何度聞いたと思ってんだ。こっちだって仕事なんだよ」
うーわ……緊迫してる場面なのに、どうしてか笑いがこみ上げてきちゃう。何、このテンプレートなやりとり。まるで時代劇みたい。
「もう半月待ってください。どうか、お願いします。お願いします」
まー、そう言うしかないわよねぇ。この状況じゃ。
あたしは視線だけを動かして、小屋の中を見渡す。この小屋の中には、お金はおろか換金できそうなものも一切ない。
でも、小さい子もいるんだし、教育に悪そうなやりとりはやめてほしいんだけど。
「ほー、どうしても払えねぇって言うんなら、お前の可愛い娘を奴隷商人に売るって手もあるぜ? 手配してやろうか?」
「そ、それだけは、勘弁してください!」
……うん。これまた予想通りの展開。どこかに台本やテレビカメラあるんじゃない? ってレベルね。
「あー、ちょっとそこのアナタ。黙って聞いていれば、さっきからひどくないですか?」
「あ? なんだてめぇは」
どこまでもテンプレートな展開を見るに見かねて、あたしは口を挟むことにした。
「旅の錬金術師です。その借金とやら、いくらなんです?」
「20000フォルだ」
ちょ、たっかっ。手持ちじゃ足りない。病気で仕方ないとは言え、このおかーさん、ちょっと借金しすぎじゃない?
「もしかして、タビノレンテンジュツシさまが支払ってくれんのか?」
それ、名前じゃないから。しかも間違ってる。
「錬金術師です」と一応訂正した後、あたしも押し黙ってしまう。手持ちは5000フォルしかないし、さすがに無理。
首を突っ込んでしまった手前、どうしようか悩んでいると、再び壁や屋根を打つ雨音が聞こえてきた。
……そうだ。この手で行こう。
その雨音を聞いた瞬間、脳裏に一つの案が浮かんだ。あたしはすぐにそれを実行に移す。
「……実は私、錬金術師の中でも高位の存在なんです。それはもう、魔法使いも凌駕するくらいに」
「ははは、錬金術師なんてもんは、暗い部屋で鍋かき回してる連中のことだろ? 冗談は顔だけにしろ」
……言うことがいちいち癪に障るわねこいつ。
「そうですねぇ。では最強の錬金術師だという証拠に、もうすぐ雨が止みます。いえ、私が止ませましょう」
あたしは万能地図を開きながら、そう宣言する。表示されてる雲の流れからして、雨が止むまであと10秒。頃合いを見計らって、あたしは指を鳴らす。
すると、完璧なタイミングで、雨が止んだ。
「ほーら、止みましたよ」
おじさんは「そんな馬鹿な」と言いながら背後の扉を開け、外を見る。雨はすっかり止んで、青空が覗いていた。
「あ、ありえねぇ。天気を操ることができるのは、魔法使いの中でもかなり上位の存在だけのはずだぞ……!」
わなわなと震えるおじさんを前に、あたしは得意顔になる。別に、天気を操ってるわけじゃないけどねー。
内心優越感に浸りながら、あたしは万能地図に目を通す。次の雨雲が来るまで、20秒くらいかしら。今度は雷雲を纏った、すごいのがやってきてる。
「さあ、驚いている場合じゃないですよ。今度は雷雲を呼んでみましょうか。さん、はい」
これまたタイミングを見計らって指を鳴らすと、バケツをひっくり返したような雨と、盛大な稲光。おおう、あたしでもビビるくらい、完璧だった。
「う、嘘だ。こんなことが……!」
「……今度は、あの雷をあなたに当てましょうか?」
「ひ、ひぃぃぃっ」
最後の台詞は口から出まかせだったけど、散々ビビっていたおじさんには、それが決定打になったらしい。情けなく泣き叫びながら、小屋から飛び出していった。はっはっはー。完全勝利―。
「ありがとうございます。錬金術師は世を忍ぶ仮の姿で、本当は凄腕の魔法使い様だったのですね」
寝床からゆっくりと起き上がって、メアリーのお母さんがお礼を言う。
「魔法使いさま、すごーい!」
メアリー本人も先程とは打って変わって、羨望の眼差しであたしを見ていた。あたし、本当に凄腕の錬金術師なんだけど……なんて説明したところで、理解してくれそうにはなかった。
それにしても、万能地図で天気変化を先読みしてビビらせる作戦、うまくいって良かった。元の世界でも、スマホのアプリを使えばあれくらいの天気予測はできるんだけど、何も知らない異世界の人たちからすれば、それこそ魔法みたいに見えたのかも知れないわね。あの人も、勝手に勘違いして逃げていったし。
「それでは、私はこれで失礼します。おかーさん、娘さんのためにも、少しずつでいいので借金返してあげてくださいね」
最後にそう伝えて、今度こそ雨雲が過ぎ去った街道を、あたしは親子に見送られながら歩き出したのだった。これにて、一件落着。
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