第五話『雨宿り・その①』
あたしは旅する錬金術師メイ。
無事に万能地図を手に入れたあたしは、その翌日には次の街を目指し、街道を歩いていた。
「ふっふっふー。この地図があれば道に迷うこともないし、モードを切り替えれば魔物の位置までわかるし。楽ちんよねー」
道中目についた素材を採集しつつ、自作の歌なんか口ずさみながら上機嫌で街道をゆく。それは晴れ渡ってるし、絶好の旅日和よねー。
……そうそう。旅といえば、あたしの旅に一つ目標ができた。
それは『この世界に錬金術を広める』ということ。
あたしが大好きな錬金術は、この世界ではマイナー。どういうわけか、常に魔法使いと比較されて、下に見られる。
そりゃ、魔法使いが強いってのはファンタジー世界ではありがちだし? 皆の憧れだっていうのも十分理解できるわ。でも、それに錬金術が劣ってるなんて微塵も思わない。少なくとも、あたしは。
だからこそ、せっかく授かったチートアイテムの数々を最大限に使い、これから行く先々で錬金術の存在を知らしめてやろう、その素晴らしさを教えてあげようと、そう思った。
○ ○ ○
……あれ、なんか曇ってきた?
そんな野望を胸に小一時間ほど歩いた時、ふと風が冷たくなった気がして空を見る。いつの間にか空は濃い灰色に覆われていて、今にも雨が降ってきそう。
「変ねぇ。さっきまで晴れてたのに」
あたしは首を傾げながら万能地図を開く。この地図、天気がわかったりしないのかしら。そう、雨雲レーダー的な。
そんなことを考えながら地図を弄っていると、うまくモードが切り替わった。ふむふむ。この濃い青色の部分が、現在雨が降っている場所を表してんのね。
「げ」
……なんか北側から、もの凄い速さで雨雲が近づいてきてる気がする。これ、やばそう。
ますます風が冷たくなってきた感じがして、あたしは必死に雨宿りできる場所を探す。街道沿いには一定の間隔で木が植えられているんだけど、どれも細くて全く頼りになりそうにない。
そうこうしているうちに、ぽつぽつと雨が降り始め、それは瞬く間に雷鳴をまとった豪雨になった。
「やっばーー!」
あたしは全身ずぶ濡れになりながら街道をひた走る。両手で頭を庇ってみるけど、なんの意味もない。
今更だけど、いくら雨を予測できたとしても、防ぐ手立てが無ければどうしようもなかった。
「……そうだ。こういう時の地図よ!」
あたしは一旦しまった万能地図をバッグから引っ張り出す。理由はわからないけど、雨の中でも全く濡れなかった。
「どこか、雨宿りできる場所!」
その地図を乱暴に開くと、思いっきりズームアウトさせて周囲に建物がないか探す。あった。一軒だけ。
距離にして、500メートル。走れ、あたし!
○ ○ ○
土砂降りの雨の中、あたしは偶然見つけた小屋に飛び込む。いやー、濡れた濡れた。やられたわー。
「……お姉ちゃん、だぁれ?」
「へっ?」
扉を閉めて、びしょ濡れになった服の袖を絞っていると、背後から声が聞こえた。振り返ると、一人の女の子が不安そうな顔であたしを見ていた。この小屋、人が住んでたの?
「あら、お客さんですか?」
怪しい者じゃないのよー……とか弁解していると、その子に続いて、小屋の奥から女性の声がした。
「ご、ごめんなさい。てっきり、無人の小屋かと思いまして……」
あたしはそう謝りながら、女性の方へ姿勢を正す。飛び込んできた女性の顔は明らかにやつれていて、顔色が悪い。もしかして病気なのかしら。
「すごい雨ですしね。困ったときはお互い様です。どうぞ、雨宿りしていってくださいな」
「ありがとうございます」と、あたしがお礼を言うと同時、女性が咳き込んだ。女の子が傍に駆け寄って、寄り添うようにして奥のベッドへと連れていった。
「……お母さん、病気なの」
しばらくして戻ってきた女の子は、メアリーと名乗り、そう事情を話してくれた。
続けて「お金がないから、街の中に住めないの」とも。
こんな街道の途中に掘っ立て小屋があるなんて不思議に思ってたけど、そんな理由があったのね。あの街、住民税とか高そうだし。
「それじゃ、少し場所をお借りしますね」
奥にいる二人にそう伝えて、あたしは濡れた服を乾かしながら、錬金釜とレシピ本を引っ張り出す。ちなみに服はちゃんと着てるからね。一応、予備は持ってるわよ。ちょっと湿ってるけど。
そして今から作るのは、雨ガッパと傘。とりあえず今後を考えて、雨の中でも動けるようにしておかないと。
レシピ本を見ながら、まずは防水布を作る。これはガラスを砕いた粉ガラスを布と調合したもので、薄い膜でコーティングして水を弾くみたい。ガラスはポーションの容器としてたくさん排出されるから、素材には困らない。
完成した防水布に、メノウの森で採取したバンブーウッドっていう……どう見ても竹にしか見えない植物を混ぜる。すると、あっという間に傘が完成。
続いて、同じく防水布と油を一緒に錬金釜に投げ込むと、これまたすぐに雨ガッパが完成。よーし、これだけ重装備してれば、大丈夫でしょ。
「すごーい。お姉ちゃん、魔法使いなの?」
いつからいたのか、あたしの錬金術をじーっと見ていたメアリーが目を輝かせながら言った。
「ふっふっふ。これは錬金術です」と、あたしは胸を張って言う。だけど、メアリーは「レンキン……?」と首を傾げるだけだった。はいはい。どーせマイナーな職業ですよー。
そんなこんなしていると、薄い壁越しに鳥のさえずりが聞こえてきた。どうやら雨が止んだらしい。
せっかく作った雨具を使うことはなさそうだけど、それはそれでよし。あたしは作った道具やレシピ本をバッグにしまい、代わりに数本のポーションを取り出して机に置く。
「わぁ、ポーション。お姉ちゃん、ひょっとして商人さん?」
「だから、錬金術師です」
もう一度念を押すけど、わかってないみたいだった。
「これは、雨宿りさせてもらったお礼です。お母さんに飲ませてあげるなり、街で売ってお金に変えるなりしてください」
お金は大切にするけど、受けた恩は全力で返す錬金術師。それがあたし。
まぁ、ポーションはいくらでも作れるし。少しでも身体が良くなってくれたらいいかな。
「それじゃ、私はこれで失礼しますね。雨宿りさせていただいて、ありがとうございました」
奥で横になるお母さんにもお礼を言って、あたしは小屋の扉に手をかける。その時、扉が外側から勢いよく開いた。
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