第四話『万能地図』




「素材ー♪ 素材ー♪ 素敵な素材ー♪ たくさん集めるわよー♪」


 誰もいない森の中、あたしは自作の歌をうたいながら素材を集める。


「らららー♪ ら?」


 石、草、木の枝……目につくものを片っ端からバッグに放り込んでいると、唐突に森が開けて、崖が現れた。


 寸でのところで足を止めると、パラパラと足元の土が崩れ、遥か崖下へと落ちていった。


「あっぶなぁ……」


 あたしは顔を引きつらせながら、回れ右する。素材集めばっかじゃなく、周囲への注意も怠らないようにしないと。


「あ、見たことないキノコみっけ! このハチの巣もいい素材になりそう!」


 ……なんて考えも一瞬で消し飛んで、あたしはまた素材集めに戻る。危険はあるのかもしれないけど、やっぱり森は素材天国。たまりませんなぁ。


 ○ ○ ○


 あらかた周囲の素材を取り尽くし、あたしは切り株に座って小休止。お昼ごはんに買ってきたじゃがいものキッシュ、おいしー。


 これは余談になるけど、この世界にはあたしが元いた世界の野菜や果物が同じように売られていて、食べるものには悩まなかった。まぁ、中には見たこともないような野菜もあったけど。


 それにしても……はて、なにか忘れているような。


「あ、妖精石!」


 素材集めに夢中になって、本来の目的をすっかり忘れてしまっていた。あたしは半分ほどかじったキッシュを急いで食べあげて、切り株から立ち上がった。




 ……というわけで、妖精石を探して森の奥までやってきた。さすがに雰囲気が違う。


「もしかして、これかしら」


 ほとんど日の差さない森の奥を歩いていると、足下に淡い光を放つ石がいくつも落ちていた。


 レシピ本を手にした状態でその石を拾い上げると、自動的に『妖精石』のページが開かれた。どうやら、この石で間違いなさそう。


「アイテムや素材の鑑定までできるなんて、さすがよねー」


 拾った妖精石を容量無限バッグに入れながら、あたしは感服する。この石もまだまだそこら中に落ちてるし、拾えるだけ拾っときましょ。


「た、助けてくれーー!」


「……あら?」


 例によって自作の歌をうたいながら採集を楽しんでいると、突然の叫び声。


 振り向くと、先程街であたしに声をかけてきた二人の冒険者が、血相を変えてこちらに走ってくるところだった。何? どうしたの?


「あ、お前はさっきの錬金術師!」


「れ、錬金術師様、どうかお助けください!」


 あたしが困惑していると、そのうちの一人がすり寄ってきて、そう懇願する。は? さっきまで散々バカにしていた女の子に助けを求めるなんて、恥ずかしくない?


「ま、待てよ! そんな奴に助けを求める必要なんてな……ぎゃーーー!」


 そんな仲間の様子を見ていた冒険者が、背後から謎の攻撃を受けて豪快にふっとんだ。うわ、痛そう。


 ゴロゴロと地面を転がって動かなくなった彼を一瞬だけ見やり、視線を戻すと、そこにはでっかい狼が三頭、こちらを睨みつけていた。へー、この森、こんなのもいるのねー。


「う、うわーー! うわーー!」


 あたしがどこか冷静でいる一方、傍ですがるようにしていた冒険者は恐怖に負けたのか、叫び声をあげながら別方向へと逃げ去っていく。


「あ、そっちは崖が」


「ぎゃーーーー!」


 伝えようとしたけど、文字通り一歩遅かった。ガラガラと何かが転がり落ちる音だけが、あたしの耳に届いた。


「……まぁ、自業自得よねぇ」


 確かめに行くつもりは毛頭なく、あたしは目の前の狼三頭と対峙する。あんなやせ細った冒険者より、柔らかくて可憐な少女の方が食べやすいぜ……なんて思ってそうな顔。


「……よろしい。錬金術師メイがお相手しましょう」


 呟いて、あたしは爆弾を投げ放った。


 ……直後に轟音。


「ひえぇっ!?」


 思わず情けない声を出してしまった。それくらい、ものすごい威力。周辺の木々を爆風で薙ぎ倒し、三匹の狼はまとめて消し炭となった。


「あー……炭って素材になるわよねー」


 暫く言葉を失った後、あたしはそうポジティブに考えることにして、周囲の木々の欠片ごと、狼の残骸を回収しておくことにした。


 獣肉に、銀の毛皮? よくわかんないけど、こういう魔物系の素材は入手が難しいってのが定番だし。持ってることに越したことはないわよね。


 あたしは倒した狼さんを素材として回収すると、そそくさと森を後にした。


 ……ちなみに先の冒険者のうち、吹っ飛ばされた方はまだ息があったので、街に戻るとすぐにリチャードさんに報告しといた。多分これで助かるでしょ。あたしってば、優しい。


 ○ ○ ○


 宿に戻ったあたしは、さっそく万能地図を作り始める。


 と言っても古い地図と妖精石を錬金釜に放り込むだけで、すぐに完成。出てきた地図を開くと、自分のいる場所を中心に周辺の地図が表示されていた。


 もうちょっと街の周囲が見えないかしら……なんて考えながら、思わず二本の指で地図を触ると、ぐん、とズームアウトした。


 ……お? この地図ってもしかして。


 今度は思いっきり二本の指を動かしてみる。大きくズームアウトして、星全体が表示された。わかった。これ、某企業の地図アプリ的なアレね。万能地図ってそういうこと。


 元の位置に戻れと念じれば、まるであたしの位置情報が分かってるみたいに定位置に戻るし、見ようと思えば、全く人の手が入ってなさそうな山の上や、大樹海の中まで、世界中のあらゆる場所を見ることができる。


「わっはー。なんか楽しい。ずっと遊んでいられそう」


 錬金術の道具を片付けて、あたしはベッドに寝っ転がって万能地図を眺める。


「……って、ちょっと待って。この地図ってもしかしてリアルタイム?」


 拡大縮小して遊んでいたら、思いっきり拡大したタイミングであたしの近くに人物名が表示された。確か、一階の受付にいた宿の店主さんがそんな名前だったような。


「おやすみのところ、すみません。夕飯はいつ頃お持ちすればよろしいでしょうか」


 ……直後、扉越しに声が聞こえた。他人の位置情報も完璧だった。


「あー、そうですね。それでは……」


 あたしは適当な時間を伝えつつも、驚きを隠せずにいた。ひょっとして、この地図もチートアイテムの部類になるんじゃないかしら。


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