第三話『旅の準備』



 あたしは旅する錬金術師メイ。


 ……と言っても、今はまだ旅の準備中。


 ここのところ、毎日のように冒険者ギルドの納品依頼をこなしつつ、旅の資金を稼いでいた。


 ポーション、エーテル、傷薬から、毒消しまで。納品依頼と言っても、色々なものがある。


 まぁ、あたしには究極の錬金釜を筆頭にチートアイテムの数々があるから、大抵のアイテムが作れてしまうわけだけど。


 ……そんな中、一つ気になることがあった。


 先日の悪徳商人の言葉から半分察してはいたんだけど、この世界は本当に錬金術の地位が低い。あたしの大好きな、錬金術の地位が。


 依頼を受けて、ぱぱっとアイテムを調合して納品しに行くと、「さすが魔法使い様ですね」と言われる。錬金術師だと伝えると、皆決まって驚いたような、蔑んだような表情を見せる。これはいただけない。由々しき事態よ。


「……お金、だいぶ貯まったわよね」


 重くなった財布の中味を確認すると、5000フォル。


 これだけ貯れば、そろそろ次の街に行っていいかも。そして、あたしの計画を実行に移すときだ。


 思い立ったがなんとやら。あたしは雑貨屋さんに駆け込んだ。


「ごめんください」


「あら、メイちゃんいらっしゃい」


 店員のおばさんから親しげに声をかけられる。ここ数日、毎日のように錬金術の素材を買いに通ったし、すっかり顔なじみだった。


 もうすぐ旅立つ旨を伝えて、あたしは地図を買い求める。旅をするには、まず地図が必要だし。


「地図? あるにはあるけど、ちょっと古いのよねぇ。汚れもひどいし、餞別にあげるわよ」


 ラッキー。買うつもりだったのに、タダで貰えちゃった。あたしはおばさんにお礼を言い、店を出た。


 ○ ○ ○


「うーん……」


 その後、あたしはベンチに座り、露店で買ったワッフルを片手に地図を開いていた。


 おばちゃん……この地図、古いし汚れが酷い、とは言ってたけど……。


「本っ当に古すぎて、ぜんっぜん読めなーーい!」


 思わず、善意でもらった地図を地面に叩きつけてしまう。すぱぁぁん! といい音がした。


「あー、確かレシピ本の中に、特殊な地図の作り方が載ってたわよね。どこだっけ……」


 怒りの感情が収まるまでしばし待って、あたしは伝説のレシピ本を開く。


「あったあった。万能地図の作り方。えーっと……調合には地図と妖精石が必要……」


 ……地図はこのボロボロのやつでいいとして、妖精石って何。


 道行く商人に情報料を払って教えてもらったところ、どうやら、この近くの森で採れるらしい。


「森ぃ……?」


 思わず、吐き出すように言う。森ってことは、魔物も出るじゃない。あたし、危険なことは極力したくないんだけど。旅に出る前に、魔物に襲われてゲーム―オーバーなんて嫌すぎる。


 ……妖精石、雑貨屋さんに売ってないかな……とか淡い期待を持ちつつ、もう一度お店の門をくぐる。


 別れの挨拶をした手前、なんとも微妙な空気だったけど、あたしは陳列棚の中から妖精石を探し出す。


「……10000フォル!? たっかぁ!」


 その値段を見た瞬間、心の声が全力で漏れてしまった。慌てて口をふさぐけど、後の祭りだった。


 あたしの叫びを聞いて、おばさんは「うちで一番の高額商品だからねぇー」と、笑っていた。さすがに買えない。せっかく貯めた旅の資金が無くなっちゃう。


 ○ ○ ○


「うー、まさか、妖精石があそこまで高いとは……」


 意気消沈して雑貨屋を後にしたあたしは、先程と同じベンチに腰を下ろしてレシピ本を開いていた。


 理由は一つ。あたしに扱える武器を作るため。


「こーなったら妖精石取りに、森に行くしかないだろうし。武器……武器ねぇ……」


 ブツブツ言いながらレシピ本をめくる。さすが伝説のレシピ本だけあって、エクスカリバーとかフランベルジュとか、いかにもな武器の作り方が載っていた。まぁ、素材がないわけだけど。光の剣って何。


 仮に鉄を使って普通の剣を作っても、あたしに使いこなせる気がしないし。こんな細腕で剣なんて振り回した日には、下手したら腕が折れるかも。


「……ねぇキミ、こんなところで本なんか開いて、何してるの?」


「は?」


 決して多くはない脳みそをフル回転させているところに声をかけられ、あたしは少し怒りを覚えながら顔を上げる。


 そこには見るからに冒険者っぽい二人組の姿。動物の皮で作ったっぽい簡素な鎧に、腰の剣も貧相。ちゃんと手入れしてんのかしら。


「何の本読んでんの……って、白紙じゃん」


 見られていると気づいて、反射的にレシピ本を閉じたけど、どうやら伝説のレシピ本はあたし以外の人間には内容が読めないようで。いいわねー。この特別感。


「って兄貴、あの格好、錬金術師ですぜ」


「錬金術師だぁ? あのマイナーな職業か?」


 ……うん?


「ですです。あの工房に閉じこもって、日がな一日鍋かき回してる奴らっす」


 ……急に蔑んだ目に変わったんだけど。もしかして、この人たち錬金術師を馬鹿にした? 聞き捨てならないんだけど。


「まぁいいや。なんかブツブツ言ってたけど、森に行くなら俺たちが護衛を引き受けようか?」


「そうそう。可愛いお嬢さんのために、俺らが一肌脱いじゃうよ」


 錬金術の何たるかも知らないお猿さんがなんか言ってる気もするけど、無視よ。無視。どの口が言ってるのよ。先の言葉、忘れたわけじゃないんだから。


 あたしは彼らの言葉は全部聞き流して、「間に合ってますので、大丈夫です」とだけ伝えてその場を立ち去った。


 どーでもいいんだけど、あたしの容姿ってこの世界では美人の部類に入るのかしら。この街に来てから結構な回数、声掛けられてるんだけどさ。


 ○ ○ ○


「……決めた。やっぱ錬金術師の武器といえば、爆弾でしょー」


 冒険者たちを軽くあしらった後も、あたしはレシピ本とにらめっこを続け、武器として爆弾をチョイスした。この本を使えば大抵の武器は作れるけど、あたしは錬金術師なので。


 というわけで爆弾のレシピを調べる。どうやら、火薬とテンカ石っていうのが必要みたい。火薬ぅ?


 バッグの中を漁ってみると、どちらもすぐ見つかった。たぶん、これまで拾った石の中に紛れ込んでたんだろう。自動分解・分別機能便利。


「これが火薬っぽいけど、この匂い……硫黄っぽくない?」


 なにかの本で読んだけど、有名な黒色火薬は木炭と硫黄、硝石を混ぜたものだったはず。だから、硫黄が火薬ってこと?


 よくわかんないけど、レシピ本に書いてるんだからそうなんだろう。あたしは考えるのもそこそこに、硫黄とテンカ石を錬金釜に放り込む。すると、すぐに5個の爆弾が吐き出された。この数では心許ないので、もうワンセット作っておく。


「これだけあれば良いんじゃないかしら。そんじゃ、妖精石を取りに出発!」


 装備を確認して、あたしは意気揚々と森へ向けて出発した。今更だけど、この爆弾売って3000フォル稼いだ方が安全に妖精石が手に入ったかもしれない。


 まぁ、森でしか採れない素材とかもあるし、爆弾の性能確認も兼ねて、開き直っていきましょー。

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