第二話『冒険者ギルド』



 街道を進んで辿り着いた街は、メノウという名前だった。


 宿屋で一泊した翌日、あたしは街を歩いて情報収集をすることにした。いくらチートアイテムがあると言っても、旅をするのだし、この世界の情報は必須だろう。


 数時間歩き回って見聞きした結果、その街並みや住民たちの服装から、ここは中世ヨーロッパ風の世界だということを理解した。つまるところ、異世界転生でお馴染みの、剣と魔法のファンタジーの世界だ。


 だからこそ、錬金術師なんて職業がまかり通るんだけど……なんて考えつつ大通りを歩いていると、人がたくさん集まっている場所があった。


「……依頼掲示板?」


「ちょっと通してくださいね」と、人波をかき分けてその中心にたどり着くと、そこには大きな木製の掲示板があった。どうやら、冒険者ギルドが色々な依頼を出しているっぽい。


 本来、この手の依頼を受けるには冒険者ギルドに登録しないといけないらしいけど、掲示板からの依頼は特別で、未登録でも達成報酬がもらえるらしい。つまり、それだけ達成が難しいか、しょーもない依頼が多いってこと。


 それでも、あたしは旅する錬金術師(予定)。同じ場所で働くつもりなんてない、つまるところのフリーランス志望だ。組織に縛られずに金銭を得るために、この手の依頼はうってつけだ。


「えーっと、どれどれ……」


 あたしはちょっと背伸びをして、掲示板に張り出された依頼の数々に目を通す。


 魔物討伐、人探し、仕事の手伝い……様々な依頼が並ぶ中、とある納品の依頼があたしの目に留まった。


『希望品:ポーション10本 報酬:1000フォル 納品は冒険者ギルドまで』


 ……ポーションならいくらでも作れるし、これにしよう。


 そう決めて依頼書を引っぺがす。同時に、隣から笑い声がした。


「おいおい、お嬢ちゃん。その依頼はやめとけ」


 声の主を探すと、40歳をゆうに超えていそうな、恰幅の良いおじさんだった。服装からして商人っぽい。


「この街のポーションの値段を見てみたか? 納品したところで、赤字だぞ」


 まるで無知なあたしを諭すように言う。この街の雑貨屋で売っているポーションの価格は150フォル。つまり、普通の方法でポーション10本を用意すれば、500フォルの赤字。そんなこと、あんたなんかに言われなくてもわかってるわよ。


「わかってます。まぁ、私にはツテがありますので」


「なんだぁ? 商人ギルドに所属してない、裏の商人でも仲間にいるのか?」という言葉と、耳障りな笑い声が聞こえたので、あたしはそれを無視して掲示板を離れた。


 ……確かに、普通の方法で入手すれば赤字よね。そう、普通の方法なら。


 今のあたしには錬金術と、三つのチートアイテムがある。まぁ、見てなさい。


 ○ ○ ○


 あたしは素材集めをしながら、街の外へとやってきた。


 ポーションの必要素材は水と草。基本、そこら辺に生えている草や川の水で問題ない。


 街道を適当に歩きながら、目に付いた素材っぽいものを片っ端から容量無限バッグに放り込んでいく。


 木とか、石とか、土。落ちてた鳥の羽から虫の死骸まで。しかもこのバッグ、複数の要素を含んだ素材を入れた場合、自動的に分解されて保存される機能まであるらしい。


 例えば、花を植木鉢ごとバッグに放り込んだ場合、植木鉢は石の素材へ、土は土の素材へ、花は植物の素材へと自動で分別されるわけ。うん。さすがチートアイテム。便利すぎ。


「じゃ、そろそろいくわよー」


 ある程度の素材が集まったところで、あたしは街道脇に腰を下ろし、バッグから究極の錬金釜を取り出す。ポーションのレシピはすでに知っているから、採取したばかりの草と水をバッグから引っ張り出して、錬金釜に投げ込む。


 ちなみに、採集した水はバッグから取り出す時には何故かフラスコに入っていて、扱いやすくなっていた。チートアイテムだし、理由は気にしないようにしよ。


「……よし、これでおしまい!」


 タダで手に入れた素材を使って、ものの数分で10本のポーションが完成した。あたしはそれを容量無限バッグにしまって、街へと舞い戻った。


 ○ ○ ○


「お嬢ちゃん、もう戻ってきたのか?」


「げ」


 冒険者ギルドの扉を開けると、さっき掲示板のところにいた商人のおじさんと鉢合わせになった。


「ま、まぁ、依頼、終わりましたし」


 危うく素のキャラが出そうになったのを必死に取り繕って、その脇を抜けてギルドカウンターへ向かう。さっさとポーション納品して、宿屋に戻りましょ。


「……お嬢ちゃん、ちょっと待ちな」


 そのすれ違いざま、がっしと腕を掴まれた。は? なに? 触んないでよ。


 なんて胸の内では思ったけど、それをひた隠して「なにか?」と朗らかな笑顔を向ける。


「この国で販売されるポーションには、全て製作工房のマークが入ってんだ。それがないと不正品の可能性があるわけだが……ちょっと見せてみな」


「い、いいでしょう」


 平静を装いつつも、あたしは内心ドッキドキだった。そんな決まりがあんの? 初耳なんだけど。


「どれどれ……」


 おじさんはあたしの持っていたポーションの一つを取り上げ、くまなくチェックする。そして言った。


「……なんだ。しっかりあるじゃねぇか。にしても、初めて見るマークだな」


 おじさんが持つポーションの瓶には、フラスコと錬金釜のマークが入っていた。あれ? あんなの入ってたっけ?


「と、当然です。メイ工房のマークですよ。きちんと公認を貰っています」


 これは口から出まかせだったけど、それでお咎めなしとなった。理由はわかんないけど、さすが究極の錬金釜で作っただけある。いかにもあたしっぽいマークだし、気に入ったわ。


「ありえねぇ……錬金術師だと? 魔法使いじゃあるまいし、あのマイナーな職業の奴が、こんな高品質な品を……」


 おじさんはあたしにポーションを返した後も、なんかブツブツ言ってた。聞いた感じ、この世界は魔法使いの地位が高いのかしら。そんで、錬金術師の地位は低いと。おじさんの口調から、それがひしひしと伝わってくる。


「……これはこれは、先日の錬金術師さん」


 その時、また唐突に声をかけられた。顔を向けると、そこには仰々しい鎧に身を包んだ兵士が立っていた。


「ああ、これはリチャードさん。何の御用ですか」


 一瞬誰かと思ったけど、声に聞き覚えがあった。昨日ポーションを売ってあげた兵士さんだった。確かこの街で騎士団長をしてるんだっけ。


「その節はお世話になったね。今日はこっちの商人に用があるんだ」


 言うと、彼は商人のおじさんの肩を掴んだ。同時におじさんが「ひっ」と小さな悲鳴をあげる。


「商人オラン、お前に詐欺罪と恐喝罪で逮捕状が出ている。極めて質の悪い違法ポーションを法外な値段で売りつけたとな」


「いやー、旦那。それは人違いで……勘弁してくださいよ。あいてててて」


 捕らえられたおじさんは急にしおらしくなって、そのまま連行されていった。


 ……ほほう。散々絡んできた商人が、実は悪徳商人だったわけね。いい気味。


 胸がすっとしたあたしは軽い足取りでギルドカウンターへ向かう。


 受付の女性に依頼書を見せ、品物を納品して依頼達成。これで1000フォルゲット。錬金術をもってすれば楽なことこの上ないし、利益率すごいわ。


 ……ちなみに、この冒険者ギルドと掲示板はどんな小さな町にもあるらしいので、行く先々で利用させてもらうことにしましょ。


 懐があったかくなったあたしは、ほくほく顔で宿屋へと戻った。今日の夕飯、何かしらねぇ。


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