第二話『ようこそ異世界へ』
暗く苦しいその中で、朦朧とした意識のみが呼び起こされる。
場所は分からない。だが、時折流れる流星の様な煌めきによって、自身が流動する何かの中に居ることと、目の前に俺の額に手を添える誰かが居ることだけは分かった。
────誰だ?何だ?
霞んだ思考と意識の中に浮かんだ疑問。それに答える様に彼は口を動かす。
────誰かなんて知らなくても良い。
今はまだ知らなくても良い。
その口は動くとも声を奏でる事はなく、ただその言葉が頭の中に流れ込む。
────だが忘れるな、お前は選ばれた。
誰よりも長く立ち続け、その屈強たる精神を見せたが為、お前は選ばれた。
それ故、進む先は苦難と後悔に溢れるだろう。それはお前の業ではなく、他ならぬこの俺の業なれば、お前が歩む道理も無し。それ故、その道を歩まぬも歩み続けるもお前次第。
堂々とした態度とは裏腹に、自らの責任を俺に押し付ける事を告げた彼は、それでも尚その確固たる意思と姿勢を崩すこと無く淡々と話を続ける。
────しかし友を、想う者を、その手の届く者を守りたいと思うならば、それはお前が行わなくてはならない。この力は我の為在る物だが、その矛先は必ずしも我が意思の先ではなく、お前次第。
求める未来へ邁進する事で道は切り開かれ、それは無から有を生み出す。
零から一を、一を十へ。あらゆる可能性に変化を与え、進む先に希望を齎す。
それ故、この力の名は────、
ーーーーーーーーーーーーーー
「─────っ........? どこだ、ここ?」
泥の様に眠った後の様に、深い眠りから目を覚ます様に、重い瞼を開けて見れば辺りは暗く、しかし地面に描かれた何かによって、周囲だけは明るく照らされていた。
知っている場所ではなく、知っている景色ではなく、ここが何処なのか、何が起きているのか。何も訳の分からぬまま、うつ伏せの状態から起き上がり、取り敢えず地面に描かれたそれを見てみる。
うつ伏せの状態ではよく分からなかった地面に描かれたそれは、巨大な円に幾何学模様の入った円陣であり、使われた塗料による物か青白く発光していた。
その仰々しい様相に儀式的な不気味さを感じ、得も言えぬ不安が募るが、何よりもその不安感を齎しているのは、先程の自分同様その円陣の中で倒れているクラスメイト達だった。
「.....何だよ、これ───」
不安に動かされるまま後退った直後、背後の何かにぶつかった。
それに驚いて振り返って見れば、そこには巨大な────壁と呼べる程に巨大な、一枚の岩があった。
「.....石碑、か?」
かなりの大きさだが縦に長い事から石碑と断定したそれには、地面に描かれた円陣と同じ様に青白く光る文字が刻まれており、日本語でも英語でも無く見覚えの無いタイプの言語だった。
知らない言語に知らない場所。
戸惑いと混乱と、加えて不安に押し潰されそうになりながらも、大きく息をして気持ちを落ち着かせる。
取り敢えず、状況を整理しよう。
今日は確か学校に登校して、池田達に絡まれてる所を蛇ヶ崎に助けられて、その後蛇ヶ崎と剛力が揉めて、ドアが開かないってなって.....それで.......、
「────」
おかしい。少なくとも、俺の最後の記憶は教室で倒れた所までだ。
だけど目を覚ましたのはこのよく知らない場所で、記憶の前後に齟齬がある。
「もしかして、誘拐...され、た....?」
脳裏によぎったその単語を口に出し、思考を続ける。
誘拐だとすれば倒れる直前に眠気があった事も、目覚めてから知らない場所に居た事も何となく説明は着く。とは言えだ、
「誘拐だったとして、ここ何処なんだ?」
地面は触ってみた感じ、岩とか石に近くてそれなりに荒い感じだ。この場所は風通しが良い様にも感じないから、多分洞窟みたいな閉鎖空間だと思うんだけど、そんな場所学校の近く......いや、そもそもこの地域にそんな場所───、
「何だよここ.....どこだよここ!!」
この場所について思案を巡らせていると、突然驚愕とした声が響いた。
その大きな声に驚きつつも、声のした方へ視線を向ける。視線の先では、クラスメイトの一人が先程の俺の様に、目の前の光景に唖然として立ち尽くしていた。
すると、その大きな声が発端となったのか、波紋が広がる様に次々とクラスメイト達が目を覚まして行き、その度にこの光景を目の当たりにして困惑していた。
「なァ、ここど───ンだこの壁......石碑か?」
「蛇ヶ崎!」
頭痛でもするのか、頭を摩りながら声を掛けてきた蛇ヶ崎に駆け寄る。
「よォ。───なァここ何処か分かるか?」
「いや、俺も何処か分かんなくて.....洞窟っぽいってぐらいなら分かるけど」
「洞窟ねェ.....」
俺の言葉を受けて蛇ヶ崎が辺りを見回す。
俺達のいる場所以外に光源が無いのか、相変わらず辺りは暗いままだが、先程とは変わって、クラスメイト達のざわざわとした話し声が聞こえていた。
「皆集まってくれ!!」
と、皆の困惑する声が聞こえる中、それらを一喝する様に優人の声が響いた。
その声を聞き、円陣の中心に皆んなが集まると、全員居る事を確認してから優人が話し始める。
「皆、こんな状況で混乱してると思うんだけど、取り敢えず落ち着く為に状況を整理したい。それでまず、皆んな目を覚ます前の記憶は、教室で倒れた所までで良いかな?何か別の事を覚えてる人は居ない?」
優人の質問に皆んなは顔を見合わせるだけで、何かを発言する者は居ない。
そう言う俺も、特に何かを覚えてる訳でもないので何も言わずに話を聞いていた。
「それじゃあ.....まずはこの場所について、何でも良いから分かる事、気になる事がある人は居ないかな?」
「あァそれなら、柊が洞窟ッぽいつッてたぞ」
「ぇ────」
続く質問に蛇ヶ崎が答え、その答えの理由を聞く為か優人の視線が俺に向けられる。だが、
「────」
「.....?」
それに続いて来ると思っていた質問は来ず、優人はただ口を半開きにして、俺の顔を見たまま硬直していた。心做しか、顔色が悪そうに見える。
「大丈夫か優人?」
そんな優人の様子を察したのか、傍に居た剛力が優人の肩に手を置くと、一瞬その身体が大きく跳ねた。
「────ごめん。僕も少し混乱してるみたいで、ぼーっとしてた」
「そうか。なら休んでるといい。後は俺がやっておこう」
「うん。そうするよ」
こんな状況でも皆を取りまとめ、大丈夫そうに見えていた優人だったが、やはりと言うべきか混乱はあったらしく、剛力が優人と代わって話を続ける。
「それで柊、何で洞窟だと思ったんだ?」
「何となくなんだけど、地面がそれっぽかったり、風通しがある訳でも無いから洞窟というか、そういう閉鎖空間かなって」
「....まぁ確かに、六月にしては肌寒────」
「本当に申し訳ない!!」
剛力から洞窟と考えた理由を聞かれ、その理由に対し剛力が何かを言い始めた時だった。
突如、剛力の後方......つまりは俺の前方。
その先から、何かが開いた様な大きな音共に、優男風の声が響いた。と同時に、俺達の頭上に在る何か────天井から生えた、巨大な紫色の水晶が、柔らかな紫色の光で洞窟と思しきその空間を明るく染める。それによって、俺達の居た場所が見立て通りの洞窟の様な場所だと判明した。
だがその大きさは予想を遥かに超えており、横幅だけでも軽く百メートルはありそうで、皆んな驚いた表情や反応を取っていた。
────と、そんな俺達の驚きを余所に、扉の向こうから誰かがこちらに向かって来る。
「悪かったね。目が覚めたら知らない場所に居て混乱したろうし、不安だっただろうに.....待たせてしまい、本当にすまなかった!」
長い白髪と白い肌に、白色の長杖と白いローブ。
それなりに距離があっても分かる程に、白で統一された佇まいをしたその男は、俺達を心配する様に声を掛けながらこちらに歩みを進めてくる。
だが当然と言うべきか、突如として現れた謎の男に俺達は身構え、体調の悪い筈だった優人も剛力に心配されながらも「もう大丈夫」と、剛力や神崎さんと共に俺達の前へと移動し、警戒していた。
そうして俺達の目の前で立ち止まった男は、こちらの様子を一瞥するとその頭を下げ、お辞儀と共にその口を開いた。
「いやはや本当に申し訳ない。本来であれば、君達の目が覚めた時点でこうして話し始める予定だったんだが、予想以上に忙しくてね。大幅に遅れてしまったよ。さて、何はともあれ、転移者の皆さ───」
「あの!」
と、そこで優人が男の話しを自分の声で持って止めた。
「急にそんな風に謝られても何が何だか......というか、あなたは一体誰なんですか?この場所だって、何処なのか.....」
目を覚ませば知らない場所に知らない人。
不安と混乱を齎す要素しかない状況だと言うのに、突然謝罪などされても、当然わけが分からない。
そんな皆んなの気持ちを代弁した優人に対し、謎の男はまたもや謝罪をすると、今度は自身が誰なのかを語り始めた。
「ふむ、確かにそれもそうか。すまなかったね。そちらの心情や状況も顧みず、こちらの話ばかり.......お礼と言っては何だが、一先ずは私の自己紹介を。───私の名前はファリオ・リーガス。ここ、アルドレアン王国にて宮廷筆頭魔術師兼、国王補佐を任されている者だ。以後、お見知り置きを」
丁寧な言葉遣いと共に再びお辞儀をした謎の男───ファリオさんが言うには、ここはアルドレアンと言う国の中であり、王国らしい。
王国と言えば、現在の世界において数える程しかなく、アルドレアンなどと言う国は聞いた事も無い。その上、ファリオさんは自身の事を魔術師と語った。
日常の会話では出る機会の少ない単語だが意味は分かる。現実には存在しない、魔法を扱える者と言う意味だ。
つまりはそう、この人の言っている事は嘘となる。
当然皆んな信じている様子は無く、むしろ不信感しか感じていない様子だった。
ファリオさんには悪いけど、微妙な雰囲気だ。
そんな空気感を察したからなのか、ファリオさんが何かを思い出した様に声を漏らすと、ため息の後にとんでもない事を語り出した。
「....いや、今日は本当に忙しくてね。他国の客人も多く、色々と立て込んでいたから最初に伝えるべき事を失念していたよ。まぁ、単刀直入に言わせてもらうと、ここ......この世界は、君達で言う所の異世界だ」
「....はぁ?」
魔法と並ぶ程に有り得ない、現実と異なる世界、異世界。
何かで異世界は存在すると目にした事があるから、絶対に無いとは言いきれないのだろうが、ともかく現実的じゃないその異世界に、現在自分達が居る。当然、そんな事を言われても不信感は拭える訳もなく、それどころか強まるばかりだった。
───のだが、
「マジかよ!」
周囲の反応とは裏腹に、茜色の髪をした男子が一人、うきうきとした声を上げた。
「じゃあ、剣とか魔法とかあんのかよ?!誰でも使えんのか!?」
「ああ、勿論あるとも。魔法に関しては才能が物を言う節があるから、満足に扱えるかはその人次第だけどね」
「あの....」
やたらハイテンションで質問していた男子生徒に引き続き、今度は再び優人が声を掛けた。
「異世界とか魔法とか、正直信じられないんですけど......これってドッキリとか何ですかね?もしくは誘拐、とか」
「悪いが、ドッキリ等では無いんだ。誘拐に関しても君達の想像している物とは違う。形的に似たような物だが......こちらにも事情があってね。出来れば、この部屋から出て少し先にある別室でその事について話したいんだが────.....そう言う訳にも行かないか」
妄言に近しい事を語っていながらも、あまりにも堂々と語る物だから忘れていた、この状況を表すのに的確なその二つの単語。
しかし当然と言うべきなのか、ファリオさんは両方共に否定した。その上『自分に着いてきて欲しい』と、その様な内容の事を話したが、こちらも当然着いていく訳もなく、その様子をファリオさんも察していた。
先程から一行に進展しない状況。
膠着した展開に、俺達もファリオさんも悩んでいた時だった。
「なァ」
いつの間にか、蛇ヶ崎が優人達と同じ様に皆んなの前へと出ており、その鋭い声でファリオさんに話し掛けていた。
「どうし───君、随分と怖い目をしてるけど、何か怒らせてしまったかな?」
「気にすんな、生まれつきだ。つーかそれより....」
容姿に対しての言葉を軽く受け流し、蛇ヶ崎が話しを続ける。
「.....もし、本当にアンタの言ッてる事────アルドレアンッて国の事も、魔法も、異世界ッて事も本当だとして、出来りャこッちとしてはその証明をして欲しいんだが」
「ふむ。証明、か....」
蛇ヶ崎の提案を受け、思案する様に顎に手を当てるファリオさん。その反応を見ながら蛇ヶ崎が話しを続ける。
「ああ。証明して貰えりャこっちとしてはアンタの事も......まァ、今よりは信頼出来るだろうし、アンタもオレ達に言うこと聞いてもらえるだろうしで、お互いに良いだろ?」
「────まぁ、確かにそうだが......証明の方法はどうするんだい?こっちがその方法も用意しては、君達が私の事を信頼出来ないだろう?」
「......アンタさっき、自分の事魔術師つってたよな?だったら今この場で魔法を使って見せてくれよ」
俺達がファリオさんに対して不信感を持つ理由。それは、ファリオさんの話した事が信じられないからである。
異世界や魔法等と言う現実味の無い物を、いきなり「存在する」何て言われても信じられないのが人間だ。
だがそれが、現実にあると分かれば信じる事も出来ると言う物。
その提案を受けたファリオさんは────、
「その程度で良いのならお安い御用さ」
あっさりと承諾した。
正直、色々と詭弁を並べて拒否すると思っていた。
だってそうだろ?魔法なんて物、存在しないのだから証明のしようが無い。
────いや、待てよ。まさか本当にあるなんてこと......、
「.....無いよな?」
と、その時。多少の期待から出たのだろうそんな言葉なんぞ露知らず、ファリオさんが声高らかに宣言する。
「君達からすれば、初めての異世界体験と言った所だからね。それなりに、壮大にやらせてもらうよ!!」
優男風の声が洞窟内に響き渡り、ファリオさんが腕を大きく広げると、その背後に、バスケットボール程の炎と水の玉が無数に出現した。
続けてすかさず、それら炎と水の玉が俺達の頭上へと集まり、卵型の大きな炎球と水球を作り出し、その中から何かが飛び出した。
羽を持つ、小さな蜥蜴.......そう、竜の子供だ。
炎と水によって作られた二匹の子竜はじゃれる様に何度も俺達の周りを飛び回ると、未だ残る炎球と水球の中へとそれぞれ突入。その勢いのまま全ての炎と水を纏って巨大な竜となり、幾度もぶつかり合った。
迫力は然ることながら、音やその振動、熱さえもが伝わってくる。
それらはホログラムやただの映像では無く、現実では再現不可能な事象。つまり有り得ない事なのだが、それらを可能にする物が、この場に一つだけあるとするならば、それは────、
「────魔法だ.....」
ワクワク感に似た心臓の鼓動を抱えて、唖然とする。
周囲の皆んなは、その光景に感嘆の声を漏らしていたり、俺と同様唖然としていたり、興奮していたりと、反応は様々だが、誰もが目の前の光景に驚かされていた。
「さて、そろそろ終わりと行こう!」
ファリオさんが叫んだと同時に、幾度もぶつかり合っていた竜達が後ろに下がると、直後その巨大な翼をはためかせ加速。すれ違う様に互いの翼をぶつけ合う。
そして振り返り、ファリオさんと俺達の間で対決する様に睨み合って、大きく息を吸った、次の瞬間────、
────爆ぜる様にして、炎と水のブレスがぶつかり合った。
「ッ!」
方や焼き付く様に。方や呑み砕く様に。
爆音と共に放たれた、互いが互いを打ち消さんばかりのその凄まじい咆哮は、気付けば自分自身を構成する物すら犠牲にして、蒸発と言う形で終わっていた。
「────」
長かったようであっという間の出来事に俺達が呆気に取られている様子を見て、ファリオさんが言葉を綴る。
「驚いて貰えたようで何より。これで証明は出来たかな?......さて。それでは改めて、転移者の皆様────」
正直、異世界も魔法も、数分前までは無い物だと思っていた。それこそ、こんな状況でドッキリや誘拐を疑うくらいには。
だがこの時、俺達の誰もが理解していたと思う。異世界も、魔法も、現実には無い筈な物だけど────、
「────ようこそ異世界へ」
────本当に、異世界へ来ていたのだと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます