第一話『召喚』


 ───木曜日は嫌いだ。

 月曜日は憂鬱ではあるけど、一週間の始まりだから頑張れる。金曜日は一週間の最後だから、疲れてても頑張れる。水曜日や火曜日は確かに怠いけど、あんまり疲れが無いから頑張れる。

 だけど、木曜日は疲れが溜まってる上にこの日が一番恐喝を受けやすい。だから嫌いだ。


 そんなことを考えながら、青年は妄想の世界に浸っていた。所謂、現実逃避だ。


「おい!聞いてんのか?」


「ッ....」


 濃紺色の髪に青色の瞳。平均的に整った顔が特徴的な一人の青年。柊奏人は、同級生に胸ぐらを掴まれた事によって意識が現実へと戻った。


 奏人が後退る様に後ろに手を伸ばしてみると、ザラザラとした硬さと冷めきった冷たさを感じ、背後が校舎の壁だと手の平の感触が伝える。

 それと同時に、今朝登校したばかりの時に、池田達にここへ連れてこられた事を思い出した。


 目の前を奏人が見れば、軽薄そうな見た目に、如何にも不良ですと言わんばかりの表情をした池田典彦。その後ろには取り巻きが二人おり、腕を組んでニヤニヤとその様子を見ている。


「なあ柊、一万で良いから貸してくれって。な?」


「....嫌だ」


 胸倉を捕まれたまま、威圧的に脅されている奏人だが、三人に特別噛みつかれる様な事は何一つしていない。しかし、奏人は度々この様に呼び出されては、『金を貸してくれ』もとい『金を渡せ』と脅されている。

 何故そのような事をされるのか、奏人はその理由をなんとなくではあるが分かっていた。


 池田達が、一つ上の学年である、三年の不良達にパシリのように扱われていると言うのは、校内ではそれなりに聞く話だ。


 何かあっては必要のある物から無い物まで買ってこいと言われ、挙げ句の果てには『俺達の小遣いを持ってこい』と言われる所存。

 結果的に自分達の所持金が底を尽いては、過去の事情もあって脅しやすい奏人を脅して金を取ろうとしている。


 だがしかし、奏人は一度も池田達に金を渡した事は無い。

 一度渡してしまえば、更に上の額を要求されると考えているからだ。故に、奏人は金を渡した事は無いし、今後も渡す気はない。


 だが、この学校に入学してからはや二年。何度目かと言う奏人のその姿勢に、池田も嫌気が差していた。


「なぁ良いか?俺達は三人でお前は一人だ。お前が抵抗するなら俺達はお前をシメなきゃいけねぇけどよ、そんなことしたくねぇんだよ。だから.....な?たった一万渡すだけで良いんだ。そうすりゃ俺達はお前を殴らなくて済む。お前は殴られずに済む。良い条件だろ?だからさぁ、頼むよ柊」


「嫌だって言ってるだろ....!」


 池田が顔を近付け、威圧しながら脅してくるが、奏人はその姿勢を崩すこと無く、言葉を強くして要求を拒否した。

 しかし、その行動は池田の琴線に触れた様で、舌打ちと共に池田の口調が荒くなる。


「めんどくせぇなぁ....!お前に拒否権ねぇんだよ!早くだせっつってんだろ!!」


「嫌.....だ!」


 池田の胸倉を掴む力と奏人を壁に押し付ける力が増し、奏人の首が絞められる。

 それでも奏人は池田の要求を拒否し、自身の決意を見せるが、その反抗的な態度が気に食わなかった池田の怒りがピークに達する。


「そうかよ!こっちが平和的にやってんのにそんなに嫌かよ?!なら、殴られても文句ねぇよなぁ!!?」


「ッ──」


 池田が右腕を振りかぶって、その拳を奏人の顔面に勢いよく放つ。

 奏人は反射的に目を瞑り、両腕で池田の拳から顔面を守ろうとし─────しかし、池田の拳は奏人に当たる事は無かった。


 拳が当たる直前に、池田の右側頭部へ空き缶が飛来し、軽い音を立てて直撃した事で、池田はその動きを止めたのだ。


「───?」


 その音を聞き、何より、拳が自身に当たらなかった事に安堵した奏人が、ゆっくりと目を開ける。その瞬間。空き缶の飛来した方向から、鋭い威圧感を持つ様な男の声がした。


「おーし、当たッた」


「痛っ....てぇなぁ!!誰だテメ───?!」


 池田の怒りと視線が、空き缶を投げたと思われる男の方に向き、奏人と取り巻き二人もその男に視線を向けた。

 するとそこには、ノコギリの様にギザギザな歯と爆発した様にボサボサな黒髪。緑色の三白眼が特徴的な、一人の男子生徒が佇んでいた。


「オレだよ。オレ」


「え?.....な、何でここに?!」


 池田が震えた声を出したのを聞き、奏人が池田に視線を移すと、池田の顔は青ざめており、冷や汗が溢れ出していた。それを見て、奏人は自分を助けてくれた彼が誰なのかを思い出した。


 彼の名は蛇ヶ崎咬牙。

『三年の不良を一人で全員倒した』だの『プロボクサーに無傷で余裕で勝った』だとか言う、胡散臭い噂─────というよりも、明らかに嘘と分かる話をよく耳にするのが、奏人の同級生である蛇ヶ崎咬牙だ。


 しかし、その噂の所感に反して、三年を含めた不良達は咬牙の言うことを実際に聞いており、実質的な不良カーストのトップに立つ存在でもある。


 奏人はその事を知らないが、池田はそれを知っており、その様な存在に怒りを少しでも向けた事を理解して、焦りまくっていた。


 そんな反応を呆れ気味に見ながら、咬牙が池田達との距離を詰める。


「つーか、オイ」


「あ、はい!な、何ですかね?」


「手だよ。離してやれ」


「え?あっ、はい....」


 奏人の胸倉を掴む手を指摘された事で、池田は慌てて奏人から手を離す。

 圧迫されていた喉が解放された奏人は咳込み、池田は一呼吸おいて、落ち着いてから蛇ヶ崎に質問した。


「あ、あの、どうしてこんな場所に?」


「あ?朝から気分悪ィ事してんなッて思ッたから止めに来ただけだわ」


 蛇ヶ崎が人差し指で上を指し、自身が先程まで屋上に居た事を示した。


「と言うか、お前らもう教室戻れよ」


「え?いやあの────」


「あ?ンだよ。まだ何かあんのか?」


「い、いや、何でも無いです....」


「ンじャ、早く戻れ」


「.....分かりました」


 咬牙に戻れと言われ戸惑った池田だったが、睨まれた威圧感に怖じ気づき、金が必要だと言う事情を説明出来る訳もなく、そそくさと咬牙の横を通って校舎に帰っていった。

 そんな池田達を見て奏人は安心し、咬牙は鼻で笑うと、奏人に声を掛けた。


「オイ、大丈夫か?」


「あぁえっと、まだちょっと喉が痛いけど....大丈夫。ありがとう、蛇ヶ崎」


「別に、気に食わねェから来ただけだ。気にすんなよ」


 奏人からの感謝に恩着せがましくする訳でもなく、それどころか気にするなとまで言う蛇ヶ崎に奏人が目を丸くする。


「.....ンだよ」


「いや、なんか聞いてた話と随分違うなぁって」


「あァ?」


「噂とかで聞いてた話だと、『蛇ヶ崎に借りを作ると死ぬまでコキ使われる』とか、『血も涙もない極悪人』とか、そういうのばっかだったからさ。.......なんか、意外って言うか、思ったよりも良い奴だなって」


「それ、噂どころか誹謗中傷レベルだろ.....」


 噂とは言え、予想以上の物が飛び出して来た事に蛇ヶ崎は呆れながらも、「まァ良いけどよ」と流し、話を続ける。


「というか、意外と言やァお前もだけどな」


「え、俺?どの辺が?」


「あーそうだな。普段大人しそうだけど、さッきみたいな時は根性あッたり.....まァ一番は、俺に礼なんか言うところだな」


「? いや、普通の事じゃん」


「いやいや、助けてやッても、この目付きのせいでビビッち待ッて、お礼無しとかザラだぜ?ましてや学校なんて、有る事無ェ事噂されてんだ。感謝も礼も無ェなんて当たり前なんだよ」


 奏人は蛇ヶ崎とあまり面識が無く、その性格等は噂で小耳に挟む程度だった。だからこそ、先程の言動や行動により、奏人の蛇ヶ崎に対するイメージはあくまでも良い物なのだが、他の者ではそうも行かない。奏人の反応や行動は蛇ヶ崎にとって珍しい物だったのだ。


「......なんか、色々と大変そうだな」


「別に良いんだよ。もう慣れてる。────それより、早く戻ッた方が良いんじャねェか?もうすぐホームルームだと思うぜ」


「え?!もうそんな時間!?」


「ああ。あと二、三分位だと思うぜ」


「ギリギリじゃん!!」


 奏人のクラスは三階にあるため、歩きでゆっくり行くのでは間に合わない。そのため、小走りになりながら急いで二人は教室に向かったのであった。





ーーーーーーーーー





「ハァ、ハァ....クソッ」


「はぁ、はぁ....勝っ、たッ....はぁ」


 急いで階段を駈け上がったせいか、二人の息は荒く息切れしていた。特に奏人は、最近大した運動をしていないのもあって少々息切れが酷い。とはいえ、ただ小走りで階段を上がるのではこんな事にはならないだろう。


 実は、時間が無いからと言う理由で小走りで階段を登っていた奏人と咬牙だったのだが、途中から何故か競争の様になり、次第に小走りと言うにはあまりにも速すぎる速度で走っていたのだ。

 今は教室が目の前と言うこともあって、息を整えるため歩っているが、走っている時に教師に見付かっていれば、呼び出される事は間違いなかっただろう。


 そうして、息を整えた咬牙が教室の扉を開けて中に入り、それに続いて奏人も教室に入って行った。


 奏人が教室内を見渡せば、咬牙と奏人以外のクラスメイトは居るようで、毎朝の様に仲の良い者同士でグループを作りワイワイと過ごしていた。

 だが、学内でも屈指の不良として有名な蛇ヶ崎が教室内に入ってきた事で、一瞬だけ教室内全員の視線が集まる。


「蛇ヶ崎」


「あ?」


 と、そのタイミングで、グループの一つから低く響き渡る様な声で、蛇ヶ崎の事を呼び止める者が居た。


 蛇ヶ崎がその声を聞いて振り返ると、蛇ヶ崎の事を呼び止めたであろう青年が椅子から立ち上がり近付いて行く。

 その青年は周りと比べて随分と高身長。肩幅が広く、紺色の生地と赤色のネクタイが特徴である制服の上からでも分かる程に、力強さを感じさせる身体を持っていた。


「先程、池田達が随分と焦って教室内に入ってきてな。事情を聞いてみれば、何でもお前が、柊から金を巻き上げていると聞いた。それは本当か?」


「......何言ッてんだ?剛力」


 青年の名は剛力充。

 百九十センチ超と言う高身長と、焦げ茶色の短髪に同じく茶色の目が特徴的な奏人のクラスメイトだ。

 ただ尤も、剛力は奏人と友達と呼べる程に仲が良い訳では無い。では何故、彼は奏人の事について蛇ヶ崎を問い詰めようとしているのか。それは、彼の生来からの性格が起因している。


 剛力充は、小さな頃より人一倍正義感と責任感が強い。困っている人が居れば手を差し伸べ、誰かがイジメられて居れば、それを知り次第自ら介入する。

 先程も、池田達の話を聞いてから直ぐに蛇ヶ崎の元へ行こうとし、クラスメイトから止められていた程だ。


 とは言え、蛇ヶ崎からすれば根も葉も無い事を言われたのは変わらない。普段、自分の嫌な噂を受け流している蛇ヶ崎でも、流石に問い詰められて適当に受け流す訳には行かなかった。


「オレの印象が、まァあんま良くねェのは知ってるけどよ、やってねェ事を認める訳には行かねェぜ?」


「だろうな。やっていてもやっていなくても、認めれば問題のある事だ。認める訳には行かないだろう」


 剛力の言葉に蛇ヶ崎が顔を険しくし、溜め息を吐いて反論を続ける。


「というか、そこまで言うなら証拠でもあんのかよ?」


「強いて言うなら池田達の証言だが、まぁそれはどうとでも言える事だ。だから先に柊に確認するつもりだったのだが.....同じタイミングで教室に入って来たからな。怪しさあると思うが?」


「.....そんなにオレと柊が一緒に居んのが怪しいかよ?」


「珍しくはあるだろう?」


 剛力のその返しと、最初から話を聞く気がない様な態度に蛇ヶ崎が目をキツくし、剛力も睨みを効かせる。

 そんな二人の間に流れる一触即発と言った、ピリピリとした空気感にクラス内に緊張が走る。.....するとその時、二人の間に割って入る者が現れた。


「蛇ヶ崎、充。落ち着けよ」


「優人....」


「稲葉か....」


 凛々しい声で二人の仲裁に入ったのは稲葉優人。煌びやかな金色の髪と、大空の様に鮮やかな青色の目。透き通る様な白い肌が特徴的な、クラス内のリーダーの様な存在だ。

 彼の容姿のほぼ全ては海外の人である母親譲りであり、その周囲とは一線を画す容姿から高い女子人気を誇っている。

 そんな彼が剛力を諌める様に話しを続ける。


「充、喧嘩をする為に蛇ヶ崎を呼び止めた訳じゃないだろ?なら、最初から決め付けた様に話すのは良くないんじゃないか?」


「だが───」


「蛇ヶ崎からすれば、急に呼び止められて真偽を問わず犯人扱いだ。そんなので嫌な気持ちにならない筈無いだろ?」


「それはそうだが.....」


 優人の正論を受け、バツの悪そうな顔をする剛力。

 しかし、優人も別に剛力を責めたい訳では無い。あくまでも、剛力の不公平な行動を諌めたいだけなのだと、その意思を伝えるように話を続ける。


「何も別に剛力を責めてる訳じゃないんだ。剛力の責任感や正義感が強いのは知ってるし、みんな剛力のそう言う所を頼りにしてる。.....でも、今みたいに決めつけた様な話し方は良くない。それに、奏.....───柊から事情すら聞いてないだろ?蛇ヶ崎に話を聞くのは、柊から話を聞いてからでも良いんじゃないか?」


「......そうだな。確かに、今の話し方は......良くなかった。申し訳なかった、蛇ヶ崎」


「別に構わねェよ。本気で疑われる様なオレにも非はあんだろ。......まァ、不服そうな奴は居るけどな」


 優人からの忠告に反省したのか、先程の様子とは打って変わって蛇ヶ崎に謝罪し、頭を下げた剛力。そんな行動に、蛇ヶ崎は気にしていないと返し、クラス内に漂っていた緊張状態は無事解消された。


 しかし、この結果に納得が行かない者も居るようで、池田と取り巻きを含めた三人は、その様子を悔しそうに見ており、蛇ヶ崎が自身の発言と共に三人に視線をやると、その顔を逸らした。

 そんな三人を目撃した剛力は再度謝罪。蛇ヶ崎も再び気にするなと言い、そのやり取りを優人は苦笑しながら見ていた。


「まぁ、取り敢えず解決したみたいだし、二人共席に戻ろうか。もうホームルームの時間だろうし......あれ?もう十分も過ぎてる」


「おかしいな。いつもなら時間通りに来るんだが。......風邪か?」


 奏人達の担任は、時間に厳しい事で校内でも有名な教師だ。蛇ヶ崎と剛力のせいで、時計や担任の事など気にしていなかったクラスメイト達だったが、優人の発言により、そんな担任がこの場に居ない事に違和感を感じていた。

 そんな空気を感じ取ってか、一人、席から立ち上がる者が居た。


「なら、俺が職員室まで先生が居るか確認してこよう。皆はそれまでに席に着いていてくれ」


「わかった。よろしく頼む」


 椅子から立ち上がったのは、眼鏡を掛け、真面目そうな雰囲気を持つこのクラスの委員長だった。

 これと言った特徴も無いが、その代わり悪い部分も無い。トラブルが起きても冷静にその場を収める委員長はクラス全員からの信頼が厚く、その言葉を聞いて各々雑談を交えながら自分の席に戻って行った。──────のだが、


「? 開かない?......開かないぞ!」


 職員室に向かう為、閉まった扉に手を掛けた委員長が上げた声に皆から注目が集まる。


 ガタガタと扉を揺らし、一見すると必死に開けようとしている様に見えるが、扉が開く気配は無い。そんな様子を見て、剛力が椅子から立ち上がる。


「俺がやってみよう」


「あ、ああ。頼む」


 剛力が委員長に代わって扉を引くがビクともせず、次第にその力を上げてゆく。しかし結局、本気で引いたとしても僅かに動く事すらなかった。


「ッ.....駄目だ、ビクともしない。何なんだ、一体....?」


 ほんの少しも動かない扉に剛力が困惑する。

 趣味の範疇とは言え、日常的に身体を鍛え、恵まれた体格を持っている剛力。その事から自身の筋力にはそこそこの自負があるのだが、事実それは正しく、高校生にしては並外れている。

 そこまでの筋力があってもビクともしない扉。ただ単に鍵が掛かっていたり、何かに引っ掛かっているだけと考えるのには無理があった。


「そっちの扉が開かなくても、こっちの扉なら開くんじゃ.......」


 剛力の戸惑いが伝播する様にクラス内がザワつき始めると、剛力に次いで優人が椅子から立ち上がり、教室前方の扉に向かって手を掛け引いた。だがしかし、剛力達同様にビクともしない。


「嘘だろ?こっちも開かな────」


「なぁ、さっきから何してんだよ.....!」


 扉が開かない事に驚いた優人の声を遮って、男子生徒の一人が椅子から立ち上がり、苛立つ声を上げた。


「開かねぇ、開かねぇって.....んなわけねぇだろ.....!鍵が掛かってるとか、何かに引っ掛かってるとかじゃねぇのかよ!」


 当然の疑問を質問する彼の顔には、困惑の色が強く出ている。とは言え、それも仕方ないだろう。ドッキリにしては熱が入りすぎており、内容に面白味が無く、タチが悪いこの状況は、困惑を呼び起こすのには十分だった。彼の様にクラス内の大半が戸惑っている事からも、その事が分かる。


「......だったら少しは動いてもいい筈だ。押しても引いても扉の揺れる音はするが、ほんの少しも動きはしない」


「んなわけねぇだろ!!退けよ。俺が開けてや...る───」


「えっ....」


 皆からの注目を集めた彼が意気揚々と歩みを進めた時、それは起こった。

 身体にある強ばりが全て無くなった様に、まるで力なんてものが無いかの様に。彼は膝から崩れ落ちる様に横倒しに倒れ、ザワめきつつあったクラス内に一瞬にして静寂が訪れたのだ。


 僅か数秒が長い時間に感じられる程に、静まり返った教室内。直後、それを一瞬にして切り裂くように、


「キャアアアァァァァァ!!!」


 甲高い悲鳴が響いた。


「な、何だ?何が起こって.....」


「何?何なの!?」


「ちょっ、なんで皆倒れ....て────」


 それを皮切りに、教室内の者達に一気に混乱が広まり、気が動転した者が出始め、一種のパニック状態になる。それと同時に、彼と同じ様に意識が消え、倒れる者も出始め、それが更に混乱を助長させた。

 ──────しかし、困惑の起こる状況だったとしても、少しばかり過剰過ぎる彼等彼女等の反応。この場を俯瞰して観る事が出来るならば、或いはその異常性と、その要因に気付くことも出来るかもしれないが、この場においてその異常なまでの反応に疑問を抱く者は居なかった。


「な、何が...起きて.....」


 それはクラスのリーダーの様な存在である優人でも同じであった。

 相次ぐ急転に、混乱で思考がままなら無くなる中、次々に倒れる者が増えて行く。

 立花歩美、赤木練、久遠凛、神崎詩音、剛力充、蛇ヶ崎咬牙────。

 知っている者。知らずともある程度記憶に残っている者。そんな者達が倒れてしまった中、ある顔見知りを、稲葉優人は見付けた。


「奏人!」


「っ.....」


 それは、襲いかかってくる強烈な睡魔にも似た何かに抗いながらも、床に座り込んでしまっている奏人だった。

 普段だったら確実に呼ばない名前を呼び、優人は奏人に近付く。


「良かった!僕だけじゃ、何が、なん.....だか────」


「優...人....?」


 しかし、優人もクラスメイト同様、奏人の元に辿り着く前に意識が消え、倒れてしまった。

 それをぼんやりとした視界と意識で見ていた奏人も、優人の名前を口に出すが、優人が倒れたのを見てその意識はプツリと切れたのだった。

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