第三話『帰るんだ』
「つっかれたぁ.....」
風呂から上がった俺は、寝巻に着替え、自室のベッドで仰向けになると、窓の外に視線を向けた。
暗い夜空に、明るい月と煌めく星々がいやに目立つ。
元の世界の夜空も、よくよく見れば綺麗な物だが、この世界の夜空は、元の世界には無い幻想的な雰囲気を醸し出していた。
そんな雰囲気に飲まれるまま、ぼーっとする事数分。気付けば俺は、今日一日の出来事を振り返っていた。
ーーーーーーーーーー
ファリオさんの魔法によって、この世界が異世界であると理解した後、俺達はファリオさんの言っていた別室で、何度かの質疑応答を繰り返した。
この世界は何なのか。俺達は何で異世界に居るのか。そんな事を優人や剛力を筆頭に、クラスの皆んなが質問して行った。
その結果、分かった事が幾つかある。
まず、この世界は俺達の世界より科学的な技術が発展していないが、その分魔法等の非科学的な技術が発展している事。
目を覚ました際、近くにあった石碑────『予言壁』と言う物に記された魔法陣によって、俺達がこの世界に召喚された事。
俺達は『この世界の脅威』と言う物を倒す為に召喚された事。
これ以外にも答えてもらった事は幾つかあるが、そのどれもに驚く部分があり、その度に異世界に来たのだという感覚がより強くなって行った。
まぁとは言え、俺達も言われた事をそのまま鵜呑みにする訳じゃない。
特に、『この世界の脅威を倒す為に召喚された』と言う部分は無視出来なかった。
勇者が魔王を倒す為に旅立つ様に、ありきたりな理由と言えばそうだが、聞いた時は驚きよりも身の毛がよだったのだ。
この世界が異世界である事を証明する為にファリオさんが行使したあの魔法。二体の竜がぶつかり合うあの姿から、現代の兵器以上に強力である事を想像するのは、そう難しい事ではないだろう。
そんな力を当然の様に、余裕を持って振るえる人が居てもなお脅威となるような存在。
どれだけ恐ろしい相手か想像すらつかないが、少なくとも俺達を一瞬でどうにか出来る相手と言うのは想像出来る。
当然、俺達は反発した。自分達の世界は自分達で守ればいい。俺達は関係ないだろうと。
だが無情な事に、ファリオさん曰くそれは出来ないらしい。正確に言えば、現段階では不可能なんだそう。
それは何故か。これには、先程の話で出ていた『予言壁』が関係している。
予言壁は本来、その名の通り予言を記す壁であり、その国の行く末や未来の障害等が記されるらしい。だが時々、世界規模の問題についても記されるのだとか。
どうやら、今回の俺達の件もそうした世界規模の問題の一つの様で、元の世界に帰るためには、召喚した時の様に予言壁に記される、帰還用の魔法陣が必要らしい。そして、その魔法陣は世界の脅威を退けなければ予言壁に現れないのだそう。
だから現段階において、俺達は元の世界に帰る事が出来ず、帰るには世界の脅威に立ち向かう他ない。
ファリオさん達異世界の人にとっては、自分達の世界を救ってくれる者達が現れ、その問題を勝手に解決してくれる。
そう考えるとよく出来たシステムな訳だが、とは言え、こちらからすれば身勝手な行動に巻き込まれた事に変わり無く、寧ろ反発の姿勢は強くなっていた。
俺達の言葉や態度に何か言われると思ったが、流石に正論相手にどうこう理由を並べる訳にも行かなかったのか、ファリオさんは俺達の声を聞いてずっと押し黙っていた。
しかし、その代わりと言っては何だが、そんな俺達を収めた者が居た。
それは何を隠そう、優人だった。
『納得の行かない部分もあるし、強制的にではあるけど、ここまで来ちゃったんなら何を言っててもしょうがない。取り敢えず、ファリオさん達の言うことを聞いてみよう』────と。
その言葉を聞いた俺達は、優人に対する信頼感から、渋々と言った感じでファリオさんの言うことを聞く事になり、まずはその手始めとして、国王陛下への謁見を行う事になった。
謁見と言っても、普通の物ではない。
『鑑定の儀』という少し変わった物なのだが、その内容は、位の高い貴族や各国の主要人物達にステータスを開示させられると言う物だった。
────そう、ステータス。なんとこの世界、ステータスが存在する。
地位や立場を表すステータスではなく、ゲーム等で出てくる、キャラクターの能力を表すステータスだ。
現実にそんな物が存在するのかと驚いたものだが、異世界や魔法が存在すると知った後では大した衝撃にもならなかったので、意外と驚きはしなかった......のだが、ここで少しトラブルが起きた。
自身や相手のステータスは通常、生まれた時から誰でも持っている、"鑑定"と言うスキルを使えば確認する事が出来るとファリオさんから教えられたが、鑑定の儀ではそうも行かない。
客人含め、集まった全ての人が各々"鑑定"を行えば俺達のステータスを確認出来はする。が、それでは各国の王族や権力者達に失礼となり、国の品位が疑われる。
なので、鑑定の儀では魔法の力が込められた道具、魔道具を使い、ファリオさんが"鑑定"を行う事で、中空に浮かぶ巨大な石板に、俺達のステータスが映し出される形で行われた。
優人、剛力、神崎さん、久遠────と、クラスの中心人物や有名人等から順に前に出ては石板にステータスが映し出され、余程良い能力なのか、集まっている人々に驚かれて行く。
そんな中、俺のステータスが石板に映し出された時、場の雰囲気が明らかに変わったのだ。
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柊奏人 Lv 1
HP:231/231
MP:73/73
SP:132/132
体力:234/234
攻撃力:75
防御力:68
魔法防御力:26
俊敏:104
魔力:12
スキル
「疾走 Lv 2」「鑑定 Lv 1」
特別スキル
「ムgご/ぉyt"りゅvrs%」
============
『え?』
不意を突かれたかの様なファリオさんの声が鮮明に思い出される。
石板に映し出された俺のステータスにはこれと言った特徴はなく、強いて言うなら、誰よりも俊敏の値が高い所ぐらいだった。────一部を除いて。
特別スキルと言う項目、その中に表示された文字は明らかに文字化けしており、その異様さからすぐに目を引いた。
最初は魔道具の故障か何かだろうと思っていたのだが、周りが慌て始めた事でその異常さに気付き、すぐさまファリオさんがもう一度鑑定をし直すも、結果は同じ。どうやらこんな事は初めてらしく、ファリオさんも大変驚いていた。
しかし何か害がある訳ではないようで、特に弊害も無さそうだからと、文字化けしたスキルの調査はまた後日となり、その後はこれといった問題も無く無事に鑑定の儀は終わった。
さて、鑑定の儀を終えた俺達が次に行った事だが、それは異世界での生活拠点。つまり住居への移動だった。
住居と言っても一軒家に皆んなで住むとか、ましてや、一人一軒の家が付くと言う訳では無い。皆んなで寮に住むのだ。
寮は鑑定の儀を行った王宮から少し離れた所にあり、俺達は馬車を使って寮へと向かった。
複数ある馬車のうち、俺はファリオさんの同乗する馬車へと乗る事になり、その際、せっかくだからとファリオさんをガイドとして王都やこの世界について色々と教えてもらった。
この地区のこの店は肉料理が美味しいだとか、あの店は武器の品揃えが良いだとか、そういった事だ。
最初は後で行ってみたいなとか、やっぱり今後は武器を使って戦ったりするのかなと、単純に話を聞いていただけなのだが、一度だけファリオさんが出した単語が引っ掛かった。
それは、冒険者ギルドの前を通った際、ファリオさんが何気なく発した一言に含まれていた、『前の転移者』と言う単語だ。
一緒に馬車に乗っていた蛇ヶ崎が、最初にその単語に気付き、ファリオさんにその事を問い詰めると、俺達の前にもこの世界に人を召喚していたという事が分かった。それも七回も。
ファリオさんがさも当然の様に言った時は驚いたが、あまりの忙しさに俺達に教えるのを忘れていたらしく、軽くごめんごめんと謝っていた。
他の皆んなには後日伝えるらしい。
そんな訳で俺達の前にも召喚された人────転移者が居ると知った訳だが、その転移者達、この世界にかなり影響を与えたらしい。
世界を救うと言う事は勿論だが、それ以上に技術的な影響力も凄まじかった様で、食糧・交通のインフラ改善から、国を立ち上げた人もいる様で、現在その国は観光地として名を博しているのだとか。
スケールが大き過ぎて想像も付かない。
さて、そんなこんなで度肝を抜かれつつ、馬車に揺られているうちに寮に到着した俺達は、早速寮内の案内と部屋割りを行った。
寮内は、食堂や風呂場等がある一階と、噴水のある中庭。用途毎に分けられた教室が存在する二階に、各々の自室がある三階の三階建てだった。
隣には、この国の騎士団に所属する騎士が生活している寮もあり、その為か、広いグラウンドと訓練場の様な場所が幾つか確認出来た。
部屋割りに関しては、男子と女子で寮東側と西側に分けられ、後は早い者勝ちで好きな部屋を取った。
部屋の中はベッドや引き出し付きの机に、鏡、カレンダー、タンスと、ある程度の家具や調度品も揃っており、中でも驚いたのは、部屋の照明がスイッチ式だった事だ。
扉のすぐ横にあるスイッチのON/OFFを切り替えると、天井に備わっていた水晶が強過ぎず弱過ぎずの明るい光で室内を明るくしてくれた。
ファリオさんに聞いた所、これも俺達の前の転移者が開発した物らしく、改善を重ねて、今では大抵の家庭にあると言っていた。
水洗式のトイレなんかもあったし、本当、前の転移者達には感謝しかない。正直、蝋燭を照明代わりにしての生活とか考えらんないからな。
とまぁこんな感じで、一通りやる事を終えた後の俺達は自由にしていた。
夕食を食べたり、ファリオさんや騎士団の人達に話を聞いていたりと。
かくゆう俺も、夕食を食べた後風呂に入り、こうして自分の部屋でくつろいでいるのだ。
「ふぅ.......」
深く大きな息を吐き、天井に自分の掌をかざしてみれば、小刻みに震えていた。
恐らく、自分で感じている以上に不安感や緊張感があるのだろう。この世界に来てから一日も時間が経っていないのだ。仕方がない。
時間と言えば、向こうの世界はどうなっているのだろう。
こちらの世界にいる間は時間が進まないなんて事は無いだろうし、向こうも今は夜なのだろうか。
その場合、皆んなの家族は、俺達が居なくなった事を今頃知って、慌てているだろうか。心配しているだろうか。
........俺は心配だ。
昔、飼い猫が家の外に出てしまった時は妹が泣きじゃくって大変だった。
妹が小学生の時の話だし、ペットとはまた別だろうから、反応も違うだろうけど、それでもきっと心配しているだろう。
母さんも心配性な所があるし、きっと妹と一緒になって慌ててるだろうな。
父さんは、どんな時でも取り乱す様な人じゃないけど、家族の事となれば人一倍敏感な人だから、母さんや妹一緒に慌てているだろうか。それとも、妹や母さんを心配させまいと逆に落ち着いているだろうか。
「.....早く」
世界の脅威と言うのが、どんな物かは分からない。が、それでもきっと並大抵の物ではないだろう。ならば無事に帰るどころか、そもそも帰られるのかも分からない。
だとしても、
「帰るんだ」
帰らなくてはいけない。
最期に会いたい人、話したい事、そんな物は分からない。だがそれでも、お別れの言葉も言えずに家族と離れ離れなんてのは、あまりにも寂しすぎる。
だから帰るのだ。世界の脅威と言う物を倒し、退け、何としてでも。
梅雨に入る初夏の時期。
異世界に召喚された俺達を、時間は決して待ってくれないのだから。
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