最終話:腐れオマ〇コ:ラストタンゴ。最高の後始末だよ。だろ?、テメエら!

電話は社長からだった。

妙に明るい声。

何だろう、こんな時に……?。

「今から茨城に行かないか?。俺の田舎なんだよ。母校を案内してやるよ。付き合え」

予感……。

社長は死ぬんじゃないかと思った。

社長が身の上話なんてあり得ない。

この人、死ぬかもしれないな。

「来いよッ」

社長は陽気に誘う。

私は行きたいと思った。

自分も死ねるチャンスだと思った。

こんな絶妙なタイミングはない。

ここで死ねなかったら面倒くさい。

うだうだ言って、ぐだぐだやって、「死に時」を失ってしまう。

スパンと、とっととこの世を終わらせたい。

面倒くさいことを終わらせたい。

そう直感した。

私は、社長の誘いにのった。

会社近くの国道で落ち合って、社長のBMWでそのまま茨城へ飛ばした。


車中、「この人、ホントに死ぬのかな?」と思った。

ポールスチュアートのスーツにパネライの時計を着けている。

死装束じゃねえなあ。むしろ間抜けだ。

いや、なんか普段すぎる。

不気味に心地いい。

死ぬ人間の気持ちなんて分からないなあ……特に他人のは。

私は、それとなく、でも、露骨に会社のことを聞く。

「会社つぶれるんですか?」

「潰れない。終わる。清算する」

 社長はあっけらかんと言う。

「清算……?」

「弁護士に頼んで解散する。もう頼んである」

「みんなはどうなるんですか?」

「みんな、と言うより、ほとんどのせどらーは廃業するしかないよ。コミュニティのせどらーは個人事業主になるから失業保険も退職金も出ない。事務員は雇用契約をしているから少し出る。せどらーは出ない。しかし、それはフリーランスの宿命だな。その代わり、時間にも人間関係にも拘束されずに仕事が出来てきたんだから」

「自己責任ってやつですか?」

「まあ、そうだね。俺のやってきたことは真面目にやっている小売店を馬鹿にしてきたことだからね。人を笑う奴は、いつか人に笑われる。今、俺を笑っている奴らは多いだろうな、ハハ」

社長は、屈託なく実にほがらかに笑う。

「ロスジェネって言葉、聞いたことあるか?」

私は「ない」と無造作に言うと、社長は、今までの自分の生い立ちを、スラスラ他人事ひとごとのように笑って話し出した。


社長は、1979年生まれで、典型的なバブル崩壊後の就職氷河期世代で、世間では、その世代を「失われた世代=ロストジェネレーション=ロスジェネ」と言うらしい。

高校卒業後、自転車製造の中小企業に就職して、倉庫の積み荷から始まったそうだ。

そのとき、知的障害者の人とコンビを組まされることになり、自分が、その障害者の出来ない部分をカバーさせられて死ぬほど働かされたらしい。

いわゆる不均衡労働。

当然、会社に掛け合って、コンビ解消か給料の値上げを要求したが、話も聞いてもらえず、そのまま退社。

そのあと、警備員や看護助士やコールセンターなど、とにかく滅茶苦茶たくさん転職を繰り返したそうだ。

でも、結局、どれも人間関係に疲れてしまうという結論に達し、ワーキングホリデーを理由に、逃げるようにアメリカに渡ることになる。

そこでテキトーにバイトしながら、現地の半グレと仲良くなったらしい。

その連中の紹介で、日本の消費者金融の取り立てをやることになった。

これが当たった。

営業というのは、とにかく一匹狼の成果主義なので、人間関係に縛られず、破格の成績を上げたのだそうだ。

「俺はいい意味で組織が苦手だと、痛感したよ」

社長は笑って言う。

この人も、私と似たような人生だったのかもしれない……。

それから、水を得た魚のごとく歩合給を勝ち取っていく社長だったが、ライバル社員のやっかみや社内イジメが原因で、またもや退社、

それどころか、なんと、逮捕されてしまう。

社長の取り立てが脅迫に当たる、という社員からの密告だったらしい。

略式起訴で罰金刑をくらった社長は、ほとほと組織に疲れ、ここから本格的に、たった一人で、しかも、自分の裁量で商売が出来る「起業」を考えるようになったという。

「絶対に人と関わりたくない!」。

そう強く誓って模索していたら、ネットでせどり業界に出会ったそうだ。

「君が、ウチに飛び込んできたのと同じだよ」

社長も、当時のせどりの師匠に、無一文で弟子入りしたそうだ。

社長は他人事のように軽く振り返る。

「僕の世代は損をした世代だ。ひたすら貧乏くじを引かされた世代。国にてられた世代だよ。戦争に取られたようなもんだ。ドンパチはないが、大不況という経済の戦争状態だね、ずっと……。戦死はしないが、下手すると餓死するからね」

やはり社長は軽く言う。私は重く言う。

「私は生まれたときから税金に追いまくられています」

「うん、確かに重大だ。俺はまだ税金が安かった時代を知っている。今の税金は高すぎる。君らの世代はスタートからキツいだろうな」

「これから、日本はどうなるんですか?」

「最悪になるかもしれない」

社長は冷静に今後の経済のシナリオを説明するが、難しすぎて、私には単語の羅列にしか聞こえない。

金融緩和

バブル

米国のインフレ

ドル下落

円高

輸出製造業打撃

円安工作

金融緩和加速

日本インフレ

富裕層金余かねあま

貧困層生活困窮

スタグフレーション

支持率低下

選挙

総量規制

バブル崩壊。

何のことやらさっぱり解からなかった。

「最後のバブルがはじけたら、おそらく日本は、もう、立ち直れないだろう。国力が無い」

「社長は、やり直さないんですか?」

「やり直したくない」

あっけなく社長はきっぱり鋭く否定した。

ドキッとした。そしてハッとした。

私も同意である。

マイカー通勤、高級時計、イブニングドレスに海外旅行。

自分は充分いい思いをした。

元工場作業員にしては出来すぎている。

出来すぎているがゆえ、今回、それが総て根底から崩された。

やれやれだ。

もう一度、最初からやり直す発想はない。

やり直しても、またどうせ国から叩かれる。

私は疲れた。

人生を終わらせたい。

鬱状態ではサラサラない。

自己否定でもない。

積極的に人生を辞めたい。

社長がどういう精神状態かは知らないが、私の心は、至極安定していて、正直、ただ「面倒くさい」と考え、「疲れた」と感じるだけだ。

もう生きたくない。

人間と接したくない。

社会と関わりたくない。

国に帰属したくない。

そして、税金に追われたくない。

私は、これをいいきっかけにして自分の人生を片付けようと思った。

どこかの国に生まれ変わりたいって?。

冗談じゃない。金持ちの家庭でも嫌だ。

貴族の家でも独裁者の息子でもイヤ。

宝くじも当たらなくて結構。


来世は断る。


『私は貝になりたい』なんて映画があったが、それもごめん。

生きたくない。

「生きていたら希望があるかもしれない」と人は言うかもしれないが、希望自体が要らない。

疲れるだけ。

だから、ここで終わり。

やれやれ、やっと死ねるよ。

26年突っ走ってきてヘトヘト。

やっと止まれる。

稼ぐことしかない人生だった。

カツカツの人生。

利益はない。

生まれること自体が借金だ。

一生、その返済で終わる。

もう、うんざりだ。

始末しよう。


真夜中、車は山林の廃校に着いた。

社長の高校だ。

過疎化で、今年の3月で廃校になったらしい。

月明かりしかない。

総てがにぶく光る。

建物や運動設備の質感が、まだ人間のたんぱく質や脂肪が付着しているのか、妙に生々しい。

理由に興味はないが、社長はなぜこんな所に来たのだろう。

感傷にでもひたりたかったのか。

これといった特徴もない変な所。

何もなく、そして、誰もいない。

だから「死」にてがうには一応うってつけってことか。

「社長、死ぬんですか?」

私は、ポンと単刀直入に聞いた。単刀直入以外ない。先の見えている旅だ。

社長も驚きはしない。だから返ってきた言葉も単刀直入。

「分かった?」

社長はあっさり答えて、バッグからサッとプラスチックの物体を取り出した。

クリーム色の物体。

3Dプリンターで作った拳銃。

アメリカから裏ルートで入手したらしい。

わざわざ分解して、何回にも渡って部品として仕入れて、それを国内で組み立て直したらしい。

「俺は死なせて頂くよ。君は自由にしろ。銃だから簡単だよ」

やっぱりな。

まあ、安心した。

首吊りとか入水じゅすいとか、苦しむのは嫌だなと思っていたので、銃なら楽だなと安心した。一瞬で片付く。


校庭に出て、試射した。

音はパンと軽く爆竹に近い。

2メートル先の空き缶をプシュンと射抜いぬいた。

私も撃った。

太いけやきの木を狙った。

パシュンと軽い。

腕や肩にほとんど振動がない。

バキリと樹皮にめり込んだ。

子供のころ遊んだBB弾に近い感覚だ。

一応、社長が死んだあと、自力で使えるように、たま装填そうてん薬莢やっきょうの取り出し方を教わった。

本当に軽い。

これなら出来そうだな。

3Dプリンターでの銃の製造が規制される前に入手したらしい。

こうなることを予測していたのだろうか?。準備がいいこと。


午前3時過ぎぐらいか。

晴れた星空。

ただ、突然、花火をした。

社長が勝手に始めた。

何の雰囲気づくりだろうねえ。

ぼうぼう無駄に色とりどりに燃えやがる。

社長のモテアイテムらしいが、私にはただの火のこな

まあ、社長なりに盛り上げてくれたのだろう。

華やかさもわびしさもない。

火薬くさいだけ。

二人は事務的に眺める。

それだけ。

終わって車内に戻り、当然セックスをする。

仕方ねえなあ……。

これのために呼ばれたのかもしれないなあ、私。

ちょっと損。

まあ、いまさらどうでもいいか。

しかし、重てえなあ、もう……。

後部座席のシートが固くて背中が痛い……。

靴のれた臭い、鼻がもげる……。

冴えないセックス。

ダセえ……。

社長のは至って順番通り。

男娼で鍛えられている私にはリトルリーグみたいなものだ。

中だるみしただらしねえ肉体からだ……。

そして独りよがりの射精。

あのカリスマ経営者のセックスも結局は自分がイクことしか考えてないのかあ……。

下手な男……。

情けない。

こんな奴に入れさせたのか……。

ほとほと腐れオマ〇コだよ。

まあ、こんなもんだな。

結局、社長は射精して私はイケなかった。

不公平だよなあ……。

「じゃあ、俺、死ぬから」

社長は、迷いが生まれるのを嫌ったのか、射精してすぐにドーパミンが出たままの勢いでドキュッと頭を撃ち抜く。

案外、血は飛び散らない。

火薬のくさいにおいと精液のえたにおい。

アソコ丸出し……。

汚ねえなあ……。

とばして隅に押しやる。

どかりとシートから落ちる死体。

これ、どうせ、新聞の社会面に載るだろう。

工場や派遣のバカどもに笑われたくない、バカバカしい。

整髪と口紅。

さっさと私は身なりを整える。

社長の手から銃を抜き取り、薬莢やっきょうを外して、たまを詰め込む。

さっきトレーニングした通り。

こめかみに銃を当てる。横にったねえ死体。

これとセックスしたと思われたくねえなあ……。

服を着ておいてよかった。

でも、検死の解剖で私の膣内から社長の精液が検出されるのか。

やれやれ。

キュッと引金ひきがねを引く。

(終)

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転売ヤー女の生態@「日本死ね」?。甘いって、「人類死ね」だろ! 武田優菜 @deadpan

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