5 私の魔法
父と兄から早速頼んだ物資が届いたのは、私が父たちと食事をしてから約三時間後のことだった。
「早いじゃん! さっすが兄さん!」
「まあ俺にかかればこれくらいはな」
ドヤ顔で調子に乗る兄も、いつもはちょっとウザいけど今日は大げさ気味に褒めておこう。無理を通してくれたことは間違いないから。
気づけ夕日が差し込む時間帯になっていた。
実習室に運び入れてもらった「それ」を、私はひとつ抜き取り手にとって確認する。
なんの変哲もない茶色の「紙袋」である。ほら、パン屋でバゲット買う時に入れてくれる細長い袋、あるでしょう? あれのもっと短くて小さいやつ。袋の上部には針金のようなものがついていて、折り曲げればきちんとしまるようになっている。うん。頼んだ通り、持ち運びしやすいサイズでばっちりだ。束にしてある紙袋がズラリと並んだ光景は、圧巻ですらある。
私はその一枚を机に置いた。そして、上から右手を重ねて軽く目を閉じた。
久しぶりに使う、私の魔法。
上手くできるかな。
やりたいことをできるだけ鮮明に思い浮かべる。腹の底から練り上げられた魔力が、胸元で肌に触れている鉱石を一度通って体内に循環してくるのがわかる。
右手に意識を集中。よし、いこう。
『
手のひらがぬるま湯に浸かったようにじんわり温かくなる。魔力が流れていったのだ。私は薄目をあけて紙袋を見た。
淡い燐光を放った紙袋に、次の瞬間三角の幾何学模様が現れる。グリーンとブルーが入り混じった模様は、大地と海を表すベリルの国旗の柄を模したものだ。
「やった! 成功!」
思わずガッツポーズを繰り出してしまった。いやほら、魔法使うの本当に久しぶりで、しかも日常生活であんまり使わないタイプの魔法だったから、上手くいくか心配でですね。
広げて確認してみよう。ちゃんと両面、マチの間まで模様が入っている。オーケー。我ながら完璧な仕上がりじゃん。
「それじゃこれを、たたみ直して束の一番上に重ねて……『
指先で紙の束の側面をなぞると、すうっ、と同じ模様が下の紙袋にも写し出されていく。うわ、見ててめちゃくちゃ気持ちがいいなコレ。自分でやってるんだけども。
誰も見ている人がいないので、一人で自分に拍手してみる。ちょっと顔が緩んでにまにましちゃうのは許してほしい。
この調子でどんどんカワイイ紙袋を作っていこう!
私はうきうきした気分で『複写』を繰り返した。指先からすっ、すっ、と魔力が流れ出ていく感覚がなんだか懐かしい。まるでアルバムをめくっているような気持ちになる。
こうやって、弟や妹に魔法を見せては遊んでいたっけ。家族と会ったばかりで、ちょっと感傷に浸る気分も顔をのぞかせる。
おっと、あんまり意識を逸らしてると間違えちゃうな。気をつけなきゃ。
そうやって、いくつかの紙束をかわいいカラーに仕上げ終わった頃。
「お、やってるやってる」
「アナベルー、差し入れだぞー」
引き戸をあける音がして私が振り返ると、そこには二人の男性がひらひらと手を振る姿があった。
「ディアンさん! エリックさん! お仕事は?」
「今日作るものは終わったよ。夕食の配膳までヒマだから、ちょっと冷やかしに来た」
「そうそう。後輩が面白そうなことをやってるらしいって料理長から聞いたもんで」
にっ、と笑う彼らは、親戚でもないくせに兄弟のようによく似ている。前世で何か縁でもあったんだろうかと思うくらいだ。
ディアンさんは右分け、エリックさんは左分けにした前髪が特徴で、二人とも瞳の色はターコイズを思わせるブルー。髪の毛は明るめの茶色をしている。子供の頃は魔術師を目指したこともあったけど、途中で料理に目覚めた、という経歴までそっくりだ。そんな二人がバディを組んでいるなんて、もはや運命かもしれない。
「アナベル、集中すると全然食べなくなるから、夕飯にもどうせ顔出さないだろうし腹空かせるんじゃないかと思ってさ。ほれ、ちょっと休憩しな」
ディアンさんがトレーにのったごはんを渡してくれた。
こっ……これは!!
「私の大好物、パエリア!!」
「やっぱり今日のメニュー覚えてなかったか。そうだよ君の大好きなパエリアの日だったんだよ」
目を輝かせた私を見て、くつくつと二人が笑う。うわ、今まで全然空腹を感じなかったのにほかほか湯気を立てるパエリアを見ていたら急にお腹が減ってきた。めちゃくちゃ集中してたんだな。
黄色のサフランライスに鮮やかな彩りのエビ、イカ、ムール貝。ご丁寧にレモンの飾り切りまで取り分けて載せてくれている! これ切ったのってシリルかな。
ベリルは海に囲まれた国だけど、首都のヘリオドールは本土のど真ん中に位置している。だから海鮮物の鮮度を保ったまま入荷するのは難しい。手に入らないことはないけど、魔術移動した商品ってどうしても割高になっちゃうからね。けれどこの時期は建国記念日の恩恵で、首都への物資直行便が増える上、魔法を使った移動も増えるから、その分運搬時間も短くなって新鮮な魚介が手に入りやすくなるのだ。というわけで、ベリルでパエリアを食べるならこの季節が一番ってわけですよ。
ちなみに、パエリアの起源になった料理には魚介じゃなくてチキンや豆、トマトなどが入るらしいんだけど、そっちは私もまだ食べたことないんだよね。いつか海の外、本場で食べるのもアリかもしれない。
私はいそいそとテーブルを準備して椅子に腰掛けた。先輩たちも自然と私の目の前に位置どる形で座る。
では早速! いただきますっ!
「っん〜〜! パンも好きなんだけど、やっぱライスさいっこう……エビのだし極まってる……おいっ……しい……」
「はは、何よりだよ」
「アナベルはなんでも美味しそうに食べてくれるから作り甲斐があるよなあ」
二人がニコニコしながらまじまじと眺めてくるので、勢いよく食べるのが恥ずかしくなってきた。さりげなくひとくちのサイズを減らしてみるけど、もう見られた後なので遅い。
「ところでアナベル、これは今何やってるところなの?」
ディアンさんが紙袋を一枚摘み上げて私に尋ねた。
「あ、それはですね、『おみやげ袋』にしようと思って」
「『おみやげ袋』?」
聞いてもなんのことか分からないよね。私は二人にグラノーラを三日間で五十袋はけさせる、というミッションを背負っている話をした。裏厨房に広げていた試作用食材も、全部まとめて実習室に持ってきたので、せっかくだから何も足さないまま、牛乳をかけただけの状態で味見もしてもらう。期待通りの微妙な顔になったエリックさんが「まさかお前、これを売る気?」と信じられない顔で私を見た。もちろん、そのままで売ったりはしませんよ!
「目指すのは建国記念日にしか買えない『特別なお土産』です。その袋、かわいいでしょ?」
「そりゃパッケージはかわいいけど、中身がマズかったら詐欺だろうが」
「もちろんちゃんと考えてありますって。ほら、こっちを食べてみてください」
私はグラノーラに『あるもの』と『あるもの』を混ぜて二人に手渡した。ボウルを受け取った二人は、おそるおそるスプーンを口に運ぶ。口にいれた瞬間、二人が揃って『お?』という表情をしたので、私は思わず笑ってしまった。
「ね、意外といける、でしょ?」
「意外とっていうか」
「なんていうか」
『すげえ美味くなった』
キレイなハモリ、いただきました!
「やったあ! 配合を研究した甲斐がありました!」
紙袋が届くのを待つ間、ぼうっとしてたわけじゃない。私はついに、グラノーラを美味しく食べる方法を思いついたのだ。
きっかけは父たちと行った『ピッコロ』で見かけたケーキである。そこに入っていた、ドライフルーツ。カラフルなドライフルーツって、宝石のようでワクワクするなあ、とぼんやり思ったのがヒントだった。
そうだ、グラノーラに甘みが足りないなら、フルーツごと足しちゃえばいいんだ、と。
ベリルの特産品といえば何を差し置いても鉱石だ。加工された宝石は魔法を伝達する手段としてはもちろん、普通の装飾品として海外輸出もされるなど、非常に高い価値がある。宝石になぞらえた食べ物なんて、建国記念のお土産にピッタリではないか。おまけにグラノーラもドライフルーツも基本的には保存食、日持ちする。持ち帰るまで日数がかかる人も、安心して持ち運ぶことができる。
「おみやげ袋には、このグラノーラとドライフルーツを混ぜた状態でパッケージングして、防湿魔法をかけ直します。そして屋台では味見として、今食べてもらったようにヨーグルトとはちみつを混ぜたものをかけて配布しようと思ってます」
ヨーグルトなら、牛乳よりもサラサラしていないから甘さもしっかり絡まって喉越しもいい。そして当日は、シリルに協力してもらってもう一種類ステキなトッピングをつけるつもりだ。
これが私の、「利益が出る所まではいかないと思うけど出費分くらいは稼ぎたいグラノーラ消費計画」である。グラニュー糖をぶっかけるよりは圧倒的に体にいい。
シリルと確認した三つの問題点もこれで大まかに解消されたはずだ。あとは、どこまで実際に食べてもらえるか、買ってもらえるかといったところだけど。
「すげえな、アナベル」
「ホント。俺らじゃ考えつかないよ」
ディアンさんとエリックさんがしみじみとまっすぐ褒めてくれて、私は無性に恥ずかしくなった。
「いや、ヒントいっぱいもらったし、私だけの考えじゃ無理だったというか」
「それでも、だよ。ヒントから正解に気がつく力って、俺は結構大切だと思うな。アナベルが持ってる武器……いや、アナベルにとっての、もう一つの魔法みたいなものだと思うよ」
ディアンさんが言えば、エリックさんも頷いて。
「アナベルってシリルがいないとポンコツなのかと思ってたけど、そうでもないってことがわかったよ俺は。これなら誰とバディ組んでも安心だな」
さらりと言われた一言に、私は思わず固まった。
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