料理男子の独り言

1 無理難題

「あのう、料理長、これはどういうことで……」

「さあ、俺にもさっぱりだな。とにかく、ここにある五十袋のグラノーラを、建国記念日までになんとかしろっていうのがお前たちへの宿題というわけだ」


 料理長に連れてこられた食料倉庫の片隅。

 あの袋……私の背丈の半分くらいあるサイズの、紙でできた大袋なら、食材を取りに来た時見たことあるよ。あるある。ずっっっっっとあそこに置いたままだもん、何ヶ月か。中身も確認しないで見ないふりしてたけど。


「俺が長期保存魔法かけておいたからまだ持ってはいるんだけどなあ、そろそろ限界だから。分かっちゃいるとは思うが、捨てろって意味じゃなく『使い切れ』って意味だぞ。消費に当たって使いたいものがあれば言ってくれ。経費で落とす」

「どうしても、この三日間で片付けないとダメなんですか」

「司令官命令だからなあ」


 俺にはどうすることもできん、と料理長。シリルも難しい顔をして考え込んでいる。使いきれ、ってことは魔術師寮のご飯として提供するとかしてなんとか食べ切れ、ってことだよね。ていうか今サラッと言われたけど『ぐらのーら』ってなんだ? 私食べたことないんだけど。


「もし、処理出来なかったら?」

「んー。どうだろうな。クビにする、とイアンが言ったら流石に止めに入ってやるつもりではいるが、保証はできん」


 ええ!? そんなに重要案件なの、これ!?

 ぐるぐる考えている私をおいて、シリルはつかつかとその袋に歩み寄り中を確認した。


「とりあえず、サンプル用に一袋もらって裏厨房に行こう。料理長、この三日間アナベルを通常業務から外しますが構いませんか?」

「二人で決めて好きにやれ」

「え、待ってシリル、もしかして普段の仕事全部を君が請け負うつもりでいる?」


 私が慌ててシリルを問いただす。彼は当然だと言わんばかりに首を縦に振った。


「アナベル、兄さんがああいう無茶を振る時は必ず何か裏がある。単純に在庫をはけさせたいだけじゃないことは確かだ。この結末をどこにどう転ばせたいのか、までは分からないが……とにかく、三日で全てをなんとかするには絶対に分業した方がいい」

「でも、私が何か名案を思いつくって保証はないよ!」

「俺よりはある。確実に」


 一体その確信はどこから来るのか。シリルが言い切るなんて珍しい。しかしいつもに増して真剣な表情をする彼に、圧倒されて動けなくなる。

 あ、だけどね、これだけは確認しておかなければ。


「シリル、分業の相談の前に問題がある」

「なんだ」

「『ぐらのーら』てなに」

「……そこか」

「うん」


 私が素直に頷くと、シリルが怖い表情からふっ、と力を抜いた。いつもの優しい無表情に戻ってくれて、私もほっと安堵する。『優しい無表情』ってなんなんだ、って感じだけど。


「悪い。焦りすぎた。まず裏厨房に行って情報を整理しよう。話はそれからだ」


 ニコニコするだけでヒントはなにもくれない料理長とはその場で別れ、私たちは作戦会議をすることになった。

 どう足掻いても、この課題から逃れることは無理そうだ。






「それで、グラノーラっていうのは」


 シリルが持ってきてくれた袋から、お皿にザラザラと取り出したのは、穀物が固く炒られたものだった。


「病人食や健康食、あるいは保存食向けとして開発されたフレーク状の食べ物だ。麦などの穀物類を押してローストして砕く。シリアルと呼ばれるものに分類されるな。つい最近、ロータスの国境にあるアルディア地方で開発された」

「ほーう。さすがシリル、物知りだねえ」


 私が感心して相槌を打つと、シリルが苦虫を噛み潰したような顔で「この間成り行きで兄さんに食べさせられた」と言った。


「待って、その顔、もしかしてあんまり美味しくなかったんじゃ」

「牛乳などに浸して、柔らかくして食べるものなんだが……まあ、とりあえず食べろ」


 え、嫌だよ。絶妙に嫌だよその前置き!

 食糧庫から牛乳を持ってきてたぷたぷとグラノーラの皿に注いだシリルが、私の抵抗虚しく、ずい、とスプーンを差し出してくる。あああ、いや、いやだ……


「むぐっ……んっ。ん……? う……うん……あの、なんていうか、美味しくない……というか、コメントしずらい味……」

「ああ。不味いというほどではないが、美味しくないんだ。これでも軍事訓練などでだいぶ消費したみたいなんだが、常食させられた方からはかなり不満が上がったらしい……」


 なんだろう、この、もさもさ感。これは士気も下がるよ。うん。

 聞けば、これでもまだ固さは改善された方で、開発当初はもっと食べにくいシロモノだったらしい。

 味がしない。しょっぱくも、甘くもない。じゃりじゃりした砂を噛んでいるような、とは言い過ぎだけど、感覚としてはそれに近いかもしれない。

 穀物を焼いたもの、なら繊維は豊富だろうし整腸作用とかは期待できそうだけど、本当に病人用として考えられたものなのかな。何でもかんでも薄味にしておけばいいってもんじゃないんだからね! 調味料にはそこからしか得られない栄養もあるんだし……って私がここでぶつぶつ呟いていてもしょうがないんだけど。

 もうちょっとなんとかしないと、たくさんは食べられそうにない。大量消費なんて夢のまた夢だ。

 ちなみにシリルはあまりの不味さに耐えかねて、グラニュー糖を思い切りぶち込んで食したらしい。それって健康食として開発された経緯をまるっと無視してない?


「なんでこんなの、仕入れちゃったのかなあ」

「俺たちの知らない闇取引でもあったかもな。何か買ってもらう代わりに何か買わされた、とか」


 わー嫌だ。そんな国家間のなんとか、みたいなやつ、聞くだけで首突っ込みたくない。もう関わっちゃってるけど。


「あーうー……嫌だけど、嫌だけどなあ」


 愚痴を言っていても事態は好転しない。なんとかしなきゃ。いや、なんとかならなくても、なんとかする努力は見せなきゃ。でなければ最悪料理番すらクビである。せっかくこの仕事のやりがいを見出してきて面白くなってきたところなのに、こんなところで終わるわけにはいかないではないか。あと魔術師の美しい魔法はこれからもそばで見守りたい!

 え、自己中が過ぎる? それくらいのわがままは許してほしい。


「俺たちが考えなければいけないのは、まずコレの美味しい食べ方だ。それから、食べてくれる人――三日間しかないなら、魔術師寮にいる身内だけじゃ到底間に合わないだろう。それ以外の消費者を探さないといけない。そしてその、消費者に届ける手段。大まかに分けてこの三つだな」

「だね。自分たちの仕事もこなしつつ、これを乗り切るのはかなり骨が折れるけど……」

「だから通常業務は俺がやる。アナベルはこっちに全力投球していい」

「いや、なんでそうなるの!」


 私はシリルに噛みついた。確かにどちらかに集中できるのはありがたいけど、そして普段の仕込みの速度からして、その役割分担が適任であることも確かにそうなんだけど、けれどシリルの負担が圧倒的に大きいでしょう。終わったら絶対シリルが手伝いに来てくれるやつじゃん、それ。


「仕込みだってアナベルがいた方が捗るに決まっているが、これは得意分野の話だ。俺は1を10にする作業の方が得意。アナベルはゼロを1にする作業が得意。だから分担しよう」


 むしろアイディアを考えることから逃げている俺の方が卑怯だ、とシリルは言う。


「そんなこと、ないけど……私も考える作業、嫌いじゃないし」

「決まりだな。メニューを見る感じ、この三日はあまり重たい仕込みはないから、ちょっとその辺の人も手伝わせてできる限り早くこっちに来るようにする。お互いに出来ることをやって、二人で乗り切ろう」

「……わかった」


 彼の提案に乗るより他はなさそうだった。私は腹を括ることにした。


 一つだけ、少し疑念があるとすれば。

 司令官室を出る際に、シリルだけが呼び止められて、イアンさんが耳元で何かを告げていた。それが一体なにをささやかれていたんだろうか、ということだ。シリルが何も言わないということは、言えない事情があるのかもしれないけれど……頑なに通常業務を譲らない態度に、何かヒントがあるとしたら、それはちょっとだけ怖いと思った。

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