6 ひとつの仮説

「心当たり……」


 エドワード王子は考え込む様子を見せた。


「ここ三ヶ月くらい、ソフィアと食事をあまり共にしていないからねえ」


 遠くを見るような視線は、母国での日常を思い出すものだろうか。


「そういえば、湿疹が出始めたのはちょうどその頃だと聞いた気もするな。実は最近、彼女と顔を合わせることが減ってしまっていてね」

「あれ、そうなんですか?」


 朝食やディナーは揃って食べるのがロイヤルファミリーのしきたりなんだと勝手に思っていた。いや、実際に見たことがあるわけじゃない。妄想というやつである。そもそも、ベリル皇国の王家でさえ家族揃って食事しているかどうかなんて知らないけど。

 王子は私の問いにうん、と答えて、続きを口にする。


「陛下や王妃とは一緒に食べるんだけどね。近ごろは、ソフィアが友人や侍女を集めて毎日アフタヌーンティーを開催するようになったらしいんだ。そうするとそこでお腹いっぱいになってしまうらしくて、ディナーになかなか顔を出さないんだよ」

「え、毎日、ですか?」

「うん? そう聞いているよ」


 ベリル形式のアフタヌーンティーと同じだとすれば、三段重ねのケーキスタンドに美味しいものがいっぱい乗せて運ばれてくるアレのことだ。サンドイッチ、スコーン、ケーキからなる、軽食代わりの文化。貴婦人の社交場で用いられる、と習った気がする。ロータスではベリルよりもお茶会文化が盛んなため、頻繁にアフタヌーンティーが開催されていてもおかしくはない、けれど。

 幼いソフィア王女が、毎日誰かを接待する必要があるとは考えにくいよね。だとしたらそれ、いくらロータスでもすごいというか、やりすぎというか。

 シリルもさすがに違和感を覚えたのか、口を挟んだ。


「それは、何か意図があって行われているものなんですか?」


 エドワード王子は「んー……」としばらく虚空をみつめる。


「聞いては無いね。僕が把握していないだけで、何かあるのかもしれないけれど。僕自身が最近ずっと忙しくしているというのもあってね、あまり彼女に構ってあげられていないんだ」


 夕飯が食べられないほどのアフタヌーンティーなんて、ちょっと異常じゃないだろうか。急にそんな食生活になったら、バランスが崩れて体調を崩しても……って、まさか。


「ねえシリル、ロータスのアフタヌーンティーで出されるメニューって、ベリルと似た感じの構成だっけ」


 私がシリルに小声で確認する。


「三段のケーキスタンドで提供するスタイルは同じだが、ロータスでは確か、軽食よりもスイーツ主体の構成になっていたと思う。三段とも趣向の異なるスイーツを載せるんじゃなかったか」


 そう、そうだった。

 ということはですよ。

 それまで黙って話を聞いていたミーシャが、はっと顔をあげて私を見た。


「ソフィア王女の湿疹は、スイーツの食べ過ぎ、が原因ってこと?」

「の可能性がある、かもしれないなと思って。あくまで可能性だけど」


 私の返事に、エドワード王子は目を丸くして聞き返す。


「スイーツの、食べ過ぎ? そんなことが湿疹の原因に?」

「なることもあるんです」


 皮膚疾患ってつい、普通の体調不良と別問題化されがちだけど、結局は「具合が悪い」うちの一環だからね。スイーツに限らず、極端に食べる物のバランスが悪ければ体調を崩すのは当たり前だ。

 私はスイーツに使われる砂糖について、王子にかいつまんで説明した。


「なるほど……そういった側面もあるんだね。ロータスで砂糖といえば、疲労回復や病気の衰弱に効く万能薬と信じられているから。全然その可能性には思い至らなかった」


 エドワード王子が表情を曇らせる。もちろん、その効能だって間違ってはいない。問題なのはソフィア王女の体格に対して、摂取する栄養が多すぎる、ということなのだと思う。まだ仮説の域を出ないけれど。


「しかしもしそれが本当の原因だとしたら、ちょっと面倒だな」


 シリルの呟きに、ミーシャが「どうして?」と首を傾げた。


「スイーツに使われるような精製糖の過剰摂取は、麻薬的な中毒を引き起こす場合がある。元々好きならなおさらだ。辞めるには本人の強い意志と周囲の理解が必要なんだ。ちょっとくらいなら、とずるずる使用を続けていると、いつまでも治らないし」

「そうそう。ミーシャだって、デザートとかが急に献立から全部無くなっちゃったら悲しくない?」

「……悲しい……」


 あ、ミーシャをものすっごい悲しそうな顔にしてしまった。ごめんね。

 私はエドワード王子に向き直る。


「本当に砂糖が悪者かどうかは別として、とりあえずソフィア王女の食生活を見直すことは料理番の立場から見ても必要だと考えます。ソフィア王女は年齢的に体が十分に出来上がっていない時期ですから、『きちんと食べる』ことはとっても大事です」


 食べたものが体を作る。他国ではベリルより、その考え方が薄いかもしれない。けれどこれは人間である以上、いや生きものである以上、避けて通れない事実だと思う。

 ただ、ソフィア王女の事情にはまだまだ謎なことも多い。毎日のアフタヌーンティーに何か理由があるとすれば、それも込みで対策を考えなければならない。ロータスへ帰った時にまた同じ生活をしては意味がないからだ。宮廷コックさんや侍女さんたちへの根回しなども必要だろう。

 ああ、どこまで首を突っ込んでもいいか、本当に悩むな。ミーシャの力になる、そう覚悟を決めた気持ちに嘘はないけれど。

 気づけばすっかり手元のアイスティーはなくなって、キャロットケーキもみんな食べてしまった。落ちる沈黙に、無力感のようなものが漂ってしまうのは仕方がない。


「ベリルに来てからの王女の食事は、ロータスのコックが用意しているんでしたよね」


 シリルの問いに、王子は「そうだよ」と答えを返す。調理時間中、向こうに知らない人たちが来ててざわざわしてるなとは思っていたんだけど、下仕込みの現場と調理現場は絶妙に遠いから、あまり関わり合いにならないんだよね。ロータスの料理を学ぶいい機会だったのに、私としたことが友達を作りそびれた。まあいいや。

 聞けば、こちらに来てからはアフタヌーンティーではなく軽くお茶を嗜む程度で、回数も減っているとのこと。ソフィア王女は元々ワガママな性格ではないのだろう。出された料理も普通に食べているらしい。じゃあ好き嫌いが激しいっていう線は無さそうか。

 こうなると、私たち料理番が勝手に料理を提供するのも問題だ。コックさんに進言しに行く? それは早まりすぎている気もする。


 結局根本的な解決策はなにも出ないまま、私たちは王子とのお茶会を後にすることになったのだった。




「ねえ、アナベル」

「どうした? ミーシャ」


 再び台車を押しながら廊下を戻る帰り道。

 私たちより前を歩くシリルに聞こえないくらいの小ささで、ミーシャが私に囁きかけた。


「アナベルは……私と初めて会った日のこと、覚えてる?」

「え? うんまあ、覚えてるよ」


 逆にあの出会いを忘れられたらすごい。ミーシャはそっか、と言って照れくさそうに鼻をかいた。

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