4 廊下お茶会は唐突に

 どうして私が関わり合いになる王族ってこう、身分にこだわりがなさすぎる人が多いんだろう。


 いや、拘っていないわけではないと思うのだけど。どうして私みたいな平凡一般人を同じ土俵に上げようとするのだろう。困る。非常に困る。

 結局、私が全員分のお茶を入れている。エドワード王子が椅子とテーブルの他に、足りないぶんのカップまでご用意くださってしまったからだ。我々はソフィア王女とミーシャの分しか持ってこなかったのに。おかげで私は、自分で紅茶を淹れたあと自分の座席につくという妙ちきりんなことをしなくてはならない。そんな行儀のなってないことってある?

 無礼講って言われたからいいとか、そういう問題でもないと思うんですよ。ああもういいや、なるようになれ。はい、愚痴終了。


「へーえ。これが『アイスティー』か。うん。とってもいいね。ベリルの人たちって本当に面白いことを考えつくよね」


 エドワード王子が歌うような調子で賞賛の言葉を口にした。

 彼の手にはガラス製のカップが握られている。中身が透けて見えるそのカップを優雅な手つきで持ち上げる。わざと少しだけ揺らして、からんからん、と中の氷をぶつけ合って楽しんでいる。

 ちなみに王子が貸してくれたのは、普通の陶器のカップだ。ガラス製のカップは、私たちがソフィア王女のために持ってきたものである。


「食べられる氷も、魔法で生み出せたらいいのにねえ」

「生み出すこと自体は可能ですが、他人が生み出した氷を食べたり舐めたり、直接体に取り込むことはおすすめできませんね」


 シリルが淡々と、だが若干、苦虫を噛み潰したような苦悶の表情をうっすらと浮かべて呟いた。そうなんだよね。他人が魔法で生み出したものを直接体内に取り込むのはリスキーだ。魔力の相性がよければ問題ない場合もあるけど、大抵は吐き気を催したり熱を出したり、食中毒のような症状が出て大変なことになる。料理番が魔法で直接食材を刻んだり、魔法の炎で直接焼いたりしないのも同じ理由からである。


「だよねえ。さすがの僕もそれくらいは知っているよ」


 王子はニコニコとシリルの言葉を受け流した。

 魔力って血液みたいなものだからなのかな、と私は勝手に思っている。自分の体から生成されるものだから、互換性がないのだろうか。いや、よくわからない。その辺は魔術研究をしているという、エドワード王子の方が断然詳しそうだ。


「氷が見える、ガラスのコップというのも風情があって素敵だね。見た目も涼やかになるし。私の国にはない発想だから、本当に楽しいよ」


 他国でティータイム、といえば暖かい紅茶か冷ました紅茶が主流だろう。いや、ベリルでも通常ならばそうなのだが、季節は初夏。『ソフィア王女を喜ばせたい作戦』の一環として、普通のティータイムで出すようなものではない方がよかった。ミーシャがこの間はじめて飲んだ「氷の入った甘いアイスティー」を一緒に楽しみたいと言い出したのだ。


 料理番でつい最近開発された便利グッズのうちの一つに「持ち運び用保冷ポット」というものがある。氷をその中に入れておいて、ポットに魔力を流すと、一定時間氷が溶けない温度に保っておいてくれるものだ。


 とはいえ、持ち運べても食用氷はやっぱり貴重品である。私ふぜいの一般庶民が氷を溶かす紅茶を飲むなんてあと何回あるか分からない。うわ、ちゃんと味わっておこう。

 私は自分に注がれたアイスティーにそっと口をつけた。

 ひやりとした液体が喉を通り抜けていく。ミーシャ好みに、砂糖たっぷりめで用意された紅茶。他国の王族へお出しするものということで、料理番の手持ちの中でも最高品質の茶葉を選んできた。うん。淹れ方も悪くない、はず。渋みの加減も大丈夫。


 砂糖をたっぷり取りすぎることは、料理番としては本来あまりおすすめしたくない行為ではある。

 

 ベリルや近隣国で使われている製菓用の白砂糖や紅茶用の角砂糖は、砂糖として加工するときに、周りの希少な栄養素をはぎ取って甘さだけを抽出したものだ。一気に大量の砂糖を体に取り込むと、脳や体を動かすことに特化した栄養だけが突然なだれ込んでくることになる。一生懸命栄養を体が取り込もうとして疲れるのか、魔力が一時的に不安定になってしまうのだ。だからスーザンの時は、ダイエットしたいという本人の希望ももちろんあったのだけど、甘いものは出来るだけ控えてもらうようにしていた。


 まあ、今日はどちらかと言えば「お楽しみ」の要素が強いから、たまにならいいよね。

 何事も「しすぎ」はよくないという話だ。

 


 結局、紅茶もケーキも、ソフィア王女ではなくエドワード王子と私たちのお腹の中に収まってしまうことになったわけだけど。ソフィア王女はこの扉の向こう側で、どんな顔をして何を考えているのだろう。そう思うと、少しだけ胃が重たくなる。


「ソフィア様は……大丈夫かしら」


 おそらく同じことを考えていたミーシャがぽつりと一言呟いた。


「ああ、ごめんね気を遣わせて。このところ時々ああなんだ。一時間くらい放っておけば、機嫌を直すとは思うんだけど……まあ、僕たちのお茶会が気になって、あの扉からひょっこり出てきてくれれば一番手っ取り早いのだけどね。東洋の神話にそういうのなかったっけ、引きこもりの女神が外のお祭り騒ぎが気になって出てくるやつ」


 いや知らん。そんなのあったっけ。


 あの痛々しい引っ掻き傷が、気にならないといえば嘘になる。ミーシャでさえびっくりしていたということは、ここ最近で突然ああなったということだ。

 

 あるいは……それこそ、王子が謎の魔法を駆使してずっとミーシャにソフィア王女の幻覚を見せていた、とか。

 いや、いくらなんでも、ずっと魔法をかけ続けていられるほどの力が王子にあるとは思えない。司令官のイアンさんにだって、たぶん難しいレベルだろう。それを魔法の対象から相当離れている場所で行おうとするのは……うん。やっぱり無理じゃないだろうか。

 私はふむ、と一旦思考を停止した。

 これ以上のことは、王子に直接『なぜ魔法を使えたのか』を解明してもらってからでないと、なんとも言えない。


「ところでミーシャ。きみは、『治癒魔法』を使ったことはある?」


 唐突な王子の質問に、ミーシャはぱちくりと目をしばたたかせた。


「治癒魔法、ですか。いちおう、使い方は習うし、何度か自分にかけたことはあります。ケガをしたら、きほんは自分で治しなさいって教わります」


 魔法で生み出した物を直接口にしない方がいいのと同じように、治癒魔法にも当然リスクが存在する。治癒に特化した能力を持つ人でない限り、他人には使わないのが原則だ。だから基本、「癒し手」と呼ばれる魔術師は大変貴重な存在だし、人数も決して多くない。


「でも、他のだれかに、治癒魔法をかけたりしたことはありません」

「そうだよね……」


 わかっていた、とでもいうように、王子は小さくため息をつく。


「シリル・スタンフォードくんと言ったかな。君、名前からして司令官のご兄弟かなと思うんだけど、合っている?」

「はい。イアン・スタンフォードは私の兄です。お世話になっております」

「いやいや、お世話されているのは僕の方なんだけど。いつもありがとう。それで君は、治癒魔法は使える?」

「いえ……自分は細かい魔術操作には向いておりませんので、試したこともありません。それに、自分は正式な魔術師ではありませんので、他人への治癒魔術は緊急時を除き禁止されています」


 いっそ清々しいほどにウソをつきやがりましたねシリル。君、ちょっとした自分の包丁傷をさっと治してるの見たことありますよ。シリルが理由のない嘘はつかない人なので、そこは黙認してあげますけれども。一応。

 ただし、料理番に他人への治癒魔術が原則禁止されているのは本当だ。


「それってもしかして、ソフィア王女の顔の傷や、エドワード王子が魔法を使えたことに関係があります?」


 私がおそるおそる口を出すと、エドワード王子がすっと表情をかき消した。


「そうだね。大いに関係がある。というか、今回の訪問の目的の八割は、ソフィアの為なんだよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る