15 運命、というもの

 ベリル皇国第三王子アーサー殿下、否、第一師団の一兵卒アッシュ・ブラウンさんとの遭遇から数日後。


「シリル、早く早く!」

「俺たちが急いだところで結果は変わらないだろう?」


 私たちは小走りで廊下をすり抜けながら、魔術師寮西棟の端にある大講堂へと足を進めていた。

 人混みは皆同じ方向を目指していて、なかなか前に進めない。私が隙間を縫って歩みを進めていくその後ろを、シリルは呆れながらついてくる。

 

「だとしてもスーザンの勝利を見届けなくちゃ! 演舞メンバー正式発表の瞬間を!」


 そう。実はスーザンが魔力暴発事件を引き起こした後、演舞が決まっていた他の人たちもイアンさんに徹底的にしごかれた。最終的に補欠の皆さんを含めて、演舞メンバーの再選考を行うことになったらしい。さすがイアン司令官、徹底していらっしゃる。

 そしてその正式メンバー発表が夕食後、魔術師寮の大講堂を使った会見形式で行われることになったのだ。

 もともと、演舞のメンバーを正式にお披露目するのは今日予定されていたことだった。建国記念日の演舞に選ばれることは魔術師本人だけでなく、家にとっても大変名誉なことだ。魔術師寮内ではメンバーが早々に決まっていて周知の事実だとしても、外部への発表はいつも直前まで伏せられている。

 対外的な発表のため、どうしても今日までに演舞出演の人間を確定する必要があったらしい。ギリギリまでメンバー再考を粘ってくれたのは、たぶんイアンさんの優しさだろう。感謝しかない。絶対大丈夫、彼女は入ってる、私は信じている。


「スーザンの『勝利』は確定なんだな」

「当たり前じゃん。まあ勘だけど」


 実を言うと我々料理番には、その記者会見場に入る権利がない。魔術師は入れるんだけど。つまり私が行けるのは講堂の入口までだ。ただし講堂から出てくる演舞メンバーを出迎えることだけはできる。


 この度はメンバー再考というイレギュラー事態のため、数多くの野次馬たちが講堂入口にひしめき合う事態が予想された。男性に比べれば流石に背の低い私は、なんとかして特等席を取らなければいけないと躍起になっているわけです。子供じゃあるまいし、流石にシリルに抱き上げてもらうわけにはいかないもの。

 入口前に着くとやっぱり人だかりができていて、扉の前には通路確保用のロープまで張られていた。新聞記者、とおぼしき人の姿もちらほらと見受けられる。おそらく講堂の中には最新の写真機も持ち込まれていることだろう。

 「すみません」といいながら図々しく前にいく私に、シリルはちゃんとついてきてくれた。


「んー、まあこの辺が限度かな」


 なんとかロープぎわまで体をねじ込んで、私はわくわくと会見の終了を待つことにする。

 スーザンが出てきたらなんて声をかけようかな。まずはおめでとうと、頑張れと……


「アナベル。ひとつ、聞いてもいいか」


 ひどく静かな声でシリルが声をかけたので、私は思考の海から突然引き上げられてびっくりした。


「あ、うん。なに?」

「アナベルは……魔術師になれなかった時、『もう駄目だ』とは思わなかったのか」

「……へ」


 思わぬ問いに、私は間抜けな声を出す。

 シリルのアイスブルーの瞳が、じっとこちらを見つめている。


「いつも君は『絶対大丈夫』と言うだろう。だが根拠はいつでも『勘』だ。魔術師になれないと分かった時、君は……なんて言ったのかなと、ふと気になって」


 ああ、なるほど。

 私が毎度根拠もなしに「絶対大丈夫」と言い切ってしまうのは、はたから見るとおかしなことかもしれない。

 魔術師になれないと分かったあの日のことか。うん、今でもよく覚えている。


「いや、すまない。言いたくなかったら言わなくていい。踏み込んだことを聞いた」


 私の沈黙を不快と取ったのか、シリルが頭を振って遮った。


「ううん、大丈夫。なんて言ったら伝わるのかなって、考えてただけ」


 シリルに上部だけの答えは返したくない。私はひとつひとつ言葉を探しながら、彼への返事を考える。


「あの日はさすがの私も落ち込んだよ。今まで積み上げてきたもの全部が崩れていく感覚っていうか、もう、呆然っていうかさ。心が空っぽになっちゃって、途方に暮れた。泣くとかそういう気持ちも湧かなくて……ああ、夢が終わったんだなって」


 試験前日、家族に向かって「大丈夫大丈夫、楽しみにしてて!」などと、ヘリオドール駅の電話から啖呵を切ったのに、蓋を開けてみればこれだ。情けないやら恥ずかしいやら、それと同時に虚無感みたいなものが体の中心に居座って。両手に抱えた荷物たちが、やけに重たく感じられて。


「けどね。なぜか分からないけど、『このまま終われないじゃん』って急に思ったんだよ。単純なことで道を絶たれてしまったけど、ただすごすご家になんて帰れない。応援してくれた家族に胸を張れない。私、ここで、何かできることがあるはずだって。突然思い立っちゃって。単純に、往生際が悪いだけかもしれないけど……勢いよく顔をあげたら、そこにオルムステッド料理長が腕組みして突っ立ってたわけ」


 そして料理長に言われたのだ。『魔術師の手足になり血肉になり、最高のサポートができる仕事を教えてやる』と。ぐわっと視界が開けた気がした。何の仕事かも分からなかったけれど、一も二もなくついていってしまった。

 一言でいえば、そう。運命を感じてしまった。


「私、努力は必ず報われるなんて甘えたことをいうつもりはないけど、諦めなければ運命は引き寄せられるって信じてる。だからね、根拠は? って聞かれると難しいんだけど……でも絶対、必ず道はあるから。その人にとって、一番いい道がさ」


 上手く伝えられたかな。シリルを見上げると、彼は小さく「そうか」と呟いて、なぜか私の頭をぽんぽん、と叩いた。


「え、わっ、ちょっとなに?」

「君は強いな」


 一言だけ漏らしたシリルの表情は頭上の手で見えない。ただその響きに、なんとなく認められたようなものを感じて、私はなんだかむず痒い気持ちになる。

 気恥ずかしくなって、わざとらしい咳払いをしていると。


「ほう。シリルもそんな顔ができるんだな」


 聞き覚えのある『嫌な予感のする』声が、ふと耳を掠めた。ぎくりとして横を見る。するとそこに、思い描いた通りの人が。


「で……アッシュさん!!!」

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