14 伝えるという選択
ああ、なるほど。
だから彼はスーザンを表立って褒めたりしなかったのかも。私は少しだけ理解した。
魔術師としてこうあるべき、こうあって当然という彼女の意思を尊重して、あえて何も言わなかったと。素直じゃないスーザンのことだ、容姿や服を褒められても魔術師にそんなものは必要ないと言いそうだし、魔術を褒める機会ってそもそも部外者にはあんまりない。
彼の思う誉め言葉を全然言ってこなかったことが、結果的に正しい判断だったかどうかは別として。
うん。聞けば聞くほど『犬も食わないなんとやら』な気がしてきたけれども。ロマンス小説もびっくりな両片思い物語だけれども。
一応殿下に意見を求められたので、私は「ぐだぐだ考えてないでスーザンに告白しろ」をオブラートに包んで言える言葉はないか脳内を探し始めた。『アーサー殿下をぎゃふんと言わせよう作戦』は現在も進行中ですからね。スーザンの気持ちを勝手に彼に告げるわけにはいかないけど、スムーズに計画を進めるためには援護射撃も大事大事。
「アッシュさんのそういう、全部丸ごと愛する優しさと強さって、めちゃくちゃすごいことだと思います。相手のことを心の底から思っていても、その決断は難しいものだし」
それってなかなかできないことだよ。そう思うけどね。でもさ。
「私、王家のご学友が輩出できるほど高貴な家柄の出じゃないので正直分からないです。それでも、結婚は好き同士じゃなきゃいけないとか、上流階級のしきたりなんて知らないとか。生まれを無視するようなことを言う気は全然ないです。無いですけど……婚約内定っていうのは、一応向こうには婚約を受ける意思があったって事だと思うんですよね」
アローラ家は王家からの打診だからといって、娘の気持ちを無視して婚約を進めるような家じゃない。それは家どうしの付き合いの長い殿下なら知っているはずだ。
「それなら、勝算はゼロじゃないんだし、難しいことを考えていないで『俺の手で幸せにしてやるからこっち向け』くらいのことは直接スーザンに言ってみてもいいんじゃないですか。知らんけど」
あ、最後に素が出ちゃった。慌てて手で口を塞いでみるも、飛び出した言葉は戻らない。
殿下は一瞬だけ目を丸くして私を見た。そして一拍おいて、腹を抱えて笑い出した。
「あっはっは! 君、面白いな!」
「え、え、いやすみませんごめんなさい、思ったことがすぐ口に出てしまうの、なかなかなおらなくて」
「いやいや怒ってないぞ。アナベルの言う通り、頭でごちゃごちゃ考えすぎていたな。俺は彼女に思っていることの100分の1も伝えていないなと反省したんだ」
彼はばくり、と手に残っていた最後のサンドイッチを口へ放り込んだ。
食べ終えて唇をそっと拭った様になぜか気品があって、この人が良いお育ちの家でお生まれになったやんごとなきお方だということを実感させられた。
「内定を受けてくれたんだから、これから交渉の余地があるくらいには自惚れてもいい」
「そうです、そうですよ。だいたい『想い人がいる』っていう情報だってシリルが疑問系でスーザンに問いかけただけですよ。事実かどうか、確認してないんだから信じるのはまだ早いです」
私がそう付け足すと、ピタリと殿下の動きが止まった。
「そういえば……そうだったな?」
「はい」
「アイツ、まさか俺を嵌めて……」
いや、一応嵌めてはいない。全部言ってないだけで。いややっぱりわざとミスリードを誘ったんだから嵌めたのか?
ピクピクとこめかみに青筋を立てはじめた殿下は勢いよく立ち上がる。よかったよかった。立てないほどフラフラだった殿下は怒りを爆発させられる程度には回復したようだ。
はたと振り返った殿下は、座ったままの私を見下ろしてふわりと表情を和らげた。
「アナベル、結局サンドイッチを全て奪ってしまってすまなかった。本当に美味かったよ」
「庶民の味で申し訳ありませんが、お口にあったようでなによりです」
自分一人で作った料理を褒められる機会って、実はあまりない。私の仕事の『下仕込み』は味付けに直接関わる部分じゃないし、『今日の千切りキャベツとってもキレイだね』とか言ってくれる人はそうそういない。だから殿下が率直に褒めてくれたことは、結構嬉しかった。にやにやと口角が上がってしまう。
「君が作ったものなのか」
「え? そうです。これでも一応料理番の端くれでして」
「そうか料理番か。それでシリルが一緒にいたのか」
途端に殿下が苦々しげな表情になる。
「アッシュさんって、シリルのこと嫌いですよね」
「嫌いではない苦手なだけだ」
食い気味に否定された。それってなんの違いがあるんだろう。
「ヤツが真面目で信用に足るいい男だということは知っている。彼とも長い付き合いだしな。だがいかんせん、分かりにくい」
「ああ、たしかに口下手ですし……でも、よくみると表情が結構ころころ変わってるから、観察するの楽しいですよ。笑うと意外とかわいいですし」
私は片目をつぶっておどけておく。「そうか?」
と首を傾げる殿下は、あの爆笑したシリルを見たことがないのだろうなと思った。
「かわいげがない、の間違いじゃないか……?」
「いえいえ、結構冗談も言いますし意外とお茶目です」
「俺が知っているシリルとは別人だな」
殿下は顎に手を当てて考え込んでしまった。ここの絡まりを解くのもなかなか難しそうだ。
「とにかく。今後は落ち込んでいても、食事を抜いて周囲を心配させるようなことはしないでくださいね。お腹が減っていると、なんでも悪い方へ思考が向きがちになってしまいますよ。悩み事がある日は、美味しいもの食べて寝るのが一番だって料理長も言ってました」
「……一理あるな。気をつけよう」
うーん、と伸びをした彼にならい、私も敷物を畳むことにした。今日は魔術師ウォッチングを取りやめて、少し街歩きをしたら行きつけの食堂に入ることにしよう。立ち読みしたい本もある。
「アナベル、この恩は忘れない。君がスーザンの友人だというならまた会える機会もあるだろう。必ず礼はする」
「いやそういうのはいらないです! 本当に! いらないです!」
「まあそう言うな。婚約パーティーには招待するよ」
「上流階級のお付き合いとか無理です!!!!!」
毒見もしないサンドイッチを差し上げただけなんで! むしろ護衛の方とかに見つかったら怒られるパターンなんで!
私の悲鳴虚しく、殿下はひらひらと手を振って街の方へ歩いて行った。最後の言葉を取り消してもらおうと二、三歩追いかけたけど、気づいたら彼の姿は認識できなくなっていた。
「あれ、いない……?」
変装の魔術か、転移の魔術か。
分からないけど、やっぱり王族の使う魔法は高等だ。普段なかなか見られない魔法を使うならもうちょっと発動する瞬間を見極めたかった。まさかそれすら叶わないなんて。
「えー……悔しい……」
私はがっくりと肩を落とした。まあ、見られなかったものは仕方がない。伸びをして立ち去った殿下の真似をして、両手を空につきだしてみる。
ベタ甘い話を聞いた後だからか、思いっきり甘いスイーツが食べたくなってきた。街のケーキ屋でオススメのケーキでも買って帰ろうかな。ついでだからシリルも誘ってお茶会してもいい。
さてと。休日を仕切り直しますか。
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