13 とりあえず、サンドイッチでも
「えーと、どうしよう、ちょっと待ってくださいね」
まずは倒れそうなこの人を少しでも回復させなければ。というかちょっと待ってシリル、ここまで殿下を憔悴させたあなたの罪だいぶ重くない? 大丈夫?
私の背負ってきたカバン、カバンの中に……ああ、あった。
水筒と小ぶりのバスケットを引っ張り出す。もちろん、お手拭きまできっちり用意済み。中身は私が魔術師ウォッチングをしながら食べようと思って用意してきた朝ごはん、そう、アナベルの特製サンドイッチです。
私はテキパキと敷物を広げて自らそこに座り、ポンポンと隣を叩いて彼の着席を促した。
「とりあえず、これ食べましょう!」
「……いや。それは、君の」
「私、人が飢えているのを見て放っておけないタチなんです。ほらほら、美味しそうでしょ」
ぱか、とバスケットを開けると、ペーパーにくるまれたパンが顔を出す。ごくりと彼の喉が鳴ったのが分かった。
死ぬほどお腹が空いているだろうに、一応こちらを気遣ってくれるんだな。やっぱり、ただワガママなだけの人じゃなさそうだ。
近くにある街の食堂があくまで時間がまだある。そして魔術師寮には連れて行けない。となれば、ここで何かを口に入れるしかないだろう。
「私はとりあえず今はお腹空いてないので、どうぞ遠慮なく。こっちがスクランブルエッグとカリカリベーコンのサンドイッチで、こっちがフレッシュストロベリーのジャムにクリームチーズが挟まってるやつ。どっちも大好きな組み合わせなんです」
美味しくないわけがない王道サンド。ごくり、と唾を飲んだ殿下は、おそるおそる私の作ったサンドイッチを手に取った。
すごく馴れ馴れしくしちゃったけど、そういえばこの人王族なんだった。もしかして毒見とか必要だった? とちょっと冷や汗をかいている間に、殿下は臆することなくベーコンのサンドイッチをパクリ。あ、食べちゃった。
「……うまい」
ぼそり。
呟かれた言葉と同時に、見開かれた焦茶色の目。きらり、と一瞬だけ、鮮やかな金色が瞳に覗いた気がした。
続けてふた口、三口。
おお、すごい勢いでサンドイッチが消えていく。 大袈裟なリアクションじゃなくても、本当に美味しかったのが伝わってくる人っているものだ。すごく嬉しいし、料理番冥利に尽きる。スクランブルエッグの方、ケチャップの量ちょっと多かったかもしれないんだけど……お気に召していただけたようだ。よかったあ。
「でん……じゃなくて、アッシュさんって軍属なんですよね」
「ああ、まあな」
「今日のお仕事は?」
「……ここ数日ろくに食事もせずに予定を詰め込んでいたら、やるべきことをあらかた終えてしまってな。暇だから抜け出してきた」
平然と言ってるけど、それ大丈夫? 見つかったとき私が怒られるの、嫌ですよ?
おそらく、殿下の所属はこの魔術師寮に程近いところに拠点がある第一師団だ。ゆくゆくは軍全体を取り仕切る将軍になるお方、少なくとも今、要職見習いであることは間違いない。
私が頬をひくひくと引き攣らせていると、殿下はにやりと悪い笑みを浮かべた。
「安心しろ。こう見えて俺はお忍びのプロなんだ。捕まったことは一度もない」
「いやそんなドヤ顔で自慢しないでください」
絶対後で側近の皆さんが怒られてるから。かわいそうに。
「まあ……いくら変装したところで、彼女に会えないのでは意味がないがな」
大きなため息をついて、殿下は一瞬だけ視線をグラウンドの方へ移した。彼の目が切なさを噛み締めるように伏せられて、私はなんとも言えない気持ちになる。
「スーザンのこと、大事に思っているんですね」
「それはそうだろう。仮でも一応婚約者だぞ」
ん?
当然のように言い放った彼のその一言に対して、私の脳内が微かな違和感を告げる。
「あの、殿……アッシュさん。ちょっと伺ってもいいですか」
「なんだ」
「スーザンのことが大事なのって、『王族の婚約者』だからなんですか?」
「そう、だが」
「それ以外の理由は?」
「他に何がある」
それがどうした、とでも言いたげに、彼は首を傾げて見せる。
ああ分かった。分かったよスーザン。そりゃこんな態度なら『好かれていない』なんていう勘違いも起こって当然だ。だってこの人、絶対スーザンに伝えるつもりないんだから!
「王族の婚約が恋愛関係だけで成り立たない事くらいは分かっているつもりですが。第三王子アーサー殿下ってスーザンのこと、婚約云々の前にめちゃくちゃ大好きですよね。それ本人に伝えたことあります?」
「ぐぇっほっゲホッげほっげほっ」
彼はいつぞやパンリゾットを食べたスーザンと同じように激しくむせた。あら、やっぱり動揺しちゃったか。ごめんなさい。
「おま、な、何故そんな、俺が彼女を」
「違うんですか? スーザンが体調崩したって聞いて、無視され中にも関わらず変装までしてすっ飛んできちゃうのに? 意地と根性で病室探し当てちゃうのに?」
「やめろ俺がストーカーみたいではないか!」
『みたい』じゃなくてそうなんですよ。顔を真っ赤にしてぷるぷる震える殿下、ちょっと面白い。
「婚約は両家の契約のようなものだ。その間にお互いの気持ちがどうのなど、持ち込むべきではない」
やがて絞り出した彼のセリフは、明らかに体裁を取り繕うためだけの苦しげな何かだった。
「まあ、上流階級の結婚なんて特にそうでしょうけど。それに婚約前に告白して、もしもスーザンの口から本当に好きな人の名前が出てきたりしたら、立ち直れませんしね」
ぐう、と殿下が黙り込む。図星というところだろうか。わかりやすい人だな。素直とも言える。
「なあ、アナベル、君はどう思う?」
「え?」
私に問いかけてきたその声は、ひどく低くてか弱くて。
彼はまるで迷子の子供のような目をして、食べかけのサンドイッチを見つめていた。
「俺は彼女を手放してやるべきなんだろうか。俺の都合で、家の都合で、彼女を振り回すことは正しいのだろうか。あの日シリルの話を聞いてから、そればかり考えている」
「……」
「俺はスーザンが大事だ。スーザンが大事にしているものも大事なんだ。彼女は『魔術師としての誇り』『アローラ家としての誇り』を大切にしているだろう。彼女が建国演舞に出たいというならそれを応援したい。他の男がいいというなら……家柄が釣り合うのなら、そうしてもいいと思うんだ。第三王子との婚約はあくまでまだ内定なのだし。今ならまだ白紙に戻せる」
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