12 マイペースにもほどがある

 休日、といえば誰もが心躍る単語である。

 当然、私にも楽しみにしている休日というものが存在する。午前中は魔術師の基礎トレーニングを遠目に見学し、昼は街へ行って美味しいものリサーチをしながら屋台や食堂でご飯を食べ、午後は本を読んで過ごす。シリルは魔術師に混ざって体を動かすか、裏厨房でスイーツの試作をしているかの大抵どちらかだ。休日を示し合わせて一緒に過ごすことはほとんどないけれど、ペアは同じ日が休みなので、必然的にどこかでばったり出くわして、結局どちらかの用事に付き合っている、なんてことは少なくない。

 シリルにもし彼女がいたとしたら、私は大変迷惑な付き纏い女だと思う。……あれ? 彼女いないよね? いたら料理番じゅうで噂になっていると思うけど、今度一応確認しておこう。

 

 さて。少々脱線したが、長々と休日について前置きしたのにはもちろん理由がある。その楽しみにしている貴重な休日が、目の前でぶち壊される危険を察知したからだ。


「どうしよう……声、かけるべき、かなぁ」


 私は今、休みの醍醐味『魔術師ウォッチング』にいそいそと出てきたところである。魔術師がトレーニングに使うグラウンドのそばには、並木道がある。ここからだとグラウンドがよく見渡せて、「向こうからは見えにくく、こちらからは見えやすい」という格好のカモフラージュ場になっているのだ。


 いつもの場所に陣取ろうとしたら……最も会いたくない人物が先客としてそこにいた、というこの状況。しかも当人、キノコが生えてきそうなじめじめ具合で、なにやら座り込んで落ち込んでいらっしゃるご様子。

 声をかけるべきか否か。Uターンすべきか否か。貴重なお休みの楽しみをみすみす逃したくないけれど、かと言ってこの人と関わり合いにはなりたくない。

 うーん。でもな。なんか様子が……変だし。仕方ない。声をかけよう。


「あのぅ……大丈夫、ですか……」


 そうしておそるおそる発した私の声は、弱々しく背中を丸めてしゃがみ込んだ、ベリル皇国第3王子アーサー殿下こと、アッシュ・ブラウンさんの背中に着弾した。


「……君には俺が大丈夫そうに見えるか?」


 背を向けられたまま覇気のない声で返事される。

 

 大丈夫に見えないから声かけたんですけど。

 とは言えないので次に言う言葉をどうしようかと考えていたら、がばりと唐突に殿下が立ち上がって私の方へ振り向いた。


「ああ失礼。俺としたことが情けない。どうかここで人を見かけたことは内密に……って君は」


 カッコつけながら滔々と自己弁護を始めた殿下は、私の顔を見るなりハッとした様子で固まった。


「あ、ええと……私はアナベル・クレイトンです。以後、お見知り置きを」


 ひょおえええええ。

 王族に名乗っちゃったよ。ご挨拶しちゃったよ。

 料理番見習いの時に魔術師と合同で習った最敬礼でとりあえず無礼はないはず、たぶん。ぎこちなくお辞儀をすると、慌てて先方から「いや、今はそういうのはいい!」と制される。

 いいって言われましても。はいそうですか、とは言いにくい。私は平然と席についてスープを飲み直したシリルではない。

 

「今はただの『アッシュ・ブラウン』だ。君と俺は対等。そのように振る舞ってくれ。頼む」

「か、かしこま……わかり、ました。わかった」

「君は先日、スーザンと食事を共にしていた友人だな?」

「ええ、まあ」

「彼女の婚約については」

「内定した、ということだけは一応。他は知りません」

「何か……彼女は言っていなかっただろうか? その……婚約した相手について」

「え、いや……特に何も」

「……そうか」


 再びしおしおと『しおれ殿下』になってしまった彼は、私に背を向けてまた座り込んだ。


 えっ。会話終わり?


「アナベル……いや失礼、君のことはアナベルと呼んでもいいか?」

「あっハイ」


 終わってなかった。突然背中向けるしなにかと思った。しかもそのまましゃべり始めるし。めちゃくちゃマイペースじゃん。


「俺は……いや、スーザンの婚約者は……何故嫌われてしまったのだろうか……?」

「えっ?」


 えっ、それをほぼ初対面の私に聞く?

 ていうか『嫌われた』と思っているの?


 さっきから「えっ」しか出てこない。


「ああいや、違うな……別に最初から好かれてはいないんだった……彼女には……想い人がいるん、だよな……」


 わあ。

 私は自分の顔から表情が抜け落ちて無になったことを自覚した。

 明らかにシリルのセリフのせいでショックを受けていらっしゃる。そういえば、なぜシリルはあんなミスリードを誘うような爆弾発言をしたのだろうか。その辺の真意を聞いておくの、忘れてたな。


 とにかく、殿下、じゃなくてアッシュさんには、一秒でも早くこの茂みから立ち上がって移動してもらいたい。一国の王子がこんなところでうずくまってしょげているなんて外聞が悪い。それから、一応この並木道は敷地外ではあるが、魔術師寮へそう何度も、変身した部外者に侵入されるのは困る。

 前々から思ってはいたんだけど、お付きの人とか護衛の人とかがすぐそばに控えていたりしないのだろうか。いるなら回収してくれませんかね。いないなら……そうだなあ、手間だけどシリルを呼び出すか……と言っても、私は今魔法が使えないから呼び出すとしたらそれはそれはめんどくさい手順を踏むことになるんですが……


 と、私がまたもやぐるぐる考えていると。



 しゃがんでいた殿下の体がゆらり、とゆっくり右へ傾いた。


「へっ!?」

「ああ、アナベル……すまない……腹が……」

「腹? お腹が痛いの?」


 思わず駆け寄った私の服の裾を掴み、彼はうう、とかすかな唸り声を上げた。


「待ってすぐに医務室から誰かを呼んで」

「いや、行くな、俺がここにいることは内密なんだ」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう!」


 私が意地でもその手を払いのけようとすると、殿下が力なく首を振る。


「大丈夫……これはその、腹が……て……」

「何!? 聞こえない!!」


 彼の言葉をはっきり聞き取ろうとして、慌てて耳を寄せた私に、信じられない一言が飛び込んでくる。


「腹が、すいた…………………」

「………は?」

「一昨日から、水くらいしか口にしていなくて……」



 何、この、どどどどどマイペース人間。

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