5お見舞い
息を、吸って、吸って、吐いて。
大きく吸って、また吐いた。
「準備体操はその辺でいいか?」
「準備体操じゃないっつの」
わたくしアナベル、緊張のあまり病室の扉の前で絶賛深呼吸中です。
ここは昨日の医務室から少し離れた場所にある個室の病室だ。基本面会謝絶のこのエリアに、アローラさんの容体が落ち着いたところで移されたということだった。情報源はシリル兄のスタンフォード最高司令官である。ありがたくコネを使わせていただきました。
まあ、アローラさんは副官、いわゆるお偉いさんなので、色々と事情があるんだろうと思う。あと、医務室に副官がいたらみんながおいそれと怪我とか手当てしに行けないよね。その辺の配慮もあるんじゃないだろうか。
今日は我々二人は完全オフだ。が、街に出るわけでもないのに隊舎内で私服もなんとなく気がひけるので、例の真っ赤なトレーニングウェア姿である。ダサい。
「見舞いの了承は兄を通して得ているんだ、何をこれ以上ためらう必要がある」
「それとこれとは話が別」
イアンさんを通した許可で『なんとか』ねじ込んだものだよ、この面会は。ためらわない方がおかしいと思うね。
はあ……でもいつまでもここにいるわけにもいかないし。玉砕覚悟で行きますか。
私が手に持ったお見舞いの花籠を握りしめて顔を上げると、既に相棒の姿は隣になく。
「失礼する」
おおおおおい!!
置いていくなよバカヤローーー!!!
つかつかと病室に踏みこんだシリルの後を、慌てて追う。陽の当たる窓際のベッドに、スーザン・アローラ副官が体を起こしていた。
窓から差し込む日差しで、背中につく長さの美しい金髪がきらめく。私たちの姿を認めると、彼女はニッコリと微笑んでくれた。
彼女の手の甲にそっと口づけの挨拶を落とすシリルがやたら絵になる。うわぁ、美男美女の威力こわい。
「ご気分はいかがでしょうか、アローラ副官」
「嫌ねシリル、かしこまっちゃって。どうもこうもなくとても元気よ、昨日よりはね」
顔色こそいいとは言えないが、その言葉に嘘はないようだ。受け答えもハキハキしていて、少し話ができそうな雰囲気だった。ややつり目がちな美人タイプ、もとい、しんどそうなのもあってか色気がダダ漏れのお姉さんタイプ。
昨日は寝ていたから分からなかったけど、一見こげ茶に見える瞳は宝石のような赤さを湛えているのが見て取れた。綺麗な色をしているなあ。あとあの、これを言っていいのかはためらわれるけれども、体型が非常にグラマラスでうつくしい方ですね。ちょっと分けてほしい。
「あー……じゃあ言葉に甘えて、いつも通りで。こちらが、昨日一緒に医務室まで付き添ってくれたアナベル・クレイトンだ」
「う、は、はじめまして!」
瞳の色などなどに見とれていたらちょっと心構えが遅れて、声が裏返ってしまった。顔から火が出るかと思うほどめちゃくちゃ恥ずかしい。アローラ副官はまたくすくすと笑って、「いつも話はシリルから聞いていたから会いたかったの」と握手してくれた。シリルが私に関して何の話をしているのか大変気になるが、ちょっと忘れよう。後で問いただす。
相変わらず彼女の指先は凍えるように冷たかった。
お見舞いの花を窓際に置かせていただいて、私たちは促されるまま近くの椅子に腰かける。
「最近ずっと、あまり体調が思わしくなかったとシリルから聞きました」
「たしかにここ最近、めまいがひどくて。ドクターからは病気の影はないから、疲労か演舞のプレッシャーなんじゃないかと言われたんだけど……あまり自覚はないの」
主な症状はめまいね、なるほど。
「昔からよくあるんですか? 立ちくらみとか」
「いいえ、まったく。昔から体は姉妹のうちの誰よりも丈夫だったし」
「あ、妹さんがいらっしゃるんですね!」
「三人姉妹なの。もう二人とも結婚してしまって家にはいないけどね」
「そうなんですか。私もアローラ副官みたいな素敵なお姉さんが欲しかったなぁ」
「スーザンでいいわ。私とあなたの間に上下関係は無いのだし」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
世間話も交えながら、私は今日一番伝えたかったことを切り出した。
「じつは私、昨日の演舞練習を見ていたんですが……スーザンさんが演舞練習で見せてくれた炎に惚れちゃったんです」
「……え?」
「なんて美しいんだろう、なんて綺麗な魔法を使う人なんだろうって。あれは心の底から希望が満ちてくるような、暖かい炎だった」
彼女は一瞬、びっくりしたように目を丸くした。そりゃまあ、初対面に近い女の子にぐいぐい来られたらちょっと引くよね。悪いとは思っている。でもガンガン行きますよ。
「だから、スーザンさんの魔法を絶対本番の演舞で見たいんです。ただの疲労や立ちくらみなら、もしかしたら私たち料理番が解決できるかもしれません」
瞳の奥に、さっきまでなかったルビーの輝きが揺らめくのが分かる。うん、それが見たかった。
「私たち、『自分が食べたもの以上の存在にはなれない』んですよ」
「食べたもの、以上?」
「はい。食べものが体を作る、それは誰もが知っていることです。でも、真の意味で理解している人は多くありません。人は食べものを摂取して体を作りますが、つまり脳の細胞、指の神経をうごかすひとつ、魔力を練り上げるひとつにさえ、食べものが関わっている、ということなんです」
スーザンさんが私の目をじっと見てくる。真意を掴みかねているようだった。その目の圧力にちょっと怯む。
「ですから、薬で疲労回復を図るよりも、しっかり召し上がって、魔力循環を整えるのが一番の解決法なんです。そのために私たちは日々、責任を持って調理に当たっています」
沈黙が痛い。スーザンさんの表情からはなにもうかがえない。でも、言わなきゃ。言ってダメならその時はその時だ。
「あなたの魔法を作るお手伝い、私たちにさせていただけませんか?」
「魔法を、つくる……」
「はい」
彼女は軽く目を閉じた。それから深いため息をひとつ。
う、やっぱダメ、なのかな。
そう思った時、ガシッ、と私の膝の上にあった両手を握りしめられる。
「うぇ?」
「私、演舞に出たい。五年越しでやっと叶えた演舞に出るという夢をこんなところで終わらせたくない。私の魔法を褒めてくれた、あなたの期待に応えたい」
「スーザンさん……」
彼女は国が傾くような美女スマイルで、にこり、と私に笑いかけた。
「お手伝い、してくださる?」
「もちろん!!」
やった! よかった!
後方に立つシリルを見上げると彼も頷いてくれる。私の言葉を引き取るように彼は続けた。
「まあここからは具体策ということになるが……スーザン、ここ最近の立ちくらみについて、何か自分で思い当たることはないか。ちょっとしたことでもいい。生活習慣を変えたとか」
「ああ……そうね、そういえば、」
彼女の口から飛び出したのは、予測もしない恐ろしい言葉だった。
「ここ数週間、食事を一切取ってなかったわね」
『……は?』
「エネルギー補給ゼリーと、魔力補充剤だけで生活してたから」
『は????????』
シリルと私の声がハモってしまったのは、悪くないと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます