第16話
メイの眼を覚まそうと呼びかける。
肩を揺さぶったり、声掛けをするが一向に目覚めない。
「いやそんなことしても目覚めないよ?」
が、ミヤコはあっさりと否定した。
僕はてっきり、あの怪物を倒したから色々解決したのかと思ったのだが、どうやら違うらしい。
「言ったじゃん。倒せないって。あれはね、子供と女の子は絶対倒せないようになってるんだよ」
「……それはどういう」
「もともとの話はこの山の神社だかお寺だかの成り立ち……縁起ってやつ?なんだけど。詳しい話はそこまで知らないから自分で調べて。ま、この地には子供を文字通り食い物にする怪物が眠ってる……ってところかな」
などと「自分は知りません」とでも言うような感じでふよふよと浮いている。
だが、少なくとも彼女は僕よりも事情を知っている。何が起きているのか、何をされたのか……それをミヤコは把握しているはずなのである。なのに言わない。
いや、それ以外にも聞きたいことはいくらでもある。
「そもそもさ、ミヤコは何者なんだ?」
「前にもいったじゃん。その質問は「人間とは何か?」みたいなこと聞くようなもんだって」
「いいや、違う。僕には両親がいる。いつ、どこで生まれたかもわかってる」
ミヤコは僕が生まれた時からずっと一緒にいたわけでは無い。
ある時から———メイの話を信じるなら、ミヤコという生身の女の子と出会ってから彼女は僕の傍に現れたことになる。何らかのきっかけがあって発生したはずだ。
そこからはひとつの仮説が出てくる。
「……メイの話とか、あるいは僕が朧気に残っている記憶なんかを合わせて考えたんだ。ミヤコ、君はもしかして———この地で死んだ女の子なんじゃないか?」
「へぇ?いや、いいよ。続けて」
「お言葉に甘えて続けるよ。その女の子は特殊な能力を持っていた。霊能力のような力———そして君はこの山に住む怪異を倒すところを僕たちに見せようとした。あの大百足だ。そのためにこの山に入り込み———だけど君が言う通りなら、女の子にあの怪異は倒せないことになる。だから———」
「死んでしまった?」
「そういう解釈が成り立つと思う」
ミヤコは僕の推理をただにやにやと笑いながら聞いている。
うーん、そうだなぁ、などと勿体ぶりながら僕の周りをふよふよと浮くだけである。
「ほかの推理はなんか無いの?」
「……ひとつ、思い出したことがあった。あの怪異に首を締められて、もうすぐ死ぬかも……というタイミングで、走馬灯のようによみがえってきた記憶———そこで君は『名前を呼ぶように』と言った。君は多分、あそこで呪いをかけたんじゃないかと思う。ピンチの時に僕を助けられるような、そんな呪いを。それが君。守護霊としてのミヤコなんじゃないか」
「———はい。では回答を打ち切って点数を発表します。んーじゃかじゃかじゃかじゃ……60点!」
「ギリギリ赤点か」
「再履修だね」
ミヤコは胃が痛くなるような喩を用いた。正直やめてほしい。
「とはいえ0点というほど的外れじゃないんだよねぇ。あれだね、やっぱり答え合わせしなきゃだね。先生のところに採点してもらいに行こう」
「……君がここで教えるわけにはいかないの?」
「うん。わたしはフーの疑問に答える立場にないというか、答えることが許されて無いというか」
ミヤコは許されていない、と奇妙な言い回しをする。
許されていない、ということは、彼女になんらかの許可を与える上位者が存在するということになる。その主は僕ではない、とすると誰なのだろうか。
ともかくも、この場所から登る必要がある、とミヤコは言った。
あの百足はまだ除霊したり消滅させたりしたわけでは無いし、メイはまだあれが放った呪いに身体と精神を侵されているという。この谷底でうかうかしていると、あっという間にメイの身体は持ってかれてしまうらしい。
贅沢言うのをやめて、彼女を背負って谷を登ろうと腹をくくった。もはやどうしようもない。命が助かっただけ、儲けものと思うべきだろう。
労力と体力を消耗しながらなんとか二人で谷底から帰還する。
なんとか、人間の道に戻ってこれた。できればもう少し休みたいところだったが、ミヤコは時間が無いからすぐさま出発した方がいい、と珍しく神妙な表情で言う。
「マジで。ここヤバいから。わたしとフーだけならなんとかなるよ。フーはもう成人した男性で、アレが呪いをかけられる年齢を過ぎてる。メイちゃんを操るっていう物理的な方法でしか危害を加えられない。わたしは見ての通り、余裕でボコボコにできる。けど、メイちゃんは違う。女性である、というだけで簡単に呪えるから」
いつものふざけた様子が全く見られなかったので、ミヤコの言うことにおとなしく従うことにした。改めてメイを背負う。
「……で、どうすればいいのさ?一端降りる?」
「いいや。山は降りない。登りきる。この先には鈴山寺がある。そこにたどり着ければ、メイちゃんを助けることが出来る人間がいるはずだよ」
そして、そこにはミヤコの存在を知っている———ミヤコが言うところの答え合わせができる人間がいる、ということになる。
あの日、幼い僕たちに何が起きたのか。ミヤコという少女が何者なのか。それを知っている人間がいる。
もはや引き返す選択肢など無い。
僕は意を決して、坂道を踏みしめていった。
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