第12話

 朝ご飯を食べ終わり、ちょっとしてからメイは民宿の女主人に名刺を手渡した。


 城南大学 民俗学研究会 会長 庄司明夏


 書かれている内容はすべてでたらめだった。城南は僕の通う大学の名前だった。しかし民俗学研究会というのはそもそも存在しない。フォークロア研究会という名称の研究会なら存在するが、ともかく存在しない研究会の会長に在学していない庄司明夏がなれるはずがない。一から十まで嘘しか書いていない名刺だった。

 これは先ほど、メイの提案で即席で作ったでっちあげの名刺だった。メイが持ち込んでいたノートパソコンでデザインを起こして近所のコンビニのネットプリントで印刷したものである。とはいえ名刺があると説得力がでるようで、民宿の女将は「それはそれは。どちらからいらっしゃっいました?」などとねぎらいの言葉を掛けた。


「東京の方です」


 すかさず僕が口を挟む。とある先生が言っていたテクニックだ。遠くの方から来た、という印象を与えられれば相手は折角きたのだから、と話をして貰いやすくなるのだという。


 効果は覿面だった。そうするとトントン拍子で話が進む。メイは嘘を吐いている後ろめたさも何も見せること無く、知りたい情報を的確に聞き出していった。社交性お化けと言わざるを得ない。


「ムカデ山ですか。それなら小さい頃、お坊さんに聞かされた覚えがありますよ」

「お坊さんですか?」

「ええ。祖父の三回忌だったかしらねぇ。ああいう法要ってお坊さんが関係ない話とかするもんでしょ?」

「ああ……そうですね。私も覚えがありますわ」

「そうなのよ。んでね、基本的には退屈なお話なんだけど、その日はなんだか怪談みたいな、童話みたいな話をしてねぇ」

「どんな話です?」

「なんだったかしらねぇ。確か……そう、鈴山ってあるでしょ?北側の、お寺のある方。そこには昔、大百足がいて村人を苦しめていたんだけど、それを巫女さんが退治してくれたお陰でこのあたりは平和になった、みたいな。そう、それでそこが元々は百足山と言われていたのが、巫女さんが鈴の結界を張ったから鈴山と言われているんだ、っていう話だったかしら」


 彼女は語り終わると、恥ずかしそうに「なんか取り留めの無い話でごめんなさいねぇ。本物のご住職の話はもうちょっと面白かった気がするんだけど」と申し訳なさそうにしていた。僕とメイは礼を述べて部屋へと戻る。


「フー、どう思う?」


 戻るなりメイはそう聞いてきた。


「いきなり大当たりじゃないかな。このあたりでは有名な話なのかも知れない」

「まぁ確かにムカデ山が鈴山とイコールってのは知れたけどさ。でも変じゃない?」

「なにが?」

「だってお寺のお坊さんがした話なのに、出てくるのは巫女さんじゃない」


 そこらへんどうなの、とメイは合点が行ってないようだった。


「ああ……勘違いされがちだけど、別にお寺と神社って昔は明確に別れてた訳じゃ無いからね。基本的に別れたのは明治以後だったはずだよ」

「そうなんだ。なんか別物ってイメージあったけど」

「神宮寺って聞いたことない?お寺と神社がセットになってるっていう。そういう場所では日本の神様は仏教における何とかという守護神で……みたいな当てはめが行われることが多かったんだ」


 日本の宗教観というのは古来から緩い―——いや、緩いと言うより現代の僕たちが持つ宗教という語とは別のルールで動いている側面があった。

 それを明治以後、神仏分離を進めたことで画一に慣らして行ったという歴史がある。だが、本来はそのように明確に分離出来るようなものではないはずだ。

 山のあるこの周辺では仏教というより山岳信仰の側面が強かったのでは、と推測することもできる。大百足はおそらく祟り神だったのだろう。それを鎮める役が巫女、つまり宗教者であった。そうなると、この話は鈴山の寺社の縁起となっているのではないか。先ほど俵藤太の話が少し話題に上ったが、それとよく似た話だった。

『山の大百足を退治したことで地域の秩序を護った。だからこの地域に根を降ろすのは正当な権利である』

 という主張のための話である可能性が高い。その後、日本の歴史の流れに沿って仏閣としての地位を定めはしたかも知れないが、元々は神社でもあり寺社でもあったのだろうと考えられた。

 と、僕が考えられる限りのことを語って見せるとメイは妙に感心しているようだった。


「なんだかんだ勉強してるってわけね」

「なにその言い方」

「いやいや。やっぱりフーってばぼーっとしてるイメージが強かったから」


 とはいえ僕の考えが素人の推察に過ぎないのも確かだ。この周辺のことについて詳しく調べていないし、僕はといえば民俗学科に籍を置いてこそいるが一年目を終えたばかりだ。専門家にはほど遠い。


「とにかく場所は分かったわけだし、折角だからその鈴山を見に行きましょうか」

「……そうだね。それがいい」


 僕は彼女の提案に同意した。やはり実際に行ってみないことには分からないだろう、と思う。何を分かろうとしているのか。分かったとして何が変わるのか。確信は無かった。

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