第6話
父親が経営者らしく、クラスで一番の金持ち。そこにサバサバ系女子の気質が相まって、とにかく彼女は人から好かれていた。
僕は、といえば実は彼女のことが嫌いだった。
苦手だった、と言うのが正確か。彼女はとにかく遠慮が無かった。僕が何かを忘れれば説教してくるし、遠足ではぐれかければわざわざ僕を探し出して手を引いて班まで引っ張ってくる。
つまり僕は、彼女に対して引け目を感じていたのだ。最初の頃は僕と会話するたびにイライラした様子だったので、そんなことなら僕に関わらなければいいのに、と思ったものである。
それがいつの頃からか、関係性が変わっていった。彼女は僕のことを対等な友人として扱いだした。僕は訳も分からずそれを享受した。今から思えば、ミヤコのおかげかも知れない。彼女が僕の傍に現れるようになってから、メイは僕に一目置き始めたようにおもう。ミヤコという守護霊が現れてから、僕は妙に鋭い占い師みたいなポジションにつくようになっていた。メイはそれを人間観察力の賜物のように思っていたのかも知れない。
「あんたはほんっと変わんないわね。安心通り越してイライラしたけど、さらに一周して感心しちゃうわよ」
「ごめん……。そういう君は昔とずいぶん雰囲気変わってたから」
失礼な話かも知れないが僕が彼女を認識するのに利用していたのはもっぱらツインテールだった。艶々とした束感のある彼女のツインテールはかなり印象的で魅力があった。顔つきも変わっていたし、雰囲気も落ち着きが備わるようになっていた。
「正直な話をすると、君を探してた」
「……口説き文句みたいなのさらっと言うわね、さらっと」
「本当だよ。メイがいてくれればいいのにな、なんて思ってたら、君がメイだったんだな」
相当馬鹿っぽい言い訳をかます。だがメイはと言えば妙にまんざらでも無い様子だった。「思い出したんならいい」と機嫌を直し、改めて近況報告をすることになった。
メイは都内のとある大学に通っているようだった。所属は経営学部だという。なんだか彼女らしいように思えた。
「なんだかイメージ通りだな。君らしいよ」
と、僕が感想を述べるとメイははん、と鼻で笑い飛ばした。
「私らしい、ね。私らしさって何?」
彼女の顔を見れば耳のあたりが真っ赤に染まっている。飲み過ぎでは無いか、と心配になる。案の定、彼女はまさに絡み酒という様相で言葉をたたみかけた。
「そもそもさ、私は別に経営者なんてやりたくないわけ。私の人生は私が決めるべきでしょ?みんなそのはずなのに。私はどういう人間になるのか、どういう人間になるべきかのかとか、そういうのが生まれてから今日まで全部決められてきたようなモノでさ。それがもう、ホントやってらんねーっての」
彼女は誰もが知っているような大企業の経営者一族出身だった。大学も「後継者になるための勉強をすること」を前提に選んだらしい。彼女は一通りの呪詛と気炎を吐ききると、はぁ、とため息を吐いてうつむいた。
「……なんかごめん。あんたが悪いわけじゃ無いのに愚痴いいすぎた」
「いや……君も大変なんだな」
「あんたはどう?今何してんの?」
「ああ、君ほど有名大じゃないけど、一応大学通ってるよ。民俗学やってる」
「民俗学?あんたは意外よね……いや、そうでもないか。やっぱり地方の伝承とかしらべてるの?」
「そうだけど……どうして?」
「どうしても何も。あんた山の怪異がどうとか、色々熱心に聞いてたじゃない」
心当たりが無かった。
確かに僕の傍らには常にミヤコがいた。彼女の存在について知るために、何らかのアプローチを仕掛けられないか、という思いから何個かある選択肢の内、民俗学を勉強する道を選んだ。だが、そういうものに取り立てて興味を示した姿をメイに見せた覚えは無いはずだ。そもそも、ミヤコについて調べようと考え出したのは中学生以降のことだ。メイがその僕の姿を見ているはずが無い。だが彼女は「確かにそうだった」と断言した。
「そもそも聞いてたって、誰に?」
「昔いたじゃん。あの女の子」
「女の子?」
「そ。あんたと妙に波長が合ってた子、いたでしょ?お寺だったか神社の子でさ、儀式がどうだとか、山がどうだとか、守護霊がどうだとか、色々話してたじゃない」
そんな話は知らない。知らないはずなのに、一蹴できない。彼女の言っている言葉を頭でかみ砕くにつれて、僕が長年隠してきたことについて言い当てられているような感覚になる。
「それからでしょ、あんたが妙に占いとかマジックとかやり出したの」
確かにどちらもやっていた。ミヤコが仕入れてきた情報を元に相手の悩みやら昨日の夕食などを言い当てたりする他愛のない遊びだ。 だが、思い出せない。その女の子と出会ってから?その子って誰だ?
やがてメイは僕の疑問に答えるかのように呟いた。
「どうしてんのかしらねミヤコちゃん」
ミヤコ、という言葉が彼女の口から出た瞬間、僕には彼女が何を言っているのかよく分からなかった。やがてその意味を理解すると、嗚咽が喉から漏れだしてくる。まるで僕の頭の混乱を反映するような掠れた呻きだった。
どういうことなんだ。なぜメイが彼女の名前を知っている?僕が漏らしたことがあった?いや、そんなことは無いはずだ。だがそうでないとすればどう解釈すべきなのか。
僕はよほど酷い表情をしていたのだろう。メイは心底心配そうに「大丈夫?」と尋ねてきた。僕は大丈夫、と返した。もちろん嘘だ。僕の頭の混乱が治まる気配は無い。
「ま、無理も無いか。あんな別れ方したんじゃね。元気だと良いけど……」
フォローのつもりで言っているような口調だった。だが僕にしてみると何のフォローにもなっていないどころか、混乱を助長するような物言いだった。
もしかして彼女にはミヤコが見えていたのだろうか?だから言及した?いや、だとしたら「あんな別れ方」という言い方は妙だ。何せ、僕とミヤコは今日に至るまでずっと傍にいる。
「もしかしたら今日来てたりして」
僕は鎌をかけるつもりで言った。もしメイにミヤコが見えているのなら、僕の言葉に何らかの反応を示すだろう。
「それは無いでしょ。学校とか学区どころか、住んでる県が違うんだからさ。どんなに仲が良くったってこんなところまでは来るはず無い」
メイの反応は至極常識的なものだった。おそらくミヤコが見えている訳では無い。
「えっとさ」
「なに?」
「ミヤコとメイはいつ頃あったの?」
「いつ頃って……クラスが一緒だったときだから3年か4年の時じゃなかったっけ?」
「学校に通ってたっけ?」
僕がそう質問すると、彼女は呆れたような表情を見せた。
「学校って、私たちの小学校?そんな訳ないでしょ。だって彼女と友達になったの夏休みの時なんだから」
僕はつい、ミヤコ、と叫びたくなった。どういうことなのか、今すぐにでも彼女から聞き出したかった。
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