第5話
イキったヤンキーのような守護霊の発言も虚しく、たいした事件も起きぬまま大学生活は一年目を過ぎつつあった。大学にもよるだろうが、僕の学校の場合、一年目まで教養科目や基礎科目の履修がほとんどであり、フィールドワークのようなことは二年目のゼミ所属以降のこととなる。
そういうわけで僕はミヤコの実力のほどを確かめることは出来ていない。いや、そもそも地方に民俗採集に行ったからといってそんな伝奇小説みたいにほいほい怪異がでるものなのか、甚だ疑問ではある。
とはいえ、つまりは平穏無事に大学生活一年目を治めたというわけで、僕はちょっとした安堵をしていた。波風は立たない方がいい。僕は基本的に怠惰な性格というか、あまり変化は望まない性分だった。
「まるで吉良吉影みたい」
「また何かの引用?」
「そろそろ読んだ方がいいんじゃ無い?わたしみたいな守護霊もたくさん出てくるし。というか、そろそろわたしにスタンドネームつけるべきだとおもうんだけど」
「ミヤコでいいじゃん」
「良くないの!なんか洋楽とかタロットカードとか由来のかっこいい名前が欲しい。ナーサリークライムとかどう?」
「どうって……」
僕がそんな風に名前を呼ぶシチュエーションが想像できないというか、必要性を感じられない。
「別に特殊能力とか持ってるわけじゃ無いのにナーサリークライム!とか叫んでもただの痛い人じゃないかな」
詳しくは無いが、あのマンガに出てくるスタンドというのはなにか特殊能力を持っているモノでは無かろうか。時間を止めるとか、何かを修復するとか。
「それに比べてミヤコときたら出来ることは盗聴と盗み見だし。なんか地味」
「ちょ、ま、聞き捨てならないんですけど!」
でも実際のところ、彼女が何か特殊な能力を見せたことはないのである。霊能力がある人以外には見えない、とか浮遊出来るとか、その程度だ。それにずっと僕の傍に居続けておしゃべりしているので特殊能力とかそういう感じもしない。雑霊を倒しているというのも実際に見ていないので半信半疑なのだ。そもそも小さい頃はミヤコのことを普通の人間だと思っていた気がする。本当に初期の頃の話だ。ごく普通にそういうもの、として彼女を受けれていた僕は人のいる場所でミヤコと話してしまっていた。彼女がほとんどの人には見えない存在である、と認識したのはそれから少し後のことである。それくらい、超能力とかそういうこととはかけ離れた存在だった。
「ま、それはまた今度にするよ」
「えー?なんで?読もうよ、休日だよ」
「今日は成人の日だからだよ。成人式すっぽかして一日中マンガ読むとか家族に心配されるわ」
別にそういう人がいてもいいとは思うが、僕はそういう人ではないので普通に成人式に出席することにした。無難なブレザースーツに身を纏い、両親と並んで写真を撮ってから近所の会場まで足を運ぶ。
「あ、そうだ」
道中、ミヤコが声を出した。僕はスマホを取り出すと耳に当てながら「何?」と答える。最近気がついたのだがスマホで通話しているフリをしていれば外でも彼女と会話していても変に思われない。よほどのことが無ければ僕はスマホ越しに彼女と会話することにしていた。
「自撮りしてよ」
「は?なんで」
「さっきお父さんと写真とってたでしょ?わたしもフーと一緒にとりたい」
「写るの?」
「多分。世の中に心霊写真があるってことは出来るっしょ」
かなり軽いノリでそんなことを言い出した。気がつけば彼女の服装はいつもの小学生っぽいルックとは打って変わってお稚児さんのような服装になっていた。朱色の和装である。成人式というよりは七五三のようだった。
「じゃあとってねー」
「あーうん。とるよー」
はいチーズ、と自撮りするときには絶対言わない台詞を吐いた。カシャ、と無感動なデフォルトの撮影音声が流れる。結果は、といえばそれなりに移っていた。全体的にかなりぼやけて心霊写真みたいになっていたが。というか心霊写真なのだが。
「というかミヤコって何歳なのさ」
「見ての通りの年齢だとおもう」
それだけは絶対にない。初めて出会ったときからこの格好なのだ。どう計算してもそれは無理がある。
「いや……どうなんだろ。たぶんフーと同じくらいかな。正直曖昧なんだよね、フーと出会う前って。もう今年で20歳でいいとおもうんだけど」
「君がいいならそれでもいいけどさ……」
アバウトな守護霊の感想にあきれつつ、だとしたら一緒に祝えばいいか、とおもう僕も大概アバウトな性格かも知れない。ずっと一緒にいたのだ。今年から同い年ということにしておこう。
成人式自体は極めてつつがなく終了した。会場に設定されている市民館は普段の静謐が嘘のように人がごった返しており、ニュースなどでよく見る紋付き袴を着て謎の旗を振り回すようなオラついた成人が騒いでいたりもしたが。小中の知り合いと久々の再会やら、高校時代の知り合いとのあまりありがたくない再会やら、そういうのを乗り越えつつ、本番では地域出身のアーティストや芸能人、そもそも大して知らない知事やらの挨拶によって終了した。
その夜、小学校の同窓会の約束があった。近所の人が多く入る和洋折衷のレストランで、立食形式のビュッフェバイキングとアルコールありの飲み放題という形式だった。周囲はとても盛り上がっている。
僕は、と言えば片隅で黙々と食事とアルコールを飲んでいた。ミヤコはそばにいない。「昔みたいで懐かしい」と同窓会に参加したクラスメイトたちの間をふよふよと浮かんで聞き耳を立てているようだった。
当時中の良かった友人がことごとく小学校の同窓会に参加せず、中学の同窓会で集まってしまっていたからである。
若干の後悔を抱きつつ、しかし参加した以上は元を取らねば、という妙な使命感が働いて、結果黙々とドリンクと料理に舌鼓を打つという形になってしまっていた。こんなことなら僕も中学や高校の方へ参加しておけば良かったかも知れない。……いや、それはそれでキツいか。中学の頃はミヤコ関連で荒れていたこともあっていろいろと顔を出しづらかった。高校ともなれば流石に落ち着いていたのだが、出来た友人といえば妙な陰気なオカルトマニアしかいなかった。
消去法で小学校の同窓会に顔を出してしまったのだが、当てが外れて困ってしまった。
……と思っていたのだが。
突然、赤いドレスを着た女性がズカズカと僕の方に歩いてきた。顔は気合いの入った化粧がされていて、髪も栗色に染まっていた。
誰だ、と思ったが、彼女は僕のことを知っているようで「みんなよくここまではしゃげるわよね。疲れちゃった」と当たり前のように話しかけてきた。
「それに律儀に返していたようだけど」
彼女の姿は同窓会が始まった時から目を惹いていた。色々な人が彼女に話しかけていたし、彼女がそれに朗らかな笑顔とトークで答える、という様子がずっと目に写っていたからだ。
「昔だったらもっと好き勝手言ったし、面倒くさい時は無視したりもしてたけど。流石に体面ってものが出来て来ちゃってさ」
大人になるのってイヤよねぇ、なんて彼女はおばさんの愚痴のように言った。僕はそうだね、と割と適当に相槌を打った。
彼女は誰なのだろうか。全く思い出せない。
「あんたは全く変わってないみたいで安心したわ。相変わらずマイペースね」
「……褒められてるの、それ」
「褒めてんの。当時から私のことを全くちやほやしない惚けたクラスメイトはあんたくらいのもんだったし」
「はぁ。ところでさ」
「なに?」
そろそろ彼女の正体を突き止めなければならない。僕は手元にあった赤ワインをぐい、とあおってから、意を決して彼女に尋ねた。
「君、誰?」
「あはははー……面白い冗談ね、それ」
「ごめん、冗談じゃ無い」
とても失礼なことを言っているのを承知で僕は断言した。彼女は一度、とても大きなため息を吐くと、彼女も手に持ったグラスをぐい、と煽った。そのまま満開の笑顔になり、それを崩さないまま僕に語りかけた。
「お菓子密輸、やってたでしょ」
「え。ああ、うん」
「二人組で、あんたがリサーチと運び屋をやる。もう一人が仕入れる。そうね?」
「そうだった」
「さて、それを仕入れていたのは誰でしょう?」
小学生の頃の思い出である。生徒の間だけの秘密、という背徳感のあるごっこ遊び。それがお菓子密輸業だった。
だがよく考えれば、僕のような人間がそれを一人で始めたりはしない。誰か僕を誘った人間がいた。それがクラスの中心的な位置にいる陽キャ女子だった。ずけずけとモノを言うキツい性格と、妙な面倒見の良さを持った黒髪ツインテールが印象的な女の子。ぼけー、とした僕が他人の気配を察知することにだけは器用であるということに気がつき、いつの間にか僕を手下のように使い始めた。その子の名前は……
「……メイ?」
「気づくの遅すぎないあんた!?」
僕がようやく思い出したことに愕然としつつ、彼女は気炎を吐いた。
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