第3話

 ミヤコドウジ、と名乗るその守護霊は津風時みなとふうときの傍にずっと居続けている。いつから、ということは曖昧だが、少なくとも小学生の中頃からはいたはずだ。その頃から僕の成績が妙に上がりだしたという事実があるからである。周りの席をぐるぐると飛び回り、他の生徒のテストの回答を僕に伝えてくるのである。


「ほとんどの人はせいいたいしょうぐんって書いてるねー。漢字?えっと、ぎょうにんべんに正しいで征で、えっと夷は……」

「みんなBって書いてるけど優等生のタモンくんはCにしてるから多分そっちが正しいんじゃないかな?」


 というような感じである。ミヤコにそういうことをして欲しいとか頼んだことは無いのだが、勝手に周りの回答をカンニングして僕の耳元でささやき続けるので流石に無視することが出来ない。僕は悪くない、悪いのは守護霊だ、というよく考えると頭がイッてる言い訳をしながら彼女の発言を試験に反映させてしまっていた。

 今日も大学センター試験があったのだが、英語などの不安になった科目の一部については彼女の意見を参考にした。

 そういうこともあってミヤコが自分を功労者、というのもむべなるかななのだが、しかし彼女にアイスを食べさせるというのは本当に面倒くさいのである。部屋にある彼女のためにこしらえた神棚もどきに供えることで彼女はようやくものを味わうことが出来る。つまり、僕が彼女にあのアイスを分けるには家まで持って帰らなくてはならない。七面倒と言うほか無い。ちなみに彼女用のアイスはジェラート屋台の店員さんに言ってテイクアウト用のカップに入れ、保冷剤をもらって持ち帰ることになった。こうなってはこれ以上の寄り道はできないので直帰せねばならないだろう。


 往来で彼女と会話すると周囲に変な目で見られたり、霊能力者に目をつけられたり、あるいは普通にうるさかったりと、何かと面倒なことが多い。とはいえ、他にもいろいろと僕に便宜を図ってもくれていたのだ。


 例えば小学生の頃、僕とクラスメイトのふたりでやっていたお菓子の密輸においてかなり協力してくれていた。教師や委員長の姿が見えたら即座に警告してくれたり、生徒の間の噂を立ち聞きし、需要を確認してお菓子を仕入れたり。他にも鬼ごっこやかくれんぼにおいても負け無しで、『神隠れのフー』『千里眼のフー』などという二つ名をつけられたものである。


 ミヤコはは現実に影響を及ぼすこともできる。ちょっとした風を起こしたり、物を動かすことも出来た。そこまで大きなものや重い物は無理だが、頑張ればエレベーターや電車のドアを止めたりくらいなら可能である。そういうわけで僕は遅刻もすることはほとんど無かった。


 他にも彼女を利用して透視するタネ無しマジック、彼女が物を動かすのに合わせて僕がうなったり呪文を唱えるタネ無しサイコキネシスなどなど、余興には事欠かかない。


 守護霊という偉そうな肩書きの割にできることはショボい。僕がさせることも割とショボかった。とはいえ、彼女の存在は小学生の中頃から高校三年生の現在に至るまでずっと傍にいる、日常としか言いようのないものだった。なので、まぁ、こういう悪友のような協力くらいが丁度いい距離感なのかも知れない。そもそも守護霊というのが彼女の自称である。

 いつだったか、彼女に聞いたことがあったのだ。そもそもミヤコってなんなの?と


「んー。守護霊っていうか、守護天使っていうか?一番近いのは護法童子かな?」

「護法童子?」

「うん。だから私はミヤコドウジ。民俗学とか仏教とか、そういう本とか読めば書いてあると思うよ。私もよくわかんないけど」

「自分で自分がわかんないの?」

「フーだって『人間って何?』とか聞かれてもよくわかんないでしょ」

「まぁ、うん。それもそっか」

「まぁ名前とかカテゴリとかはそんなに大事なことじゃないんじゃない?守護霊でも護法童子でも守護天使でもスタンドでも好きに呼んで。私的にはスタンド推し」


 どれも僕にはよくわからないものである。


「悪い霊とかじゃないんだよね?」

「まぁ多分」

「じゃあいいか」


 と、まぁそういうことになった。もしかしたら専門家とか名刺を渡してきた霊能力者に相談したらまた別の見解が出るのかも知れないが、今に至るまでそこまで困ったことにはなっていないのでそのままにしている。


 とはいえ、だ。僕も一般的な青少年であって、人並みに反発や、なんともないイライラを彼女とぶつけ合ったこともあった。

 ともかく彼女はうるさい。おしゃべり幽霊なのである。それも幼女の姿でキンキンと叫ぶのでなおさらだった。これで本当に6,7歳の幼女なら我慢することも出来るのだが僕とずっと一緒にいるので、つまりどう計算しても僕と同い年かそれ以上なのである。そんな彼女がいつまでもJS面するのにムカつくこともあった。


 そもそもの話をするのなら、僕だけが見える守護霊という存在自体に僕は恐怖と羞恥が入り交じった感情を抱いていた。学校や町中の往来であろうとミヤコは我関せずと僕に話しかけた。ほとんど無視していたのだが、そうなるとミヤコは不機嫌になる。耳元で叫んだり罵倒したりする。かといって僕がうっかり反応してしまえば周囲から変な目で見られるのである。前述の通り、通報されることしばしばであり、中学生の頃は霊感持ちだなんだとからかわれ、ずいぶんと恥ずかしかった覚えがある。


 あるいは、僕自身の心の病を疑ったこともあった。イマジナリーフレンドか、はたまた巫病か。統合失調を疑ったこともある。心理学や精神医学でミヤコについて説明が付かないか、などと付け焼き刃の勉強をしたこともあった。


 そういう諸々を乗り越え、高校生活ももうすぐ終わろうという現在において、僕とミヤコの関係は小康状態といった感じである。


 僕と彼女は、もはや切っても切れない関係になっていた。妹のような、悪友のような、ともかくそういう何かである。適切な距離感と対応を行えば彼女は便利なことが多かったし、他者の目が無ければ彼女と話すのも苦では無い。少なくとも、さみしい思いだけはしない。 


「うへへ。おいしいね」


 帰宅し、アイスを賞味する彼女の笑顔に僕もつられて笑った。例のアイスは部屋の片隅に作られた簡易神棚ーーーホームセンターで購入したーーーに収まっていた。ちなみにこのアイスも結局僕の胃袋に納められることになる。神棚に供えれば彼女も食べられるが、結局現実世界のアイスが無くなる訳ではない。


「ミヤコ」

「なーに?」


 僕は何か言いかけて、やがて言葉に詰まった。とても恥ずかしいことを聞こうとしてしまった気がする。


「……いーや。おいしいよなアイス」


 いつまでも一緒にいられるのかな、なんて質問は彼女のからかいの格好のネタを与えるだけである。そうでなくても僕のプライドが許さない。いつかいなくなるかも知れないし、いつまでも一緒かも知れない。そういう不確定な場所でとどめておくのが一番いいのだろう。

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