第2話

「おいしそうなアイスじゃん?私にも食べさせてよー」


 僕の傍らに立つ幼女はそんなことをずっと騒ぎ立てている。とても面倒くさいので却下だ、と告げた。「ケチ、虐待、ロリコン野郎!」と謂われの無い罵倒を僕に投げかけてくる。いつものことなので無視を決め込むことにした。


 彼女の服装はいかにも小学生、という風情だった。パステルブルーの肩を出した服にピンク色の短パン、モノクロの縞柄ソックスというコーデである。

 僕は周囲をぐる、と見回した。彼女に話しかけることは周りの目を気にする必要がある事柄だったからだ。一歩間違えれば通報される。というか、過去に通報された。

 幸いなことに周囲は喧噪にまみれていた。都心部の往来ともなれば人通りは多い。僕の声は聞こえない。彼女の声もしかり。だが一応の用心をして声を潜めながら声をだす。


「聞きたいんだけどさ」

「なにさ?」

「ミヤコはそういう服どこで見つけるわけ?」

「ファッションセンター。かっこよく言えばアパレルショップ。あとは道あるいてる女の子とか、小学校とかで。ま、私は何きても似合うしね」

「自分で言うんだ……」

「こう見えても私かわいい女の子だと思うんですけど。フーは私のことメスガキだの出来かけ人間もどきだの言うけどさ。私みたいなかわいい女の子ハベらせられる幸せをもっとかみしめた方がいいんじゃない?」


 確かに彼女は年相応のかわいさを全身に湛えている。顔の造作はよく出来た人形のように整っているし、肌も色白だ。髪の毛は艶のある黒色で、時折風にさらされるとぱらぱらと靡くのが印象的だった。いい匂いがしそうだ、と思ったこともある。そんなことを言えば絶対にからかわれるので僕は言わないのだが。


「だからさ、私にアイスを奉ずるべきだと思うんですよフーは」

「イヤだ」


 アイスは都心のジェラート屋台で売り出されている700円を超す値の張るものだった。マンダリンオレンジ味などというもはや見た目の想像が付かない非日常的な名称と、しかし味の想像は付きそうなメニューの品である。 普段だったら絶対買わないが、今日は特別だ。自分へのご褒美として賞味しても許されるだろう。僕は最後の一口をペロリとなめ尽くした。ついでにワッフルコーンもガリガリと平らげた。


「ああああああ!!!」と、甲高い声が耳の中を駆け巡る。

 誰かに聞かれないだろうな、と不安になりながら周囲を見渡す。僕の前に社会人らしきスーツ姿の女性が通りがかったが、特に反応を示さなかった。


「なんだ、なにそれ、なんなのさ!今日の功労者ってばわたしでしょ!?わたしがいなきゃ絶対試験パスしてないじゃん!」

「だって面倒なんだもん。許してよ、帰りにコンビニアイス買ってあげるからさ」

「ゆーるーさーなーいー!祟るよ、末代まで!祟れないけど祟るよ!」


 その後も彼女は周囲を飛び回りながら「助けてー!ロリコンに誘拐されるーーー!アイスを食べさせない虐待ロリコンに誘拐されるーーー!」などと支離滅裂な言葉を叫び続けた。


「おい馬鹿やめろっ」

「君が、アイスを買うまで!叫ぶのをやめない!」


 最近彼女の中でブームが来ているらしいマンガの台詞を引用し、なおも僕への罵倒を続けた。

 そろそろ不味いのでは、と不安になりかける。その不安は的中した。


「あのぅ……」


 ジャラ、という音とともに僕の前に陰が差した。革ジャンを着込み、楽器ケースを背負った若い女性だった。彼女は何かを感じ取って僕の前にやってきたようだった。僕はあー、と頭を抱えつつなるべく目を合わせないでその場から立ち去ろうとする。


「失礼します」

「ちょっと待ってください、私、こういうものでありますれば———」


 彼女は何らかの名刺を僕に手渡した。

 それをポケットに放り込み、適当にはいはい、と言ってその場を抜け出す。これもいつものことだった。町中でミヤコが騒ぎ出すと、時折こういうことが起きる。


 早足で歩いて喧噪の中に紛れ込み、彼女の尾行を撒く。もらった名刺をちら、と眺めた。『円藤流退魔師 隠元藤子』という彼女の所属と名前、住所と電話番号が記入されていた。


 よくあるのだ。本当に、彼女と往来で話すとこういうことが起こる。霊能力者や宗教者、そういう視える人が、ミヤコの姿を捉えて僕に接触してくる。そうでなくても、僕がずっと独り言を言っている危ない人として通報してくることもある。


「あいすあいすあいす!!!!」

「わかった買うから……!ちょっと静かにしてて」


 いよっしゃーと彼女は僕の言葉を聞かずに歓喜の声を上げる。僕の守護霊はいつも、こういう態度の女の子だった。

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