第15話 後輩オープンセサミ
「冴衣ちゃん、お部屋にいる?」
「なに、お姉ちゃん」
「お母さんが、夕飯は何がいいかって……」
「そんなこと。お父さんに聞いたら? って返しといて」
「それが、お父さんは今日は会食で、私も夕方から出かけるから……冴衣ちゃんに聞かないと、って」
「ふーん。相変わらず、夕飯のことすら人の顔色を伺わないと決められないの」
「冴衣ちゃん!」
「そう伝えて。私、もう学校行くから」
(立派に会社を取り仕切る父さんとは全然違う、いつもモジモジした卑屈な母親……なんでケッコンしたんだか)
(言いたいことのひとつも言えないで、そのくせ陰では傷ついて……私は、あんな大人には、なりたくない)
「今日は、蓮さんはいないの?」
「……休むって。軽くお腹壊したみたいで……」
「ふーん」
「…………」
「…………」
「……昨日は、さ」
「なに?」
「喋っちゃった。誰にも言うつもりなかったのに、冴衣ちゃんには、つい」
「……うん。聞いちゃった」
「冴衣ちゃんが最近ずっと、嫌なことグイグイ聞いてくるから、感覚が鈍ってたのかも……」
「わ、悪かったって。それにしても……わざわざ、好きな人と他の女の人の仲を取り持とうとしてるなんて、何度聞いても耳を疑うわ」
「……おかしいかな」
「そりゃおかしいでしょ! 美しい自己犠牲ってやつ? 私には無理」
「うん……私も、自分では平気だと思ってたんだけど、実は平気じゃなかったんだよ」
「……そう」
「今さらだけど、倉庫での出来事で、それがわかったの」
「まぁ、あれは少し極端というか……生々しいもの見ちゃったというか」
「あはは。今度は真っ直ぐ、好きな人が幸せになる所を見届けることが出来たら良いなって、思ってたんだけどな」
「それ本当? ……横から攫えたらいいとか、少しは下心があったんじゃないの?」
「まさか!!」
「……へぇ?」
「……いや、そう言われると、それは……自信ないけど」
「この際、正直に全部ぶちまけちゃえばいいじゃない?」
「……うん。本当のこと言うと私、夏休みが明けるまでは、ほんの少しでも先輩に好かれてるって、期待してたのかもしれない」
「あなたの方に心変わりするかも、って?」
「いや、そんな畏れ多い感じでもないんだけど……ううん、でも、先輩が私を頼ってくれること、嬉しかったんだ……」
「ま、感情は色々って感じね」
「でもね……ほんとは夏休み明けすぐに、先輩と生徒会長さんが仲良くしてるところを見て……とっくに、心の奥では白旗あげてたんだよ」
「……そう」
「聞いてくれてありがとね、冴衣ちゃん」
「……べつに。最初は嫌がってたのに、どういう風の吹き回し?」
「だって、知らなかったから」
「?」
「誰かに聞いてもらえるのって、こんなに、ほっとするんだね」
「加村さん……」
「まぁ、それはそれ、これはこれで、冴衣ちゃんはもう少し慎み深くなったほうがいいと思うなぁ」
「み、見事に持ち上げて落としてくれたじゃない……!」
「でも、感謝してるのは本当だよ。ありがとう、冴衣ちゃん」
「……そ、そう?」
「えへへ」
「……ところで、加村さんは結局、失恋したってことでいい?」
「改めてハッキリ言われると傷つくけど、まぁそうだね」
「言っておくけど……だからって、この流れで私のこと好きになられても、困るからね…?」
「だからぁ! 冴衣ちゃんはそういうとこ直したほうがいいと思うな?!」
「ま、選手としてのあなたなら、少しだけ尊敬してたんだけどね」
「はいはーい。前にも言ったけど冴衣ちゃんはタイプじゃないもーん」
「ふふっ」
「なに」
「べっつにー。さ、帰りはあなたの失恋会でもしましょうか」
「そんなのいらないけど」
「いいから。奢ってあげる。今日は母親しかいないから、どれだけ遅くなろうが文句は言われないし。あなたは?」
「うちの親も、いつも深夜まで帰ってこないけど……」
「じゃあ決まり。場所は任せて」
「強引なんだから」
「だって加村さんと話すの、私は結構好きだし」
「ええー、私は正直、安心よりまだ疲労の方が多いけど……」
「さっきは、ほっとするって言ったじゃない」
「たまにならいい薬だけど、ずっとその調子じゃ毒だよ。いい塩梅で来てよ」
「じゃあ私がいい塩梅を覚えるまで、付き合いなさい。あと! 次回から、蓮さんとそっちの会長をくっつける作戦に、私も混ぜなさい」
「ええー? 何で、冴衣ちゃんが」
「加村さん、もしまだ蓮さんに未練が残ってたら心配だし」
「余計なお世話すぎる!」
(…………)
(………はぁ)
(今になって)
(あれからずっと)
(アヤネちゃんの)
(蓮ちゃんの)
((あの時の体温が、吐息が、頭から離れない…!!!))
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