番外編:かつて芽吹いた初恋に捧ぐ
『……春佳ちゃん!』
……
愛とか恋とか好きとか惚れたとか、
私にはまだよくわからない。
恋をしているクラスメイトは沢山いる。
そういう子たちはまるで、ふわふわと花びらの飛び交う草原みたいに、
あるいは、朝の日差しを浴びて気持ち良くさえずる鳥の群れのようにも見える。
そんな彼女たちを見ていると、私にもいつかなんとなく好きな人ができて、あの中に混ざるのかな、なんていうフンワリとした気持ちになるのだった。
そんな日々の中のある日。
突然、告白された。
「春佳ちゃんが……好き」
相手は、バレー部で一番仲良くしていた友達で、
女の子だった。
咄嗟に、言葉が出なかった。
彼女はクラスが違うから、ほとんど部活でしか会わなかったけど、
部内で一番バレーが強い子で、
明るくて、気遣いが上手くて、私は大好きだった。
ただ、私の「好き」と、彼女の言う「好き」が別物だということは、鈍い私でも直感でわかってしまった。
『どーしたの急に。私も好きだよー』
頭の中に言葉が浮かんで、すぐにそれが言うべき言葉でないことに気がついた。
ううん、むしろ鈍いフリをして、言ってしまえたら良かったのだろうか。
そうすれば彼女を直接、傷つけることはなかったのだろうか。
私の無言を拒絶と捉えたのだろう。
彼女は、急に変なこと言ってごめんね、忘れて、と早口で告げるなり、足早に去っていった。
去っていく彼女を見て、私は内心、ホッとしてしまった。
それと同時に、胸の奥が焦げ付くような罪悪感を覚えた。
それで終わり。
その後、彼女とは会話をしていない。
彼女は、引退試合を目前にして、突然部活を辞めてしまった。
自分のせいかもしれないという申し訳なさはあったが、
それ以上に、彼女と顔を合わせなくて済むことに安心してしまった。
どうやら私は自分で思うより、ずっと図太くて自分勝手な人間らしい。
別々の高校に進学した今、改めてあの子のことを思い出す時がある。
それは気がかりだから、とかでは決してなくて、
ただ、楽しかったバレー部の思い出の一つとして、幸せな形で蘇ってくるのだ。
誰よりもバレーが上手くて優しいあの子が、
私を慕ってついてきてくれるのが、ちょっとだけ誇らしかった。
あの頃は、確かに胸を張って楽しいと言えた。
その青春はまぎれもなく、あの子とは切っては切れないものだ。
今でも私には、愛とか恋とかはわからない。
それでも清々しい気分でいられるのは、あの時の青春が私を満たし続けていてくれるから。
……なんて言ったら、勝手すぎるかな。
だけど、あの子が分けてくれた感情を、この胸の中にもう少し温めていたいと思った。
昼休みを告げる鐘が軽快に鳴る。
私は大きく深呼吸をして、
春の花畑のようなクラスメイトの中に混ざっていった。
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