第6話 後輩ハイドアウト(後編)
「先輩! お風呂! お風呂ですよ! 起きてくださーい!」
「ん……、たまき……?」
「なんて、寝ぼけ眼の先輩をお風呂に無理やり押し込んだのはいいですが」
「色々と落ち着かないです、これ」
「先輩のシャワー浴びる音が、筒抜け……」
「ど、動画でも流しましょうか」
(わかっています)
(私の好きな先輩には、好きな人が、いる)
(それでもいい。私は……叶わない想いを抱くのには慣れている)
『あたしより絶対、環ちゃんの方がキャプテン向いてると思うんだけどな。間違いなく、部活で一番バレー上手いのは環ちゃんだし』
『いやー、私は。人前で目立つのとかあんまり』
『それ本気? 試合ではあんなに目立ってるのに?』
『試合で自分が頑張るのと、他の人を引っ張ってくのは違うよ』
『そういうもの?』
『うん。だから私は、春佳ちゃんをキャプテンに推すよ。もちろん皆もそうすると思う。春佳ちゃん優しいし、人望あるから』
『えー、環ちゃんだって優しいし人望あるよ。少なくとも私には、すっごく望み持たれてるよ? 頼られてるよ? 最高のチームメイトだって思われてるよ?』
『春佳ちゃんってさ、なんか……真っ直ぐに堂々と人を褒めるよね……』
『そうかな。もしそうだとしたら、相手が環ちゃんだからだよ?』
(眩しい、って、こういうことだって、身を持って実感した瞬間だった)
『新キャプテン、決まったね。おめでとう春佳ちゃん』
『これからも、一緒にバレー頑張ろうね』
『私たちももう三年生か。夏の試合まであっという間かな』
『春佳ちゃん、この前の親善試合で他校の人に告白されたんだって?』
『春佳ちゃん、私ね……』
『春佳ちゃん、好き』
「……っ!」
「あれ、私、ソファで寝て……そうか、今日は先輩が泊まりに来て、ベッド貸してて……」
「変な時間に起きちゃった」
「……それにまた昔の夢」
「……はぁ」
「先輩、は。寝てるか。眠り、深いんだなぁ。意外かも」
『私がアヤネちゃんに望むのは、恋人同士の関係なの』
「……私は、先輩にそこまで望んでるわけじゃ」
「ただ、今のままが楽しくて」
「高校に入って、先輩がきっかけで、また学校が楽しいと思えるようになって、すごく感謝してて」
「それだけでいいのに」
「……先輩、とっても可愛い寝顔してる」
「……何も、この先を望まなくとも、今のままがいいの」
「……何も、何も起きないでいてほしいの」
「………私、子供なのかな」
「…………」
「ああー、明日ついに! アヤネちゃんとの! お泊まりの日! えーと、ハンカチ持った、ティッシュ持った、爪は切った……」
「あはは、遠足前の小学生のほうがまだ落ち着いてますよ、先輩。練習したんだから完璧なはずです」
「この前の泊まりのことなら、どこが完璧なんだか。結局、私、寝落ちて環に迷惑かけちゃったじゃん。朝もご両親にご挨拶できなかったし、大して気の利いたことできないまま帰って来ちゃったし、申し訳なくて」
「そんなに気に病むほどのことじゃないですよー? 私とっても楽しかったですし」
「環……本当に良い奴だなあ」
「えへ、恐縮です。それじゃ先輩、寝不足にならないようちゃんと寝るんですよ? そろそろ電話、切りますね」
「あ、わ、わかったわ。ありがとう、環。おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
(私は、叶わない想いを抱くのには慣れている)
(頑張ってね、先輩)
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