第17話 道東のエース

 オルゴール堂を後にし、普通列車で札幌へ戻った筆者は、新千歳空港へ向かうため南行きの列車を待っていた。ただし快速エアポート号ではなく、釧路行きの特急おおぞら七号である。わざわざこの列車を選んだのは、三カ月後には定期運用を終了するキハ283系に乗るためであった。

 キハ283系は、道東の帯広・釧路方面へ向かう特急の代表格を務めてきた。地盤の弱い土地柄に合わせた軽量車体は経年劣化が著しいこと、また引退の日がそう遠くないことも筆者は知っていた。しかしながら今回の旅で道東へ行く時間はないので、恐らく乗ることがないままながの別れになるだろうと思っていた。けれど時刻表をよく見返すと、たまたま自分の予定と合ったので、新千歳空港の一つ手前の南千歳まで、同車に乗れることが分かった。乗り換えの手間は増えるものの、飛行機の時間に少し余裕があることから、同車に乗ろうと思ったのだ。


 ところが、である。駅の放送をよく聞いていると、車両増結作業のため、特急おおぞら七号の到着が三十分程遅れることが分かったのだ。増結が必要な程に帰省客が多いのは喜ばしいことだが、遅れるのは困る。


 筆者の心づもりでは、札幌を定刻十四時十五分に発車する特急おおぞら七号に乗り、南千歳十四時四十八分着、十分で快速エアポートに乗り換えて終点新千歳空港には十五時一分に到着、十七時ちょうど発のピーチ・MM百十便で関西空港へ戻る計画であった。空港での乗り継ぎ時間は定刻で二時間を確保しているから、三十分の遅れなら問題ないようにも思う。だが、筆者には特急おおぞら七号への乗車をためらう深刻な懸念材料が存在していた。それは、この時点で昼飯もお土産も確保していなかったということだ。仮に空港への到着が三十分遅れた場合、空港での滞在時間は一時間半だ。飛行機の出発一時間前には保安検査を済ませておきたいから、優雅に昼食を摂ったりお土産を買ったりできる時間は三十分である。何人なんびとがこれを達成できようか、いやできない。簡単な食事やお土産なら保安検査場を通過してからでも手に入るだろうが、時間に追われながら旅の終わりを始めることに、筆者は強い抵抗があった。そもそも、新千歳空港到着が三十分の遅れで済むかどうかも不透明だ。最悪の場合、予定の飛行機に搭乗できない可能性だってある。


 二、三分迷った末に、決断した。特急おおぞら七号への乗車を諦め、無事に新千歳空港へ向かう道を選んだのだ。長い長い編成を組んだキハ283系を見られないことは残念だが、無事に予定通り帰還することを、ここでは優先してしまった。

 さようなら、キハ283系。道東の高速化を実現したエースの短い生涯に想いを寄せつつ、筆者は快速エアポート号に乗り込んだ。この時間帯は色々とごちゃごちゃしていたので、乗ったのがどのエアポート号だったか忘れてしまった。


 ともかく、新千歳空港には、ほぼ予定通りの十五時頃に到着した。


 いよいよ、旅の終わりが見えてきた。このまま帰らず、終わりなき旅を続けていたいという想いもある。けれど、それでも人は前に進まなければならぬ。


 レストラン街で海鮮丼をまったり味わい、お土産屋で六花亭の飴(六花のつゆと言うらしい)を探したりと、旅の終わりに向け心の準備をしていくうちに一時間が経ってしまった。短い後ろ髪を引かれつつも、筆者は保安検査場へ向かった。


 故郷へ向かうであろう人々で機内は混雑していたけれど、ドアは定刻の十七時ちょうどに閉じられた。たぶん。記憶がちょっとおぼろげ。


 これまでの数々の遅れは何だったのかと思うほど、帰路は何事もなく、当たり前のように時刻表通りに動いていった。関西空港への到着も、南海電車の運行も、何一つイレギュラーなところはなかった。


 二〇二一年最後の日は、年の暮れらしい兆候もなく過ぎていった。

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