第16話 リットン調査団

 翌十二月三十一日、大晦日。安定の東横インで筆者は目を覚ました。北の名門・北海道大学が目の前に広がるこの宿は、筆者がまだ学生であった時分に訪れた日のことを思い出させる。あの時と同じく、「札幌の東横で一番安いから」という理由で選んだのだ。


 旅の最終日、今日は穏やかな一日だ。というのも、大きな予定を入れていないからである。

 夕方の飛行機に乗り遅れないよう、小樽をちょっと観光して新千歳空港に向かおう。国鉄手宮線の跡地と小樽オルゴール堂を見て、良い感じの時間に空港へ向かおう。それぐらいしか計画を立てていなかった。小樽からは空港まで快速エアポート号で直結だから、別に慌てることもない。


 十時四十六分、快速エアポート九十五号で小樽に降り立った筆者は、まず国鉄手宮線の跡地に向かった。まあまあの距離が保存されているらしく、全線踏破に要する時間が読めなかったからである。 

 小樽駅から海岸に向かって坂道を下ると、廃線跡が左右に延びていた。はてどちらから訪ねようかと迷ったが、後で訪れるオルゴール堂の反対側、すなわち左側から辿ることにした。

 なぜこんなマイナーなスポットを訪れようと思ったのか。鉄の道を趣味で少々嗜む身としては、この廃線跡は見ておきたいという思いがあったし、それ以上に、リットン調査団のポーズを取ってみたかったからである。一人旅なのでひとりリットン調査団、略してひとリットン調査団である。


 ところが道を進むにつれ、私の希望は徐々に打ち砕かれていった。これまでの旅の光景を考えれば当たり前なのだが、廃線跡は数十センチの雪が積もり全く見えなくなっていたのだ。リットン調査団どころではない。

 ここまで来たのだ、雪を掘って線路を一目見ておこうと思い線路内に入ってみたが、最初の一歩で膝まで埋まり、下手に動くと更に沈みそうだった。結局、更に二、三歩進んだところでやむなく撤退した。

 当たり前のように利用できる線路も道路も、除雪しなければここまで埋もれてしまうのだ。生活に必要とする人がいる限り、これだけの雪をかき分け続けなければならないのだ。北国の艱難辛苦かんなんしんくを、改めて目の当たりにした。


 終点の小樽市総合博物館近くまで到達すると、筆者は廃線跡を離れ運河に沿って戻り始めた。レンガ造りの建物が並ぶ町並みは、旅行雑誌などでよく目にする、馴染みある光景だった。歩道脇にできた雪の壁のおかげで、小樽駅近くまで、風を受けることなく気分良く歩くことができた。

 一駅先の南小樽駅まで列車に乗り、小樽オルゴール堂へ向かった。この旅行最後の観光スポットである。明治の雰囲気を良く遺す本館に入ると、重厚な物からポップな物まで、実に様々な種類のオルゴールが展示されていた。ちょっとしたピアノ程もある大きな物も置かれていて、詳しい人なら丸一日浸っていられそうな所だ。

 いろいろ見て回るうちに、気に入ったデザインが見つかったら好きな曲を選んで配達してくれるサービスがあることを知った。せっかくだからと、一つ作ってもらうことにした。手回し式の小さなオルゴールで、曲名はハイケンスのセレナーデを選んだ。国鉄の車内チャイムに用いられていた曲であり、JR北海道では今でも使っている。実に北の旅らしい選曲だと自分では思う。現物は無事に数週間後に自宅へ届き、手で回してみたが、手回しであるが故のリズムの揺らぎが心地よかった。良い買い物だったと思う。

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