第11話 名寄にて

 風連から十分、筆者は名寄に降り立った。稚内行きの特急サロベツ三号の発車時刻は二十一時三分、三時間近くある。迷わなければ、ヒートテックを買い夕食を取るには充分であろう。迷わなければ。

 ここからユニクロのあるイオン名寄まで二キロの雪道を、筆者は頑張って進んだ。うっかり氷の上を歩かぬよう気を張っていれば、雪道を歩くのはそんなに辛くないけれど、通常とは歩き方が違うので、普段使わない筋肉が疲れ始めていた。接地面積を広く取るために靴底全体を地面につけて歩こうと思うと、普段以上に足の前後の筋肉を動かす必要があるようだ。人体の仕組みに明るくないので、間違っているかもしれないけれど。ただ、明日以降は雪道を長くは歩かないので、多少の疲れなら旅行に問題ないだろうと判断した。


 イオン系列の看板が見える辺りまでは無事に来られたのだが、ここからユニクロまでのアクセスに少々手間取った。歩道からマックスバリュを見つけた時に、同じイオン系列だからすぐ近くにイオンもあるだろうと思っていたのだが、どうも地図上で見るとけっこう歩かなければならないようだ。広い駐車場を間に挟んでいるから仕方がない。更にさくさく進み、イオン名寄に辿り着いた。

 イオン名寄の店舗案内を見ると、どこを見てもユニクロの文字が見当たらない。おかしいなと思い調べ直すと、どうもイオンの中に入っているわけではなく、さっきのマックスバリュの奥に独立した建物として存在しているらしいことが分かった。頑張って歩いたのに……とがっくり来たが、自分のリサーチ不足なので仕方がない。今来た道をそこそこ戻り、しばらく歩き、ようやくユニクロに入ることができた。


 ヒートテックの上着は感激するぐらい高性能だった。正直「こんな薄地で大丈夫なのか」と疑っていた面もあったのだが、着てすぐに確信した。大丈夫だ、何も問題ないと。


 既に十九時過ぎ。ユニクロを後にした筆者は、夕食を求め駅方面に戻り始めた。何店舗か事前に候補を挙げていたのだが、訪問してみると実際には年末休みに入っていた、という店舗がいくつかあり、入る店が決まるまでにちょっと時間を要してしまった。最終的に、駅近くの「ぷち酒場 もっきり屋」へ入った。

 店内では常連と思われる四、五十代の男女二名が語り合っており、「ママ、ボトルキープお願い!」と言っていた。はいはい、と酒を持っていく店員さん。暖色系の灯りの下、穏やかな時間が流れている。この雰囲気、良いな……地元の人から愛される店であろうことがこの僅かなやり取りから感じられ、筆者はそう思った。

 さてメニューを一通り眺めると、筆者はジンギスカンと地酒と他何かを頼んだ。他何かって何だっただろうか。旅行の記録を見返しても写真がなく、お店の情報もネット上にあまり出ていないので、何だったか結局分からずじまいである。旅行記は早めに書こう、うん。

 その地域の店で、その地域の郷土料理を食べる。これも、旅の楽しみの一つだ。例えば地酒なら「酒蔵の名前の男山おとこやまって、由来は近くの山だろうな」とか「酒の名前にする程地元の人にとって思い入れのある山って、どんな山なんだ」とか、その地域のことをもっと知るきっかけに出会えるからだ。

 まだ少し時間があったので、糠にしんを追加した。初めて聞く食べ物だけれど、名前で判断すると実に北海道らしい食べ物だ。筆者にとってにしんと言えば、留萌るもいのかつての特産品という印象がある。名寄から七十キロ程南東にある留萌は、かつてにしんの水揚げで賑わっていた。それを保存するための手段の一つとして、糠漬けが選ばれ、今も地元で愛されているのだろう。旅をすると、断片的な知識が結びつく瞬間が時々ある。これもその一つだった。

 ただ誤算だったのは、にしんのサイズだった。〆鯖のように薄切りしたものが何切れか出てくるとばかり思っていたのだが、一匹丸ごと皿に載ってドーンと出てきたのである。マスターが持ってきた瞬間、あまりの驚きで声を上げそうになった。美味しかったのだが、序盤に頼んでゆっくり味わって食べれば良かった、と少々後悔した一品でもある。

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