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 LINEで清水さんに今週末空いているかを聞くと、「どうして?」と聞かれた。

 そういえば、用件を伝える前に予定が空いているかどうかを聞く人は、配慮が薄いだとか日常の敵だとインターネットで書かれていたことを思い出し、即座に「いつも連れて行ってもらってるから、お礼がしたくて!」と笑顔の猫ちゃんスタンプと一緒に送信した。

 私が彼女の日常の敵になってしまうところだった。危ないわ。


「お礼なんてしてもらうほどのことしていませんよ」

「気持ちの問題ですっ! 私、料理には自信があるんですよ。友達から美味しいワインをいただいたので、ぜひ一緒に飲みませんか?」


 友達からいただいた美味しいワインなんてものは、存在しない。

 それっぽい代物を調達しなくちゃいけないなあ、と考える。ワインは全然詳しくないのだ。


「わかりました。楽しみにしています」


 清水さんのその返事だけで、胸がいっぱいになって、その場で踊りだしたい気持ちになる。

 飲食店以外で彼女に会うのは初めてだ。週末が訪れるのが、とっても待ち遠しい!



 土曜日の夜に清水さんと自宅近くのコンビニで待ち合わせていた。

 自宅には山梨ワインの白と赤を一本ずつ冷やしているし、オーブンで焼くだけのラザニアと砂肝のコンフィ、鶏レバーのパテを用意していた。

 誰かのために何かを作る経験は初めてだった。喜んでくれたらいいな、笑顔になってくれたらいいな、と考えながら料理をしていると、いつもは長く感じる時間もあっという間に過ぎた。


 待ち合わせ時間の18時にコンビニまで降りると、清水さんが雑誌コーナーでローカルグルメ誌を読んでいた。私が店内に入って立ち読みしている彼女に声をかけると、驚いたのか一度肩が大きく跳ねた。


「ごめん! 待たせちゃいました?」

「ううん。今来たところです」


 きっとこの「今来たところ」は嘘なんだろうなあ、多分清水さんは五分か十分前には到着していただろう。


「じゃあ、行きましょうっ!」


 私の住んでるマンションはコンビニから徒歩五分の場所に位置していた。

 かつて住んでいたようなボロアパートではなく、ちゃんとオートロックがついたセキュリティのちゃんとしたマンションだ。

 家賃は相場より高めだが、日々の平穏な生活には変えられない。


 私の部屋はエレベーターを降りてすぐ左に曲がった突き当たりにある。清水さんが私の後ろについてきているだけで、特別なことなんて何もしていないのに、何故か胸がドキドキしちゃってる。別にやらしいことなんてするつもりはないし、健全にご飯を食べるだけなんだけどな!?


 玄関の前に立ち、「ここが私の部屋なんですっ」といつもの調子で言った。緊張していないように振る舞うことは得意だ。誰よりも仮面をかぶって生活してきたのだから。


 鍵を鍵穴にさして、回す。

 戸を押して、清水さんを向かい入れると彼女は控えめに会釈した。


「すごくいい匂いがします。ワインを用意してくれているんでしたっけ?」

「はい! 白と赤どちらも用意していますよっ! 今晩はべろんべろんになるまで飲みましょっ!」

「ですね。楽しみです」


 会社では見せない柔らかい笑みがたまらなく好きだ。

 くしゃくしゃにして頬にえくぼを作って笑うところも、すごく好き。

 いつも仏頂面で仕事をしているのがすごくもったいない。笑ったら、どんな人よりもかわいいのに。

 

 振舞う料理はほぼ準備ができているから、あとはオーブンで焼いたり、皿に盛り付けるだけだというのに、清水さんもキッチンに立って手伝ってくれた。


「一人で座っているわけにはいきませんから」


 その真面目さに憧れる。私だったら、相手の家だとしてもくつろいでしまうもん。

 こんな真面目な彼女も、慣れた相手にはぐーたらすることもあるのだろうか。だらしなくソファに寝そべりながら、ポテチを食べたりおならをすることもあるのかもしれない。今の私には想像できないけど。


 清水さんが手伝ってくれたおかげで、あっという間に準備を終えることができた。

 テーブルには色彩豊かな料理とワインを並べながら、我ながらよく頑張ったなとドヤ顔を晒してしまいそうになる。


 私と清水さんは狭い丸テーブルに向かい合って座り込んだ。お行儀よくお嬢様座りをしている彼女の靴下のつま先の猫と目が合ってすぐに目をそらす。


「じゃあ、乾杯しましょうか」


 お互いワイングラスを持って、控えめにグラスを合わせた。


「「乾杯!」」


 飲む前に乾杯を交わすのにも、もう慣れたはずなのに、なぜか今日は指先が硬直していた。

 二人きりでいるだけなのに、どうして緊張しているのだろう? と自問自答をする。毎日過ごしている自分の部屋のはずなのに、全くの別の空間に錯覚してしまいそうだった。


「アマプラでもつけましょうか! 清水さんは何が好きなんですっけ?」

「こう見えてホラーが大好きなんです。低予算映画ばかり見ているので、有名な作品は全然知りませんけれど」

「ホラーは全然見たことないですっ! 中学生のころにリングを観たくらいですねえ」

「リングですかあ……よければ一緒にホラー映画を観ますか? 低予算映画ではないのですが、貞子VS伽椰子は気になっていたんです。タイトルのB級映画感がたまらなくって」


 そういえば、いつだか萌花と一緒に観に行こうと話していたっけ。

 あの人はホラーが好きだったから、何かと私を誘ってDVDを観ようとしてきた。私はホラーが苦手だから、全部断っていたけれど。


「じゃあ観ましょう! 怖くてトイレに行けなくなったら責任を取ってくださいよっ」

「……田中さん、ホラーが苦手なんですね」


 いくら清水さんが気になっている映画とはいえ、ホラーが怖くて苦手なことには変わりなかった。あんまり観たくはないけれど、萌花も観たがっていたあの映画がどんな作品なのか、ふと気になったのだ。

 清水さんはアマプラ画面で貞子VS伽椰子を検索して、「再生する」ボタンを押した。

 

 中学生のころに観たリングは夜にトイレへ行けなくなるほど恐ろしい映画だった記憶がある。

 ただ、今清水さんと一緒に見ている映画は、過去の記憶ほど恐ろしくはなかった。それどころか、どこかコミカルで笑えてくるシーンすらあった。

 なぜ、あの頃はホラー映画を観るだけで眠れないほどおびえていたのだろう? 今思えば、とてもばかばかしい。萌花と一緒に映画くらい観てあげるべきだったかもしれない。

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