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 それから毎週末清水さんとどこかへ出かける日々が続いた。

 今日は少しお高めの回転寿司屋でお互いハイボールを飲みながら、白子やカキフライをつついていた。

 店内は家族連れであふれている。

 清水さんは頬を桃色に染めて、ハイボールをあおった。


「そういえば、田中さんが好きだったという人はどんな人なんですか?」

「あれ、話していませんでしたっけ」


 好きだった人——萌花のことを思い出す。

 どう説明するべきだろう? 彼女を見たまま説明すると、私がひどいダメ女好きのように勘違いされてしまいそうだ。

 けしてあの女のダメなところが好きなわけじゃない。まあ、ダメなところも好きだけど……先輩にまともなところってあったっけ?


「変な人です。お調子者でへらへらしていて、モテていました。見た目も派手で、いい大人なのに自由に生きていて、なんだか憎たらしいんですよっ!」

「そんな人のどこが良かったんですか……?」


 しまった。ダメ女好きだと勘違いされてしまうじゃないか。


「すごくしんどいな~ってときにあの人の明るい声を聞いて、元気が出たんです。ただそれだけなのに、何年も引きずるなんて馬鹿みたいですね」


「ばかみたいじゃないです。私もしんどいなってときがありましたけど、全部ひとりで乗り越えてきました。あの頃に誰かの明るい声に励まされていたら、そりゃあ、その人のことを好きになってしまいますよ。私にはわかります」


「一人で乗り越えてきたんですかっ!? 強い!」

「強くなんてないですよ。ただ周りに人がいなかっただけで……」

「清水さんがまたしんどいなってときがあったら、私に言ってください! 話くらいは聞きますからっ!」


 別に私は誰かが苦しんでいるからって無条件に救いたいと思うタイプじゃないし、萌花のように誰にでも優しさをふりまける人間でもない。

 ただ、清水さんの未来は明るくあってほしい。

 私と違ってすごく優しくて色んなお店を知っていて、いつも真面目に仕事をこなしている彼女のような人が、幸せになれないなんて許せない。


 清水さんは困ったような笑みを浮かべた。


「ありがとうございます。でも、私は田中さんが好きだった人とは正反対の人間ですが、一緒にいてもいいんですか? 退屈じゃないですか?」


 眼鏡の奥の清水さんの目は潤んでいた。


「退屈だと思ったことは一度もないですし、これからも友達として付き合い続けたいですっ!」


 彼女は目をずっと細くして薄く笑った。


「そうですね。私も田中さんとは良い友達でいたいです」


 私のこの回答は間違っていなかったよね? と頭の中で何度か反芻した。

 だって、清水さんとはそういう間柄にはなれないもん。

 同じ職場だし、同性だから。



 仕事が終わって何の予定もない木曜日、さくらちゃんと話したくなって電話をかける。

 ちょうどさくらちゃんの恋人の愛美さんが飲み会のようで、三十分程度ならと電話に付き合ってくれた。


「美月から電話をかけてくるなんて珍しいわね」

「とりとめのない会話をしたくなったんですよお~聞いてくれますう?」

「もちろん! いつも聞いてもらってばかりだもの」


 相変わらずさくらちゃんは人がいい。

 私はけして幸福な人生を歩んできたとは言えないけれど、こうしてさくらちゃんと出会えて良い関係が築けたのは、かわいそうな私へ神様がくれたささやかなプレゼントなのかもしれない。


「最近仲良くなった職場の子がいるんですけど、毎週末どこかへ出かけて、毎日LINEのやりとりをして、たまに電話をするんです。これって友達なのかなって最近疑問に思うんですけど、私は女性を恋愛対象として見ているからそう思うのかな。でも、燃え上がるような恋かっていうと別にそんなことはなくて、いつも一緒にいて、話をして、それが当たり前で——その関係がなくなったらいやだなあと思うんです。これ、なんだと思いますか? 好きなんですかねえ?」


 ええ、とさくらちゃんは困ったようなうなり声をあげた。


「おかしなことを言うわね。美月、あなたはどっかで頭でもぶつけたの?」

「はあ!? 失礼ですねっ!」

「自分のことを客観的に見てみなさいよ。どう見ても恋する女の子だわ。おめでとう。萌花よりいい女はいくらでもいるって言ってきたでしょう? きっと彼女が美月の運命の相手なのよ」


「勝手に関係を進展させないでくれませんっ? あのですね、別にそういう関係じゃないんですよ。私は一緒にいられるだけで十分なんですっ! ほら、私ってメンヘラですから、私のことを受け入れてくれそうな相手なら誰でもいいんですよ! そうだわ。そうに違いないですよ! この私が恋なんてありえませんっ! あんな地味な女の子と!」


「急に相手をディスらないでほしいわね……好きなら好きでいいじゃない。告白しなくたっていいわ。ただ、相手のことを好きって気持ちを持つことに罪はないのよ」

「罪はないかもしれませんけど、私はもう気持ちを腐らせるような恋愛はしたくないんです。みじめだし、つまんないし。片思いなんて時間の無駄だと思いません?」

「なら仕方ないけれど、美月はそのひねくれっぷりが良くないのだと思うわ。萌花とだって——」

「うるさいですよっ! 過去の話はしないでくれません!?」


 私はこんな話をしたいわけではなかった。

 ただ、相談がしたかったのだ——いや、違う。誰かに話を聞いてもらいたかっただけなのかもしれない。


「その子にいつもお店を選んでもらってばかりだから、お礼がしたいんです。私の家に呼んで、料理を振る舞ったりしようかなあって、ただ、家に呼ぶのはおかしいかなあ」

「別にいいんじゃないかしら。美月は料理が上手いから、きっと喜ばれるわ」

「だといいんですけど」


 さくらちゃんとの相談結果、ちょっといいワインとそれに合いそうなラザニアや鶏のレバーパテを用意することにした。

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