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 お互いLINEを交換して、一日に何度かやり取りをするようになった。彼女はかわいらしいキツネのアイコンで、その時初めて動物が好きな人なのだなと知った。

 ちなみに私のアイコンはミッフィー、可愛い私にぴったりでしょ?


「田中さん、どこか行きたいお店はありますか」

「うーん、どうせなら一人で生きにくいとこがいいですよねっ! 焼肉は如何でしょう」

「生きにくいんですか…。焼肉いいですね」

「うわっ、誤変換。私がメンヘラみたいじゃないですか」

「おいしい焼肉屋さんをピックアップしますね」


 あの日以来、私と清水さんは距離が縮まったのだと思う。

 けれど、会社では相変わらず私と彼女は目すら合わせずに、他人行儀に振舞っている。まるで社内恋愛をしているカップルのようだ。社内恋愛なんてしたことないけど。

 今の生活はすごく楽しい。



 金曜日にお互い定時で仕事を切り上げて、会社近くのセブンイレブンで待ち合わせの予定だったけれど、私と清水さんは同タイミングでオフィスを出たので、そのまま焼肉屋へと向かうことにした。焼肉屋は二十分ほど市内電車に揺られた先の駅にある。

 叙々苑のような名の知れた高級焼肉屋、というわけではないが、調べるとかなり評判の良い焼肉店のようだ。清水さんがおすすめだというのだから、きっと美味しいに違いないはずだ。


 電車内で私たちは立ったまま、会社での何気ない出来事を話した。

 それはどこの部署の誰がポンコツだとか、今日も凡ミスしちゃった、だとか、請求書の提出期限明日だったっけ? というような、くだらない話。


 普通なら社内の友達同士で交わすような会話でも、私には心置きなく話せる相手がいなかった。まるで水を得た魚のように、彼女と話しているとのびのびと自由でいられた。ひょっとしたら、それは清水さんが私に気を遣っているからかもしれないけれど。

 焼肉屋は繁華街から少し外れた雑居ビルの一階にあった。

 店周辺は食欲をそそる炭火焼のにおいで充満していて、よだれがあふれそうになる。


「そういえば、誰かと焼肉を食べるだなんて、ひさしぶりです」

「ええ、田中さんが? 意外です。もっとパリピってそうなのに」

「パリピってませんよお、こう見えて地味に真面目に生きているんですよお?」


 清水さんは全く信じていなさそうな口ぶりで「そうですかあ?」と口元を歪めた。

 少なくとも今は清水さんとそう変わらないんじゃないだろうか。

 店の戸を引きながら、清水さんは苦笑する。


「信じられないなあ、田中さんが地味に生きてるだなんて」


 いらっしゃいませ、と元気な掛け声を浴びたところで、会話はさえぎられる。

 アルバイトの若いお兄さんに個室に案内されて、私たちは向かい合って座った。手書きの本日のおすすめのメニューが机の上に置かれている。

 個室の戸は閉まっていても、周りのお客さんの話し声や笑い声かかすかに聞こえた。悪いことはできないなあ、とドリンクメニューを広げながら思う。……悪いことってなんだろう。


「清水さんは何飲みますかあ?」

「じゃあ……生ビールにします」

「私はどーしようかなあ。清水さんと同じにしよっ」


 テーブルに設置されているボタンを押してドリンクを頼むと、すぐさま大学生くらいの店員さんが生ビールを持ってきてくれた。

 私たちは水滴まみれのグラスを掲げて、本日一回目の乾杯を交わす。糖質制限をしていても生ビールはたまには飲みたくなってしまう。この酒は一口目が何よりも美味しいのだ。

 苦い炭酸の液体を喉に流し込むと自然とため息が漏れた。


「仕事終わりの生は格別ですねっ」

「そうですねえ。月曜からまた忙しくなりますが……今は考えないでおきます」 


 タッチパネルのメニュー表を眺めながら、清水さんの様子を伺う。


「何頼みます~? 私は定番メニューをちょいちょいと頼む感じでいいかなって思ってますっ」

「はい。そうしましょう。カルビとかハラミあたりですよね」

「あと、タンは外せませんねっ! あ、でもこの希少部位も気になりますねっ! ミスジ美味しそうじゃないですか?」

「ミスジは美味しいですよ。頼みましょうか」


 電車内で話しているときよりも、清水さんの声のトーンが下がっているように感じた。

 どうしたのだろう? 何かあったのだろうか? 私がデリカシーのないことを言って怒らせてしまっただろうか?

 店員さんにオーダーを伝えてから、生ビールが入っているグラスに口をつける。

 目の前の清水さんは目線を落としたまま、黙々と酒を飲んでいる。


——信じられないなあ、田中さんが地味に生きてるだなんて。


 さっき言われた言葉を思い出す。


 私が華やかなのは見た目だけだ。

 大学生のころに大好きな人に告白して振られたことをずっと引きずっているし、友達もさくらちゃんくらいしかいない。

 顔は可愛いけれど、性格がひねくれているから、女の子と仲良くできないのだ。

 だからと言って男に媚びを売れるほど器用に生きることもできない。大嫌いだもん。男なんて。


「私は清水さんが思っているような人間じゃないですよ」


 清水さんは目をしばたたかせて、小首をかしげた。


「思っているような人間じゃない?」

「そうです。私は——確かに顔は可愛いし、スタイルいいし、完璧ですけど、中身は全然なんです。ポンコツです。恋人もずーっといません。四年前に私を振った相手のことをいまだに夢に見るような女なんですよ。ここみたいな焼肉屋だって一人で入れませんもん」


 こんな風に誰かに嫌われたくないと思ったのは、いつぶりだろうか。

 清水さんに「この人は私と違う」と思われたくない。そして、離れられたくない。

 目の前の彼女は、ふふ、と小さく笑った。


「確かに、その話を聞くと田中さんは私の思っていた人物像からはかけ離れていますね。恋人がずっといないなんて、信じられませんよ」

「本当ですよね~、こんな可愛い女に恋人がいないなんて、人類の損益ですよ」

「人類の損益かはともかく、男性が放っておかないでしょう? アプローチはされたんじゃないですか?」

「うーん、男とは付き合えますけど、付き合いたくないんです。私は女性のことが好きなんですよね」


 この話はしておかなければいけないと思った。

 バイであることを話して、距離を置くような人ならば仲良くなることは不可能だ。

 清水さんは目を泳がせて、口をつぐんでいた。言葉を選んでいるようだった。


「そうなんですね。私は気にしません。恋愛は男女じゃなきゃいけないなんてことはないと思いますし、性別かかわらず、魅力的で付き合いたいと思える相手と付き合うことが理想だと思います」

「ひ、引いてません?」


 清水さんは右手をぶんぶんと横に振った。


「引いてません! むしろこんな話をしてくれることが嬉しいです。ごめんなさい。私は表情が乏しいからうまく伝わりませんね。だって、田中さんは誰にでもこんな話をするような人じゃないでしょう? なのに私に話してくれるなんて、うれしいですよ。引くわけないじゃないですか! こんな時普通ならどう伝えるんでしょう、踊ればいいんですか?」


 彼女が立ち上がって踊ろうとするものだから、私は「踊りはしませんよ、多分」と必死にたしなめる。


「引いていないならいいんですっ、なんだか安心しました」


 清水さんおすすめの焼肉屋で食べた肉たちは、これまで食べてきたそれらが嘘だったんじゃないかというほど美味しかった。

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