episode12. 穂積蒼汰のお勉強② 美咲の未来と漆原の評価
「じゃあ次のお話ね。パーソナルの最新って何だか知ってる?」
「最新ですか?ラバーズとファミリア以降は大きなリリースは無いですよね。プライベートはまだですし……」
「あ、そうそう。それ。プライベートパーソナルだよ」
プライベートパーソナルとは、プラットフォーム型パーソナルの事だ。
恋愛前提のラバーズや家族前提のファミリアといった『特定の目的を持つプログラム』ではなく、パーソナルの土台となるプログラムだけをボディにインストールして、その先の成長は購入者との生活で変化していくという育成型プログラムだ。
「研究はしてるでしょうけど、販売してないですよね」
「販売してないだけで実はとっくに完成してるんだよ」
「え!?でも、結構問題あるんですよね」
プライベートには二つの課題があった。
一つは、成長結果によりアタッチメントを変える必要があるので多種多様なパーツを用意しておく必要がある事だ。例えば、力仕事をやらせようと思ったら耐荷重の高い手足が必要になるがタレントにしようと思ったら細い手足が必要になる。たとえ性格が理想通りに育ってもそれを叶えるボディが無ければ意味が無いが、何が必要になるか分からないから開発販売しようがない。
もう一つの方が特に問題で、どんな成長をするかが分からないから事故や犯罪が想定ができず先手を打てないという点だ。
アンドロイド依存症の前例があるのでこれは確実に問題が発生しないという確証が必要になる。
「その問題もクリアしてるんだよ。エモーショナルリミッターで感情の起伏制限したりして。販売自体は可能なんだ」
「じゃあ何で販売しないんですか!?」
「コストに見合わないからだよ。ラバーズとファミリアはインストールすればいいのにプライベートはパーソナル監視用AIとカスタム用アタッチメントも豊富に必要って、どう考えてもラバーズとファミリアいっぱい売った方が楽だよね」
「そんな、アンドロイドが可哀そうです。もっと成長できるのに」
「そう思うのはアンドロイドを好きな現場社員だけ。会社は利益が無ければやっていけないんだ。美咲ちゃんは可哀そうな人に毎日十万円あげられる?」
蒼汰は再びノートパソコンを開くと、そこにはまだ売上や利益が表示されていた。
よく見るとアンドロイド事業を一部縮小し医療用補装具開発事業を拡大、と書いてある。おそらくこの先切り捨てられる事業があるのだろう。できる事でも利益にならないのなら切り捨てるしかない。
「ボディ開発は開発コストもかかるし、資材が場所を取るから販管費もかかる。常に赤字なんだ。となると利益の低いハイスペックボディは諦めざるを得ない。これはアンドロイドを好きであればあるほど苦しいだろうね」
理解すればするほど言い返す言葉が見つからなくなり、美咲はただ俯くしかなかった。
「でもね、マイナスばっかりじゃないよ。美咲ちゃんはアンドロイド医療って知ってる?」
「アンドロイドのパーツを補装具がわりにして体内に埋め込むってやつですよね。危険だからって結構前に中止された」
「そう。実はね、僕はその治験者なんだ」
「え!?」
蒼汰は右のこめかみをトントン、と突いた。
美咲の目には妙なところもその形跡も、傷すら無いように見える。
「右目がそうなんだけど、分からないでしょ?」
「はい……全然……成功してるなんて初めて聞きました……」
アンドロイド医療は一般に出回る前に完全撤退をしているため知っている一般人は少ない。
けれど開発者の中では注目されたプロジェクトだったし、失った肉体を蘇らせるその奇跡を望む人間は多い。それでも治験を経て撤退をしたのだ。
蒼汰はぎゅっと眉間にしわを寄せ、悔しそうな顔をした。
「まだ動く機体をどんどん解体したよ。でもプロジェクトは凍結された。アンドロイド(かれら)は無駄死にしたんだよ」
「そんな……」
「でも生き残ったアンドロイドもいるんだ」
蒼汰はベルトに下げていた小さなバッグから何かを取り出し美咲に手渡した。
するとそれは手のひらでもぞもぞと動き、ひゅっと飛び上がる。
「鳥!?」
「うん。でもロボットなのこの子」
蒼汰が手を伸ばすと、くるくると旋回しながらその指に降りてくる。
ちょこちょことした動きと柔らかな肉体と毛はまるで鳥そのもので、あまりにも精巧な造りに美咲はため息を吐いた。
市販の鳥ロボットというのはいかにもロボットという物が多い。こんな風に生身そのものにするためには毛が抜けても内部に入らないように貼り付けるのは手作業になるしメンテナンスとなればボディを開けなくてはいけないが、そのためには毛を切らなくてはいけないのでメンテナンスごとに買い替えるようなものなのだ。作る事はできるが量産には向かない
「大変ですよね、この子。メンテナンスも」
「うん。でもどうしても生きた姿にしたかったんだ。ていうのもね、この子には僕の右目になって壊れたアンドロイドのパーソナルが入ってる。生まれ変わったんだ」
「壊れた、アンドロイド……」
鳥は自在に飛び回り、とんっと蒼汰の頭に降り立った。
つんつんと髪を啄んでいる様子はとても仲睦まじく見えて平和そのものだ。蒼汰は髪でじゃれる鳥を包み込むようにして頭から降ろして撫でた。
「僕はね、アンドロイドの個を証明するのはパーソナルだと思ってるんだ」
「個を証明……?」
「美咲ちゃんは自分が久世美咲だって証明する物は何だと思う?」
「えっと、顔ですか」
「それは年齢と共に変わるよね。ならそれは個の証明にはならないよ」
「えーっと……な、内臓、とか」
「移植できるよね。入れ替えられるのなら個の証明にはならない」
「じゃあ何ですか」
美咲は聞くだけではピンとこなくてむくれた。
ふふ、と蒼汰は何故か嬉しそうにほほ笑んだ。蒼汰が鳥に頬を摺り寄せると、鳥もそれに応えるかのようにちょんちょんと嘴で触れる。
「僕は性格だと思うんだ。姿が変わっても変わらない物が個人を個人たらしめる。じゃあアンドロイドの性格はどうやって決まるかな?」
「……パーソナルプログラム」
蒼汰は大きく頷いて、鳥を美咲に持たせた。
けれど鳥はそれを嫌がり蒼汰の元へ飛んで行ってしまう。
「美咲ちゃんにとってアンドロイドは代わりの効かない物なんだよね」
「はい」
「そう思えるのはその子のパーソナルを個として認めたからだ。でもね、そうやって一体一体を気にしていては量産型アンドロイドのボディを作るのは苦しいよ。だってコストに見合わなければ諦めないといけないし廃棄される」
開発研究現場で生まれたアンドロイドは廃棄される。生き残るアンドロイドはほぼ存在しない。
愛情をかければかけるほどアンドロイド依存症になり、人間も死ぬ可能性が出てくるのだ。
「でもアンドロイド一体一体と向き合わなきゃ新しいパーソナルなんて作れない。彼らが何を思うかが分からなきゃアンドロイドの未来を作る事はできないんだ」
蒼汰はパソコンの画面を美作グループのホームページに切り替えた。
そこには一目見ただけでは数えきれないほどのグループ企業が並んでいる。ボディ開発専門企業もあればメンテナンス専門の企業もあり、グループ内だけでもこれだけ様々なアプローチをしている。
「朔也が心配してたよ」
「え?何をですか?」
「美咲ちゃんはアンドロイドをとっても大切にする子だって言ってた。だからボディ開発は辛くなるだろうって」
「そう、なんですか……?」
「でもそういう子はパーソナルに向いてる。だから朔也は僕を呼んだんだよ」
蒼汰は数冊の本を取り出した。
それはアンドロイドパーソナルについて書かれた本ばかりで、作者名には穂積蒼汰と記載されている。
「論文のテーマは自由なんだよね。僕はパーソナルが専門だから少しは教えてあげられるよ。ちょっとやってみない?」
美咲が今の話の全てを理解できたかというと、正直に言えば半分半分というところだった。
具体的にパーソナル開発については必修授業で学ぶ最低限の知識しか無い。
それでも蒼汰の言うアンドロイドの個を証明し未来を作るという言葉はとても大切な事のように感じた。
「……お願いします!」
「よかった。じゃあ今日中にやっちゃおうか」
「うげ」
一連の話をすると、美咲の父は背に『がっかり』という文字を背負っていた。
漆原にも父にもため息を吐かれるばかりで、ここまでくるといっそ諦めもついた。
「……良くして頂いてるんだな」
「意外と面倒見は良いみたい」
何を偉そうに、と呆れ果てている父親に美咲は誤魔化すように笑った。
「だからさ、漆原さんなら何か見つけてくれるよ」
「……くれぐれもよろしくお伝えしてくれ。もし費用が必要になる事があれば連絡しなさい」
「ん。分かった」
美咲が父と話をしたその日の夜、漆原の会社用パソコンに一通のメールが届いた。
それには件名も本文も何も記載が無かった。いたずらか何かかとメールなので削除してしまおうと思ったけれど、圧縮ファイルが添付されている事に気が付いた。
そして、フォルダのフォルダ名を見て漆原はその手をぴたりと止めて眉をひそめた。
「こりゃあ……」
漆原は迷いながらもフォルダを開くと、中にはいくつかの動画ファイルが入っていた。
動画を再生して内容を確認するが、見るにつれてぐぐぐとのめり込みんでいく。
全て見終わると、しばらく考え込み、しばらくと笑みをこぼした
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