episode6. 壊れたアンドロイドの持ち主

 そして翌日、ランチを終えて漆原の会議が終わるのを待ち十四時半。

 出勤して会社から車で行くとは聞いていたので当然アンドロイド運搬資格所有者、つまりメール室が運転をしてくれるのだろうなと美咲は思っていた。

 だが漆原に連れられて行った駐車場に停められていた車を見て美咲は目をひん剥いた。


 「……これで行くんですか……」

 「そうだよ」


 アンドロイド運搬用というのは大きなトラック型である場合が多い。運転の振動で壊れないために厳重な梱包をするからだ。

 決してスポーツカー、しかも二席しかないオープンカーでは運ばない。


 「あの、アンドロイドはどこに……」

 「トランク」

 「壊れますよ!?ただでさえ壊れてるのに!!」

 「壊れねえよ。エアバッグみたいに梱包材が隙間なく膨らむようになってるから」

 「えっ、何ですかその機能」

 「緊急時用に開発した」

 「げ~。それいくらかかるんですか?」

 「ラバーズ五台買えるくらいだな。早く乗れよ」


 ヒューマノイドの中でも高単価のラバーズを五台買おうと思ったら最低でも二千万円は必要だ。高額機種ならもっといくだろう。

 もちろんそれだけの財産があるなら別だ。しかし漆原はいくら世界的天才といっても入社二年目の新卒である事には変わりがない。とてもじゃないが二十代の給料で二千万円の貯蓄などできはしない。

 だが漆原ほどの人物であればそれくらい楽々稼いでしまうのだろうか。

 よく見ると今日着ているスーツもとても高そうに見える。色は一般的にはあまり見ないつややかなボルドーでシャツは黒。これだけでもホスト感を感じるが、さらにネクタイは見た事もない柄の地模様がある赤。加えて顔面の仕上がりも強いせいでホスト感はあるものの、いつもぴょんぴょん飛び跳ねてる髪をきちんと整えているせいかふざけているようには見えなかった。


 「漆原さんて年収いくらですか?」

 「……もうちょい色気ある質問できねえの?」

 「例えば?」

 「私以外の女を乗せた事あるの!?とかさ」

 「その顔で無い方がびっくりしますけど……」

 「二人きりでドキドキしちゃう!とか無いわけ?」

 「ドキドキして欲しいなら私のランチを漆原さんへの熱狂で潰す女性社員を乗せたらよいのでは?」 

 「お前アンドロイド背負って歩くか?」

 「あ、嘘です。ごめんなさい。ドキドキしちゃう」

 「はい、どーも」


 何だこの茶番は、と思いながら美咲は助手席に乗り込んだ。

 いかにも高級そうなレザーのシートだが、スポーツカーだからかひどく狭い。きゅうっと身体を縮めてなんとか収まるように座ったが、座席がこうではトランクはもっと苦しいのではないだろうか。


 「あの子大丈夫かなあ」

 「誰?」

 「アンドロイドですよ。だってトランクに押し込んでるんでしょう?」

 「……それは何だ。トランクが狭いから可哀そうとか思ってるんじゃねーだろうな」

 「え、そうですけど」


 当たり前のように答えると、漆原はあんぐりと口を開け美咲を見た。

 美咲はその表情が何を言いたいのか分からず首を傾げたが、それを見て漆原はさらに大きなため息を吐いた。


 「何ですか」

 「着くまでにアンドロイド依存症の初期症状を復習しとけ」


 道中アンドロイド依存症についての質疑応答が繰り返され、到着する頃に美咲はすっかり疲労しきっていた。

 何でこんな目に、と思ったがよく考えれば今は業務時間中だから当然だ。それに人間性はともかく、漆原朔也に一対一の講義をして貰えるというのは貴重な体験だ。

 そう言い聞かせて一時間ほど車に揺られて付いた先には日常生活では絶対に必要ではない広さの大豪邸があった。

 そこには『藤堂』という表札がかかっていて、本当にここなのか、と美咲の思考回路は固まった。


 「……お城ですかね……?」

 「当たらずとも遠からずだな」

 「絶対金持ちじゃないですか」

 「アンドロイド買う人間は大体金持ちだ」


 ぽかんとする美咲と違い、漆原は物おじせずにずんずんと進む。もしかしたら漆原の自宅もこういうレベルなのかもしれない。

 漆原がインターフォンを押すと、数秒してすぐに女性の声が聞こえて来た。


 『はい?』

 「こんにちは。株式会社美作ホールディングスの漆原と申します。先日ご連絡したアンドロイドをお持ちしました」

 『ああ、はいはい。ちょっとお待ちになってね』


 いつの間に連絡していたのだろうか。既に藤堂家へ話が通っているようで、特に疑われる事も怪しまれる事もない。

 しかし豪邸すぎるが故か、インターフォンが切れてから数分は扉が開かれない。


 「リビングから外まで徒歩五分とかですかね」

 「庭から車かもしれないぞ」

 「漆原さんのご自宅のように?」

 「何でだよ。うちは二十七階だ」

 「あ、当然のように高層マンション」

 「……何を突っかかってくんのお前」

 「べ~つに~。ところでそのスーツどこで売ってるんですか~?」


 何だその口のきき方は、と漆原につむじをぐりぐりと力いっぱい押し潰される。

 しばらくぎゃあぎゃあ言い争っていると、あらあら、と扉から顔を出した老齢の女性がふふっと笑っていた。豪邸とは反比例して、くたくたのワンピースにカーディガンを羽織っている。

 頬もこけていてとても健康そうには見えない。美咲の脳裏にアンドロイド依存症による自殺のニュースが思い浮かび、生きててよかった、と胸をなでおろした。

 女性はぱたぱたと駆け寄ると、じいっと不思議そうに二人を見つめた。


 「ええと、漆原さんと……そちらの女性は……」

 「はい!アンドロイドを拾いました久世美咲と言います」

 「私の部下です。本来なら警察へ届けるんですが、所有権が移行してしまったので直接伺いました」

 「遅くなって申し訳ありません……」

 「ああ、いえ……」


 漆原は上着を脱いで美咲に持たせると、トランクから壊れたアンドロイドを抱き上げた。

 そのまま女性の方へ向かおうとしたけれど、それを待たずに女性はアンドロイドの顔を覗き込んだ。すると、アンドロイドの顔を見た途端に女性はうう、と涙をこらえて小さく呻いた。


 「よろしければ中まで運びますよ」

 「あ、ああ、ごめんなさいね。じゃあこっちにお願いします」


 女性は漆原の横にぴったりとくっついて、アンドロイドの頬を撫でながら歩いた。

 とても幸せそうなその顔を見ると、三カ月もほったらかしにしておいた事が申し訳なくなってくる。美咲はしゅんと俯いて、女性から隠れるように漆原の後ろに身を潜めた。


*


 豪邸の中に入ると、地下へと案内された。

 顔認証や指紋認証、セキュリティカード、最終的には物理鍵もしっかりと付いてる。一般的に可能な施錠は全てやっているのではという厳重なセキュリティに、漆原もへえ、と感心した。

 そして着いた先はまるで研究所のような設備が整った部屋だった。


 「ご自宅にこの設備は凄いですね」

 「この子はメーカーさんのサービスが終わってるでしょう?なら自分でどうにかできなければいけないから」


 アンドロイドに限らず、メーカーは一定期間を過ぎたら商品への補償を終了する。

 特にこのアンドロイドは五十年以上も昔の機体で、しかも美作は回収をしている。美作自体はもちろん、他社のメンテナンス委託企業も断るだろう。これだけ問題を起こした機体を、美作の意思に背いて直すなんて被害者と美作を敵にするようなものだ。

 ようするに、メンテナンスを頼んだところで回収を提案されるから行くだけ無駄ということだ。ならばこうして自宅で、となるだろうけれどアンドロイドはメンテナンスだって専門職だ。自作パソコン作れます程度の話ではない。


 「失礼ですが、アンドロイドの開発をなさっていたんですか?」

 「天下の漆原博士に向かってハイそうですと誇れるほどではないですけれど、多少は」

 「漆原さんの事知ってるんですか?」

 「アンドロイド開発に携わっていれば知らない人間はいないでしょう」

 「ああ、そういえば凄い人でしたっけねえ」


 美咲も最初は憧れに憧れ尽くして追っかけよろしくインターンにやってきたわけだが、今となっては溜め息が出る。

 美咲はあははと乾いた笑いを漆原にぶつけると漆原に後頭部を叩かれた。漆原の伝説をしっているであろう女性は部下である美咲がぎゃんぎゃんと食って掛かっている様子に驚きつつも微笑ましいというようにクスリと笑った。

 漆原はごほんと咳払いをして、美咲はあわあわと慌てて話題をアンドロイドに戻す。


 「こうして家でメンテナンスしてもらえるならこの子も嬉しいですよね!」

 「そうね。でもそろそろ限界かしらね……」

 「そんな!だってまだこんなに綺麗ですよ!」


 アンドロイドの外見を綺麗に保つ事はそこまで難しくはない。

 高額ではあるが、交換用に製造されているアタッチメントと付け替えれば良い。だが中身は別だ。複雑な構造をしているため、分解して一部を交換して元に戻すならボディをフルチェンジしてパーソナルや記憶データをインストールした方が安いし早いし確実だ。

 けれどラバーズによる恋人型、特にアンドロイド依存症の原因となっている場合は肉体を変えるのは殺す事と同意義だという人も多く、高額であってもメンテナンスし続けるのだ。

 だがそれにも限界がある。ましてや個人、それも高齢になった女性には難しいだろう事は美咲にも分かるし本人も分かっているようだった。

 美咲は縋るような目で漆原を見て、何とかしてくれ、と目で訴えた。漆原は眉をひそめてため息を吐くと、アンドロイド額に手を添えた。


 「これはご提案ですが、よろしければ私の方で修理しますよ。企業としてではなく個人としてですが」

 「ほ、本当ですか!?」

 「ええ。ただパーツ取り寄せないといけないんでまた改めてご連絡しますよ」

 「ああ、有難うございます……!」

 「何かあればここに連絡下さい」


 漆原は名刺を取り出すと個人用の電話番号を書いた。


 「会社に連絡したら回収されちゃうんでこっちにお願いします」 

 「はい!はい!」

 「よかったですね!」

 「はい……」


 女性は嬉しさのあまりさめざめと泣いた。

 返す事ができて良かったと思う反面、この先アンドロイド依存症が悪化するだろうという懸念もあり美咲は少し複雑だった。

 美咲の考えてる事に気付いたのか、漆原は美咲を隠すように二人の間に割って入りにっこりと微笑んだ。


 「それでは所有権変更の手続きをお願いできますでしょうか」

 「ああ、そうでしたね。上に行きましょうか」


 ひんやりと冷えた地下に壊れたアンドロイドを残し、美咲と漆原は屋内エレベーターで三階へと案内された。


 (家にエレベーター……ガチ金持ち……)


 まさかそんな物が出てくるとは思わず、美咲はごくりと喉を鳴らす。

 一方漆原はにこやかに女性と会話を続けていて、本気で年収を聞き出したいと思っていた。

 美咲がそんな他所事を考えている間に難しい手続きやら契約やらの話は漆原がサクサクと進め、女性もはいはいと分からない事などないといった風に聞いていた。

 おそらく明日はこれの契約についての説明をされるんだろうなと想像だけでもげんなりするが、女性の晴れ晴れとした顔を見るとこれもアンドロイド開発者として必要な知識なのだと思えた。


 それから、書類確認に必要な拾得時の状況説明や引き取り方について等、形式上の説明を漆原がつらつらと語ると終わるころには既に三時間が経過していた。


 「申し訳ありません。長居いたしまして」

 「いいえ。楽しかったわ」

 「あの、修理。待ってて下さいね。きっとあの子も家族と話をしたいはずですし」

 「……優しい子ね、あなたは。有難う」


 女性は柔らかく笑うと、美咲達に深々と頭を下げて見送ってくれる。


 「よかったですね!藤堂さん嬉しそうで!」

 「捜索願出してんだから嬉しいに決まってんだろ」 

 「……漆原さんもうちょいこう……」

 「もう十八時か。このまま帰るか。家まで送ってやるよ」

 「え!?いいんですか!?」

 「だってお前、こっから電車じゃ一時間以上かかるだろ」


 ここと美咲の自宅マンションは会社を中心として真逆のため、時間も交通費もかかる。

 漆原の車で二人というのは女性社員に見られたらあれこれ言われそうだが、しかし天才かつ美形で名高い漆原朔也を足代わりにできるというのは気分が良かった。


 「じゃあお言葉に甘えて」

 「こういう時だけ素直だなお前」

 「そんな事ないですよ。ほらドキドキしちゃって言葉が出てこないって言うか」

 「はいはい」


 異性にモテたいなんてふりは全く無いくせに、と美咲は口を尖らせながらドキドキしっぱなしですよ~と軽口を叩いた。

 

 「あ、そうだ。やっぱり依存症っぽいですよね」

 「あー、仕事終わったら仕事の話すんな」

 「ええ?そりゃそうですけど」

 「あのな、お前みたいに仕事とプライベートの線引きできない奴は意識して切り替えろ。十八時過ぎたら仕事の事は考えない」

 「え~。でも気になるじゃないですか。この後」

 「他人の人生に足突っ込むなっての」


 はい止め止め、と漆原は強制的に話を終了した。

 じゃあ何を話すのかと言えば、プライベートで接点のない上司と部下で話し合う会話は見つからなかった。


 (漆原さんの輝かしい歴史についてなら引くほど知ってるけど)


 だがまさか「私漆原さんが大好きでインターンに来たんです」話をするわけにもいかない。

 仕方なく朝ご飯何でしたか、なんてどうでもいい会話をぽつぽつとしていたけれどあっという間に会話は無くなってしまう。漆原から会話が提供される事もあまりなく、しばらくすると車中はしいんと静まり返った。


 そのまま四十分ほど走っただろうか、ぴたりと車が停まった。


 「おい。お前んちここらどっちに――」


 部下の細かい住所まで覚えているわけなどなく、美咲に問いかけたけど返事がない。

 おい、と美咲に声をかけると――


 「上司に運転させて助手席で寝るとはいい度胸だ」


 くう、と美咲は眠っていた。

 仮にも年頃の娘が男の前で寝こけるとは、と漆原はため息を吐いた。

 けれど午前中は仕事をし、午後は長く車に揺られてイレギュラー業務をこなした事を思えばそれも仕方ないだろう。

 漆原はぽんっと美咲の頭を撫でる。


 「おつかれ」


 その言葉は美咲には届いていなかったけれど、満足そうに笑いながらくうくうと寝息を立てていた。

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