episode5. 壊れたアンドロイドの持ち主探し
漆原朔也の逸話の一つ、入社わずか一年で三部署のマネージャーとなった、というのをここに来て思い出した。
そしてその三つはかつて不人気部署スリートップで、厄介事を押し付けられて可哀そうにという声があったらしいが、真相は漆原が立候補して頼まれてないのにやり始めたという経緯がある。
手付かずで放置された部署というのは、すなわち改善の余地ありという事だ。つまり実績を立てやすく、後々漆原は「知る努力知られる努力。そのためには目に見えやすい実績をさっさと作る」と言って笑ったらしい。
だがこの三部署に誰も手を付けなかったのは面倒というよりも、一歩間違えば法を犯す事に繋がるから怖いのだ。
個人情報保護を完遂するボディ開発は元より、その情報保護を監視する絶対的に安全なセキュリティシステムの確立とその運用。それにより発生した個人情報を取り扱う販売管理部と下位組織メール室。
これにテコ入れするというのは失敗したら事業を崩壊に陥れるという事でもあるので、法務や内部監査といったバックオフィスチームとは密な連携があり、彼らは開発やその現場を理解しない。理解しないと言うと悪意があるように聞こえるが、実際理解されて彼らが同情してしまったら遵守すべきルールが揺らぐ可能性があるのだ。
だからこそ別部署として独立しているが、それはともかく面倒ではある。上層部の意を介さない現場の人間は自分の目標達成に振り回されて対立する事も少なくない。
つまりそれを取りまとめて殉難に進める必要があり、これがとにかく面倒だから誰もやりたがらないし積み上げた歴史を動かすなどやりたくもない。それに立候補した若き天才はそれを担うに問題の無い人物だったから任されたということだ。
「はい。という事で、今日はここまで。こっから先は機体見ないと分からんから持って来い」
「どうやってですか?壊れたアンドロイドなんて持って歩くの無理です」
「宅配便に決まってんだろ。メール室でアンドロイド宅急便BOX自宅に送ってくれるよう頼んどけ」
「はーい」
メール室というのは全社員の宅配便や郵便の授受と配達、備品の手配まで全てやってくれる部署だ。
地味だが重量のある資材運搬が多い開発部にとって無くてはならない有難い存在だ。彼らは開発をするわけではないが、アンドロイド一般取扱資格を持っているから開発部を率いる漆原専属のチームまである。
なのでメール室に一言言えばアンドロイド配送の手配をしてくれるのだ。
そしてその翌日、早くも美咲の自宅にアンドロイドの配送専門の宅急便BOXが届いた。
アンドロイドやパソコンのように繊細な機器には専用の梱包資材があるのだ。
「もうすぐ家族の所に帰れるからね」
美咲は丁寧にアンドロイドを梱包し会社へ配送すると、翌日には会社に届いたようでメール室からインターンのフリーアドレス席付近まで配達されていた。
ここまでやってくれるのか、と美咲はメール室のある方向へ手を合わせ拝むように頭を下げた。
「何の宗教?」
「漆原さん!見て下さい。出勤したら届いてました。メール室って持って来てくれるんですね」
「そらそーだろ。そういう部署だ」
「あー、感謝の気持ちが無い。毎日の事だから当然と思ってたら罰あたりますよ」
「はいはい。で?それが拾ったアンドロイド?」
「です。開けよう開けよう」
専用梱包なだけに、揺れ動いても大丈夫なようにガッチリ固定され隙間なく緩衝材が詰められているから取り出すのも一苦労だ。
梱包した時は気付かなかったが取り出すのは力仕事で、ふんぎぎぎぎ、と美咲は引っ張り出そうとしたがそれでも出てこない。
「力任せに引っ張るな。壊れるだろ。こっち外すんだよ」
「え?あ、そうなんですか。先に言って下さいよ」
「開封方法の説明書付いてんだろ。マニュアルと言い、まずは説明を読め」
漆原は同封されていた紙を拾って美咲の額にぺんっと貼り付けた。
普通に渡してくれよとブツブツ文句をこぼすが、その間に漆原はするすると開封を続けあっという間にアンドロイドを取り出した。そしてアンドロイドをすぐ隣のフリースペースに寝かせると、何も水に解体をし始めた。
「あ、あの、そんな適当に開けちゃって大丈夫ですか」
「はあ?適当なわけねえだろ。設計図通りやってる」
「設計図?明らかに何も見ずにやってるじゃないですか」
「んなの覚えたに決まってんだろ」
「うえっ!?」
自分が作った物ならまだしも、他人の、それもチーム複数名で検討した設計図を暗記するなんて普通は無理だ。いや、自作であっても無理だ。美咲程度の学生開発でも、他人の設計図を読み解くのには一ヶ月は必要だ。
それをこの数日で全て記憶したなんて到底美咲には考えられない。
「俺の作業独占なんてレアだからガン見しとけ」
「は、はいっ!」
他の社員も見せてくれと群がっていたが、個人情報が詰め込まれているであろうアンドロイドを一般人に見せるわけにはいかない。
いいなー、と羨む視線を浴びるのは得した気分で美咲は優越感に浸った。
「ニヤついてないで見ろよ。ここ。これが型番だ」
漆原は解体した首正面内部を指差した。そこには三センチメートル四方ほどの小さなプレートがはめこまれていて、長い英数字が刻まれている。
「AR-139-3-6293-0」
「これが型番な。これを購入情報と照合すれば持ち主が分かる。。はい、じゃあ
「DBってどうやって見るんですか?」
「管理画面あんだろ。マニュアルを開けよ」
美咲とて読んでいないわけではない。
だが作業に必要な管理画面は目的別に計六個も存在する。
「管理画面多すぎですよ。もうちょいスマートな管理方法無かったんですか。運用コスト高すぎですよ」
「……お前そういう目の付け所は良いな」
「だって明らかに手間じゃないですか。ユーザーがどう感じるかを踏まえて開発して下さいよ」
美咲が面倒くさいなあ、と文句ばかり言う様子をじいっと見て、漆原は何かを考えたようだった。
しかしそれには気付かず美咲は管理画面にアクセスすると、画面に表示されたのは真っ白な背景に検索ウィンドウと、作業目的を選択するチェックボックスが三つ並ぶだけのシンプルなウェブブラウザだ。
管理画面というには操作する場所が少なくて不安になるが、逆にこれならやるべき事が検索であると分かるのでいいかもしれない。
「ええと、型番で検索……」
美咲は購入者名・購入日時・型番というチェックボックスから型番を選んでAR-139-3-6293-0を入力する。
すると画面にこれまたシンプルなテーブルが表示され、そこには購入者名と購入日時、住所、電話番号など様々な情報が並んでいた。漆原はモニターを覗き込む。
「購入者は藤堂小夜子。この時代の女性でA-RGRYを買い、これだけ綺麗にメンテナンス続けてるって事は十中八九アンドロイド依存症だな」
「やっぱそうですよね。やばくないですか?末期だったら自殺の可能性ありますよ」
「ああ。捜索願出て無いか見てみるか」
アンドロイドの捜索願は警察ではなく販売元にも通知がされ、その情報管理とカスタマーサポートはメール室が行っている。
漆原はメール室への問い合わせ専用チャットで調査を依頼すると、秒で回答が届いた。
「メール室凄いですね」
「当然。俺が上長なんだからな」
「え?そうなんですか?」
「そうだよ。俺はセキュリティ開発部のマネージャーもやってて、メール室はその下位組織」
「はぁ~」
「んなこたより画面を見ろよ。住所も載ってるだろ。これなら俺ら――メーカーが直に届けて終わりだ」
「あ、そうなんですね。よかった。じゃあ後お願いします」
インターンだし開発部の業務内の事は終わりだ。
アンドロイドの配送ならメール室がやってくれるから自分はこれで終わりだ、と美咲は席を立った。しかし漆原に後ろからゴンッとつむじを叩かれた。
「だから!何で漆原さんはつむじを立たんですか!」
「そこにあるから。つーか終わりじゃねえぞ。返却はお前も来るんだよ」
「ええ?何でですか?配送はメール室なんですよね」
「アホ。所有権がお前に移ってるから権利譲渡手続きが必要なんだよ。お前がやるの」
漆原は共用キャビネットに設置されている書類に手を伸ばして美咲に渡した。
そこには『権利譲渡承諾証明書』と記載がされている。
「メーカーとして行くのは俺。お前は拾得者として行く必要がある」
「うえ~……」
「明日行くからな。こっから車出してやるから普通に出勤しろ」
「……は~い……」
結局そういう面倒な手続きはあるんだ、と美咲はがっくり肩を落とした。
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